弐第2話 疾風の魔導船でタルフ、オルツへ

 オルツを出た『疾風の魔導船』は皇国を北へと上がり、セレステ付近から東に航路を変える。

 ストレステの東端がちらりと見えたが、すぐに陸地は何も見えなくなって空を映す海の青だけが煌めく。

 いくつかの小さい島を通り過ぎたところで南へと進路をとる。


 この航路は遠回りではあるが海流に乗り、魔魚の少ない場所を通るのだとか。

 その為か五日を過ぎても全く魔魚の襲撃はない。

 快適そのものの船旅だ。


 セーラントの魔導船は、もの凄く食事が旨い。

『風の魔導船』では羊肉がめちゃくちゃ旨かったし、魚料理も多くて毎日楽しみだった。


 今回は牛の肉が多いが、どれもこれもかなり旨い。

 そして、『疾風の魔導船』の食堂で俺が一番好きなのは、揚げ芋だ。

 芋を油で揚げただけだというのに、塩が振られているだけだというのに、馬鹿みたいに旨い!


 しかも、船室に持っていってもいいという袋入りまで売っている!

 多めに買って、セイリーレで売られている菓子が入っていた袋に入れておくと、ずっと旨いままなのだ!

 当然その状態で【収納魔法】にいくつか入れてある。


 セーラントの魔導船には、必ず数名の衛兵が乗り込んでいる。

 魔魚が現れた時には、彼等が率先して戦い乗客を守るためだ。

 乗客はタルフと取引をしている商人が多く、皇国は『国』としての貿易はしていない。


 食料は言うに及ばず、鉱物資源も植物や動物にしても、皇国以上に全てがある国はないのだから必要ないのだろう。

 だが、東の小大陸の国々は、花の種類が多いのか香水と染料の種類が非常に多い。

 商人達はそういった嗜好品や染め物関連を仕入れ、タルフは食料……主に小麦などの穀物を買っているようだ。

 今回は馬をかなりタルフに売るらしく、随分と乗せている姿を見た。


 そして、タルフがセーラントの食料を得る対価は、他にもあるようだった。

 タルフの民は非常に海に潜るということに長けており、海底にあるものをよく引き上げているらしい。

 その中に稀に『本来海にあるはずのないもの』が混ざっているらしく、そういったものやその情報をセーラントは買い上げているという。


 皇国では、かつて海に沈んだとされる魔導帝国の残骸ではと調査を依頼しているのだろうと言われている。

 だが、タルフ人だけが持つ『海に潜る魔法』を、皇国が解き明かしたいと思っているなんて噂もある。

 タルフが本当に、そんな魔法を持っているかどうかは知らないが。

 もしかしたら、タルフではいろいろと謎のままにしておく為に、情報を与えすぎないように徹底して本国への立ち入りを規制しているような気もする。


 まぁ……こういった国同士の思惑とか腹の探り合いなんてものは、冒険者の俺には関係ないのだが、たまに手紙やら書簡やらのやりとりを頼まれるので……どうしても考えてしまうこともある。

 この書簡で、なにか大事おおごとが始まるのではないか……とか。

 今回もオルツからの書簡を渡し、タルフから書簡を預かってすぐにオルツの港湾長へ届けるという依頼だ。

 全く利害関係がないからこそ、俺が運び人に選ばれているのかもしれん。




 穏やかな『疾風の魔導船』の旅も終わり、タルフの北側に『取引島』が見えてきた。

 本国とは離れてはいるが、確かに砂浜で道が繋がっている。

 まだ少し水の中だが、歩けないことはなさそうだ。


 船上から眺める本国側は高く堅牢そうな壁に囲まれていて窺い見ることはできない。

 セイリーレの外門に似ているが、それほどの堅固な感じはない。

 高いが全てが石造りというわけではなく、途中から太い木が並べられているからかもしれない。


 そして取引島の西側の港に『疾風の魔導船』が入ると、港からわらわらと人が集まってくる。

 ……一体どこに隠れていたんだというくらい。

 降りていく商人達をペコペコとして迎える者、降ろされる荷物を受け取る荷車を準備する者など様々だ。


 俺は一番最後に船から下り、取引場となっているやたら大きめの倉庫みたいな建物へ入った。

 商人達の大荷物での取引をする場所なのだが、それだけでもないらしい。

 簡易的な作りの屋台のようなものが並んでいて、タルフで作られている物などを売っているみたいだ。

 何故か、食い物を売っている店が全然ない。

 染め物とか織物、香水の店ばかりだ。


 混雑する取引場から出て、少し離れた場所にある管理役人事務所へと向かった。

 今回書簡の受け渡しをするのは、その事務所にいる男だという。

 ……ひとりしか居ないってことなのか?

