緑炎の方陣魔剣士・続

磯風

弐第1話 再び、海へ

「お待たせいたしましたー、ガイエスさーん!」


 冒険者組合受付のエンエスが、声を張り上げて俺を呼ぶ。

 なぜかこいつはいつも、俺の時だけやたらと大声を出すんだ。

 俺が毎度毎度、デカイ声にびくっとするのを面白がられているのかもしれない。

 解っているのに今も、ぴくっ、くらいは動いちまったし。


「今回も迷宮閉鎖、ありがとうございました! 協力金と成功報酬です!」

「協力金、また増えてるのか?」

「最近、カシナの冒険者組合では依頼を受けてくれる方が少なくなってて、呼び戻しのテコ入れです」


 そういう、台所事情的なことを一冒険者に言っちゃっていいのかよ。

 まぁ、確かにこの東の小大陸じゃ、冒険者組合より『探検援助機構団』と呼ばれる探検家や冒険者を『支援する』組織が人気だ。

 冒険者組合のように複数人の連団で登録したり、他の連団と連携をとってまでする仕事でなければ探検援助機構団の方がいいのかもしれない。


 制約が少なく、達成した時の報酬は多い。

 段位制などがなくて、完全に個人の実力次第で仕事に制限はない。

 だが……俺としては、全く利用価値がないのだ。


 組織への登録料とか報酬の支払いが『現地通貨のみ』で、皇国貨が全く使えない。

 皇国では、この組織での仕事ができないからである。

 どうせ俺はカシナ王国以外では東の小大陸で仕事はしないから、探検援助機構団とは関わらない方が面倒がおこらないだろう。


 イグロスト皇国が東の小大陸で交易している国は、ここカシナ王国ともう一国だけ。

 皇国貨が使えるのも、その二国だけだ。

 そして、東の小大陸の国々は、共通の通貨を持っていない。

 カシナ通貨以外は、皇国貨と両替すらできない。

 このへんが、面倒なところだ。


「あ、いつもの『振込』もありましたけど、確認しますか?」

「そうだな。預かり証明だけくれるか?」

「はーい」


 そのやりとりを聞いていた他の冒険者が、揶揄するように呟く。

「いいねぇ、皇国のお坊ちゃんは実家から仕送りかぁ」


 無視、無視。

 他国の入国審査で使われる『鑑定板』の魔法では、皇国での俺の階位までは解らないようで『帰化民』とは思われていない。

 身分階位は身分証を小さくしたままでも読めるはずだが、この国では皇国文字をぱっと見ただけで読める奴は少ないみたいだ。

 しかも、銅証だから『皇国育ちの甘ちゃん冒険者』扱いだ。笑える。


 でもエンエスは毎回、この手の輩を無視できずに俺の代わりとばかりに滅茶苦茶怒る。

「皇国の一等位魔法師様からの依頼継続手数料振込分の預かり証明っ! お持ちしましたよ! ガイエスさんっ!」

 殊更にデカイ声になるのは……耳に来る。

「さぁっすが、金段一位の冒険者ですよねっ!」


 うん、ありがとな。

 俺をからかった奴等はちょっと青くなってて小気味いいが、耳は痛いぞ。

 声が高いんだよ、エンエスは。


「なんであんな奴等放っとくんです? ガイエスさん、あれっくらいならコテンパンにできるくらい強いじゃないですか!」

 冒険者組合職員が、そういう風に冒険者同士の喧嘩を煽ったら駄目だろうが。

「俺があいつ等に手出ししたら、弱い者虐めになっちまうからなぁ」

「……! なぁるほどっ、そぉですよねぇぇぇっ! 『弱い者虐め』は、よくないですよねっ!」

 このやりとり、何度目だろうな。


 冒険者組合には他国から頻繁に冒険者がやってくるが、あまり同じ奴に会ったことはない。

 多分、たいして稼げないとわかると、探検援助機構団に行ってしまうのだろう。

 この国の依頼の殆どが、付近にできてしまった迷宮の『閉鎖』だ。

 ストレステみたいに、迷宮を育てている酔狂な国など他にはないから、迷宮がでかくなる前に潰すのが当たり前。


 だからどの迷宮も町の近くは浅いものが多く、実力がある程度あったらひとりで充分踏破できる。

 大きいと言われていても、十階層程度だ。

