第122話 花びら舞う
晴れ渡った秋空。
祝福の声が上がる中、花嫁と花婿は祝福のために集った参列客たちの前をゆっくりと歩いて行く。
「お姉さま、なんてお綺麗・・・」
感激して思わず溢れた言葉を、隣に立っていたレオポルドだけが拾う。
美しい花嫁衣装を纏った姉を見つめる瞳はキラキラと輝き、両手はまるで祈るように胸の前で組まれている。
そんな婚約者の初々しい反応が可愛く思え、レオポルドの口角が緩やかに上がった。
今日は、メラニーの姉ヴィヴィアンの結婚式だ。
レオポルドにとっては婚約者の姉の結婚式というだけでない。新郎は同窓で、よく剣を交えた相手でもある。
幸せそうに歩く二人の姿を眺めていると、二年後に訪れるであろう自分たちの未来の姿をレオポルドは自然と思い浮かべてしまう。
それは、つい数年前までは思いもしなかった未来。
けれど、今は隣にメラニーが立つことにすっかり馴染んだ自分がいて。
そして、それを心地よいとも思っている。
二年後だけではない、その先も共に時間を過ごす二人の姿をなんの憂いもなく思い描けるのが、妙に気恥ずかしくて堪らない。
・・・まだ、手を繋ぐくらいでいっぱいいっぱいなのにな。
照れ屋のメラニーと、意外に奥手のレオポルドは、婚約して一年が経過したにも関わらず、未だ手を繋ぐだけで赤面していたりする。
メラニーの卒業を待った後、半年の準備期間を経て結婚する予定だが、既に今も週末になるとメラニーはライナルファ侯爵家で内向きのことを学び始めている。
たぶん、今、レオポルドはとても幸せだ。
そして、その幸せはきっと、主に隣に立つメラニーのお陰。
だけど勿論それだけではなく、自分を取り巻く人たちもまた、幸せな方向に向かっているからでもあるとレオポルドは思う。
レオポルドは視線を新郎新婦へと向ける。
今、新婦に話しかけているのは、学園での三年間、新婦であるヴィヴィアンとの友情を育んだベアトリーチェだ。
ここ三、四年で劇的に体調が良くなって来た幼馴染み、そしてかつては、いつか必ず命を落とす運命にあった女性。
けれど、今のベアトリーチェに死の影はない。
まだ完治してはいないけれど、でももう彼女を通して死を連想する者はいないだろう。
よくここまで、とレオポルドも感嘆する。
けれどレオポルドは分かっている。自分はベアトリーチェのために何もしてこなかった。いつかは病で儚くなる幼馴染みとしてしか認識しておらず、体調のいい時に顔を合わせるくらいで、見舞いにもろくに行かず。
レオポルドがよくストライダム家に顔を出す様になったのは、ここ一、二年のことなのだ。
調子がいいのにも程があると自分でも思うし、だからこそ、自分は彼女について何も言う資格はないと分かっている。
けれど、誰も知らないところで喜ぶのは許されると思ったから。
だから、こうしてベアトリーチェの姿を偶然に見かけた時、勝手にその幸せを願う。
病の完治やその先にある未来のこと。
そう。勝手に願うだけ。
勝手ついでに、他の人たちの幸せも願うだけ。
もう決して自分の手で幸せに出来ない
そして、恐らく。そう、きっとその
どうか、どうか。
皆、幸せになってくれ、と。
「レオさま、ご覧になって。お姉さまが花びらを撒いてくださいますわ」
そう言いながら、メラニーが嬉しそうにレオポルドの袖を引く。
言われるままに目線を向ければ、付き添い人が差し出した花籠から、花嫁が花びらを手で掬い取っている。
式の最後、花嫁が願いを込めて花びらを空へと放り上げるのが、この国の習わしだ。
少し高い壇上から、両手のひら一杯に乗せた花びらを、ヴィヴィアンが空中へと放り上げる。
今日は微風。
色とりどりの花びらが、風に乗って参列客たちの上に降り注いだ。
『皆が幸せになりますように』そんな願いを込めて、今日一番の幸せを得た花嫁から、参列した皆への贈り物として。
メラニーとレオポルドの元にも、風に乗って花びらが数片、舞い降りた。
レオポルドはただその幻想的な風景を眺めていただけ。
けれど、メラニーは手を伸ばして落ちてきた花びらを受け止めようとして。
ひらり、ひらり
舞うように落ちる花びらを捕まえるのは、結構なかなか難しい。
それでも懸命に腕を動かして、花びらの動きに合わせて手を伸ばして。
けれどやはりその指の間をすり抜けてしまった花びらを、レオポルドが掴み取る。
「ほら、メラニー」
「・・・」
難なくつかみ取った花びらを、レオポルドはメラニーの前に差し出す。
「・・・ありがとうございます」
「ん」
レオポルドの手のひらの上にちょこんと乗った薄紫の花びらを、メラニーはそっと摘む。
「・・・レオさまは、軽々と取れてしまうのですね。びっくりです」
両手で包むように花びらをぎゅっと握り込む。
何故かとても嬉しそうだ。
「・・・幸せに、なれるそうです」
「え?」
「花嫁が空に舞わせた花びらを、地面に落ちる前に受け止めることが出来た人は、幸せになれるのだそうです」
「・・・へえ」
レオポルドには初耳だった。
だけど、成程それでメラニーはあんなに懸命に手を伸ばしていたのかとレオポルドが納得していた時。
「・・・レオさまが、私に幸せを運んで下さいましたね」
そう言って、メラニーが、ふふ、と笑うから。
・・・いや、幸せを運んでくれてるのは君だろ。
なんて思ったりしたレオポルドは、けれど恥ずかしくて口には出来なかったのだ。
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