 取引島は四日間だけだから、それで充分なのかもな。


 こぢんまりしたその建物に入ると小さい受付らしき卓があるが、誰もいない。

 その卓を三回ほど、音が響くように叩く。

 奥から、のそり、と無愛想な髭面の親父が顔を出した。

 制服を着ていないが、ここは港湾関係の建物じゃないのか?


「……何の用だ?」

「オルツから使いで来た。預かるものがあるはずだ」

 そういって、オルツの港湾からの証明書と書簡の入った袋を出す。

「……早かったな」

「新しい魔導船だったからな」


 男は証明書を確認し、俺の身分証を眺める。

 入国審査ではないから、鑑定板での確認はしないのだろう。


「皇国の冒険者なんて、珍しいな」

「少ないが、いない訳じゃない」

「魔法師なのに冒険者ってのは、いないだろうよ」


 にやり、と笑ったその男は書簡をふたつ渡してきた。

「これだけか?」

「……ああ」


 俺がじっとその男の胸元を見ていると、ぼんやりと黒いものが浮かぶ。

「まだ、ありそうだが?」

「なぜ?」

「あんたが隠し事をしているみたいだからな」


 俺の持っている『祝福支援の方陣』は、たとえ【収納魔法】の中に入っていてもその札を開いていると発動する『常時型』だ。

 これは俺の認めた『仲間と俺』に補助系の魔法や技能を強くする働きがあり、俺の精神耐性を上げるらしい。

 そのせいか、俺に向けられる悪意などが少し、解る。

 騙そうとしているとか、隠そうとしているものがあると胸元辺りがぼんやりと黒ずむこともある。


 これに初めて気付いた時は、カシナの魔具屋でぼったくりに合いそうになっていた時だったから助かったんだよな。

 漠然としたものでなく直接自分に向けられているものだと、余計に感じやすい。

 男の顔が少し厳しくなって、す、ともうひとつ……封書が渡された。


「これは、直接オルツの港湾長にだけ開けてもらってくれ」

「わかった」

「なるべく、早く」


 俺は頷き、もう一度男の胸元に視線を向けると、黒ずんだものは消えていた。

 ただ不安そうな男の顔だけがとても、印象的だった。


 俺は男に背を向けてから、ふたつの書簡と封書を懐にしまう振りをして【収納魔法】へ入れる。

 そして部屋を出て扉を閉めたらすぐに方陣門を展開し、オルツへと戻った。




 オルツの港で入国手続きをとり、すぐに港湾長への面会を求めた。

 ランスタートさんがいてくれて助かった。

 他の人でも顔見知りならいいんだが、この事務所は人が多くて俺の事をよく知らない人だといろいろ説明するのが面倒な時があるからな。

 すぐに会ってもらえるらしく、俺は事務所の奥にある小さい部屋へと案内された。


 そして、イリエーナ港湾長とテレアス副港湾長が来てくれた。

「タルフの取引島管理役人事務所にいた男から預かった」

「ありがとう、ガイエスさん。いつも助かるわ」

 書簡ふたつをまず渡し、封書を取り出して港湾長の前に置く。

「この封書は、港湾長にだけ開いて欲しいと言われて預かったものだ」

「……わかりました。今ここで開けましょう」


 そう言って、イリエーナ港湾長は封書を開き、中に入っていた手紙のような紙切れと小さい魔石のような石をいくつか取り出した。

 港湾長が読む手紙を、テレアス副港湾長が全く覗き込まない。

 大したものだな。

 普通なら気になって見ようとしちまうと思うんだけど。


 イリエーナ港湾長が手紙を読み終わり、軽く息をつく。

「ガイエスさん、あなたがこの封書をすぐにお持ちくださってよかったわ。ありがとう」

「依頼通りのことをしただけだ」

「ええ、それが素晴らしいと申し上げているのよ」


 この人はいつもいつも、俺を過分な言葉で褒める。

 おかげで……ちょっといい気分になっちまう自分が、なんだか照れくさい。

 そして、もう一度その男にと封筒を預かった。

 これを届けたら、お使いは終了……らしい。


 部屋を出て扉が閉まる時にイリエーナ港湾長が、すぐにセーラント公へ連絡を、と言っているのが聞こえた。

 これは……『大事おおごと』の手紙だったのかもしれない。

 しかし、ここで好奇心に負けて立ち聞きなんかしたら……とんでもないことに巻き込まれそうな気がするので、さっさと退散する。


 あ、カバロのところ、行かなくちゃな!

 七日も放っといたから、拗ねてるかもなっ!

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