 そのせいか、初踏破した者にあるという『迷宮の恩恵』は、大したことがない。

 でも、俺はそれが目当てではない。

 魔力が増えるとか、魔法が増えるのは悪くはないがそれを目的にはしていないし、今必要なものは全て持っている。


 潜った迷宮は、ひとつとして似ているものがなかった。

 出て来る魔獣に鳥系が多いということ以外は、形も深さもそして中の魔獣達も変化に富んでいた。

 そういうのが……楽しい。

 町の連中からしたら不謹慎と思うだろうが、俺は『楽しいから』迷宮に入っている。

 その楽しみで金までもらえるのだから、文句なんかない。


「ガイエスさん、すぐに別の依頼、受けますか?」

「いや……明日はちょっと、行きたいところがあるから……また来るよ」

「畏まりましたー! 次回もよろしくお願いしますー!」

 下手にいろいろと押しつけたりしてこないし、諄くないのもエンエスのいいところだ。



 冒険者組合を出て、宿に戻る。

 厩舎には、俺の唯一の旅の仲間カバロが待っている。

 カシナにはあまり大きな馬がいないらしく、ストレステで手に入れた鹿毛のカバロは頭ひとつ上に飛び出している。


 どうやらこの厩舎は、カバロには少し小さいみたいであまり機嫌がよくない。

 宿の主人は可愛がってくれているから、厩舎を出るとご機嫌が直るのだが。

 ……うちの馬は、どんどん贅沢になってきている気がする。


「迷宮から戻ったんか、ガイエス。今日はどうするね?」

「一度皇国に戻るよ。また来る」

「そぉか。じゃぁあカバロぉ、またなぁ」


 どうして俺の泊まる宿では、誰も彼もカバロとの別れだけを惜しむんだか。

 カバロがそんな宿の親父を無視して、俺に顔を擦り付けてくるのは少し気分がいい。



 カバロと一緒に、港で出国手続きをとる。

 何度も皇国と往復をしているから、港の奴等とも馴染みだ。


「また里帰りか。皇国の魔法師ってのは落ち着きがねぇな」

「冒険者なんだから、動くのは当たり前だろ、テベイトさん」

「わかった風な事言うな、ホールシス」


 テベイトとホールシスは、俺が初めて東の小大陸に来た時にも対応してくれた入国検査官だ。

 ふたりとも驚くと鼻の穴が膨らんで、めちゃくちゃ面白い。

 今でも、絶対に笑っちまう。


「また方陣門で移動か」

「早いし楽だからな、その方が」

「まーったく、とんでもねぇ魔力量と魔法だぜ!」

「魔法が『楽』なんて、言ってみたいっすよねぇ……はい、手続き完了ですよ! また来ますよね?」


 ああ、と軽く返事をして、俺とカバロは方陣を展開し……皇国の港、オルツへと移動した。

 方陣門で海を越えるなんてことができるのは、俺が使っている方陣が特別であることと俺自身が【方陣魔法】を持つ魔法師だからだ。

 この方陣のおかげで、俺は一度でも訪れたことのある場所ならば簡単に移動ができる。

 ……魔力量さえ、気をつければ。



 オルツ港は、イグロスト皇国で最も大きな港。

 信じられないほどの高速で走る魔導船を有し、皇国の海の護り手であるセーラント領の海衛隊が常駐する港だ。

 他国への船の全ては、必ずこの港から出て、ここへ入る。

 この港に方陣で入る事を許可されてから、港湾事務所にカバロ用の厩舎まで作ってもらえた。


 俺がここから、別の行ったことのない国に向かう時には、その魔導船を使う。

 なのでカバロはおいていくのだが、ここで世話をしてもらえる。

 いくら方陣があっても、見ず知らずの場所へは行くことができない。

 まず俺がその場所に行って、方陣でオルツに戻ってからカバロを連れてまた方陣門を使って移動する。


 無人島であるペイエ島に行った時は、日が沈む頃になったらここに戻っていた。

 ペイエ島はオルツより東だから、島で夕方でもここだとまだ明るくてオルツの町で宿が取れる時間だ。

 だがカバロはこの港厩舎がいたくお気に入りで、オルツ港に来るとここから出ようとしない。

 まぁ……皇国内で馬に騎乗することは殆どないから……いいんだが。


 港湾事務局の入国審査官・ランスタートさんには、カバロの世話だけでなくいろいろ融通を利かせてもらっている。

 この人の名前も『ランスxXタxート』となんとなーく別の音があるようには聞こえるのだが、俺には全然発音ができない。

 皇国の地名や人名を随分聞き取れるようにはなってきたが、まだ……解らない音が多い。

 この人も馬好きで、すすんでカバロの世話をやいてくれるいいおっさんだ。


「おかえり、ガイエスくん。悪かったねぇ、急に依頼なんかして」

「いや、構わない。俺が別の場所に行くのは、タクトも喜ぶし」

 タクトは一等位魔法師で俺の『依頼人』だ。

 この依頼があるから、俺はオルツへの方陣門で他国からの移動が許可されている。


 行く先々で鉱石を取って、タクトに送るというのが依頼内容。

 魔法師だというのに、奴は鉱石とか金属とかが大好きでいろいろな土地のものを欲しがっている。

 その依頼手数料が、冒険者組合に振り込まれているのだ。


 他の菓子や食べ物も送られてくるが、それは『特別な方法』で届く。

 あいつの基準で『普通』だと金が、『なかなかいい』だと金だけでなく菓子も送られてくる。

『スゲーいい!』だと、新しい方陣とか、保存食の新作とか、菓子の詰め合わせとか喜びの度合いでいろいろと届く。


 最近のカシナでの鉱石は『普通』『まあまあ』くらいだったらしく、金ばっかりだった。

 ペイエ島の石なんて、手紙だけで『つまらん』とか書いて寄越した。

 なので、俺もそろそろ新しい場所に行きたかったのだ。

 ……タクトの菓子は、旨いからな。

 いや、買えばいいんだけどさ。

 なんか……なぁ?

『スゲー!』って、言わせたいじゃねぇか。


 今回のオルツ港湾からの依頼は、東の小大陸の北西側にあるタルフ国へ向かい、急ぎの書簡を受け取ってくることだ。

 カシナから陸続きで行こうとしたことがあった国だが、本国内には皇国民として国籍を持っている俺でも入れてはもらえなかった。


 タルフは鎖国状態で、所有している島でのみ皇国と取引しているらしい。

 そして、その島と本国を結ぶ『道』が現れるのはひと月のうちに四日間だけらしく、その間に船を着けて取引を行わなくてはいけないようだ。


「その島ってのは、宿とかないのか?」

「一軒だけある。でも、他国の者は停泊している船で過ごすね。店もないし取引所があるだけ。本国と繋がる四日間だけ、その島に人が入るんだそうだ。だから、その他の日に島に行ったとしても無人で何もないみたいだよ」


 へぇ……面白いな。

 徹底的に他国人を拒否して、絶対に国に入れないって事なんだろうな。

 でもそれじゃ、カバロは連れて行けないな。

 ま、留守番でもオルツなら文句は言わないだろう。



 今回の船は『疾風の魔導船』で、前回乗った『風の魔導船』の後に作られた船だ。

 ほんの少しだけ速度が速いらしく、タルフ国までは七日。

 カシナと同じ東の小大陸でも着ける場所が違うからか、『風の魔導船』とは少し航路も違うらしい。


 魔導船に乗り込み、甲板に上がる。

 初めて海に出たあの時のように、風が渡り波が煌めく。



 俺は、新しい旅立ちに胸の高鳴りを抑えられなかった。



 ***********


 第二部再開です。

 待っていてくださった皆様、ありがとうございます!

 いきなりこの物語を開いて『なんじゃこりゃ?』の皆様、是非第一部をご覧くださいませww


『緑炎の方陣魔剣士』第一部

 https://kakuyomu.jp/works/16817139554881359476


 ……ここにリンクを張ってもスマホだと飛べないのですよね。

(飛べる機種・OSとそうでないものがあるようです。私のは……駄目でした)

 PCだと平気なのに。なぜ……








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