第32話 損な性格



「まずは謝罪をいたします。レンブラントさま」



話し合いの後、マルケスは深く頭を下げた。



「謝罪など不要だ。今まで事情も話さずに任務に当たらせていたのはこちらだからな」


「いえ、それでもです。話せなかった理由が理由ですし、最初に知らされていたら任務を拒否していたかもしれません」


「まあ、そもそも父上が影を貸してくれなかったろうな」



その言葉に、ノイスもまた苦笑する。



「だがな、レンブラント。私からすれば、どうしてお前がトリーチェの話を信じる気になったのか、そちらの方が信じられんよ。まあ、正直言って今も信じられない気持ちではいるが、レジェス商会の動きを言い当てたのは事実だからな。そこは認めるしかあるまい」


「・・・俺はただ、今回は薬が間に合ってくれたら良いと、そう思っただけですよ。言ってみれは願望ですかね。やり直せると言うのなら、そうしようかと」


「はっ、お前にしては随分な夢を見たものだ」



普段の息子らしからぬ物言いに思わずノイスが笑みを漏らすと、レンブラントもまた肩をすくめて同意を示す。



「それでいいんです。実際、今回は間に合いそうですしね」


「そうか・・・そうだな」


「死にものぐるいで頑張ってくれてるエドガーのお陰ですよ。あいつもトリーチェを生かそうと必死ですからね」



微かに細められたレンブラントの眼が、その後また真剣な眼差しへと変わる。



思案する様についていた頬杖を外し、父ノイスを真っ直ぐに見つめた。



「だからこそ、今回は何としてもトリーチェが殺されない様にしたい。奴の眼が全く別のところを見ているうちに全てを終わらせたい。アレハンドロがいつトリーチェに目を向けるか分からない以上、こちらは安心して高みの見物をしている暇などないのです」



ノイスは執務机の椅子の肘おきを指でトントンと叩き、思案しながら頷いた。



「・・・先ほどお前が言っていた妹殺しが本当だとしたら、確かにその通りかもしれんな」



その言葉に、マルケスもまた頷く。



「僕に護衛を命じたのは、そこまでの理由があったんですね・・・レンブラントさま、重ねて謝罪を」


「もういいって。くどいよ」



今回の任務に疑問を持ったことを、マルケスは非常に申し訳なく思ったようだ。


何度も何度も謝罪され、いい加減面倒になってきたレンブラントに苦笑まじりに遮られている。


そこに、ノイスが再び質問を被せた。



「・・・で? 当のレオポルドは今屋敷にこもっているという噂だが、それもお前の策なのか?」


「いえ、ライナルファ邸にいるのは別人です。あいつはとある所で修行中です」


「「・・・とある所で、修行中・・・?」」


「ええ」



目を丸くして声を揃えた二人に対し、レンブラントは欠伸を噛み殺しながら小さく頷いた。


もう既に深夜を回っている。ここのところ毎日のように影に指示を出し、報告書をまとめ上げるのに忙しかったレンブラントはさすがに眠気を感じ始めた様だ。



それでも、話の途中で退座する様な不敬はしない。口調は少し緩慢になったが、それでも報告は続けた。



「もう二度とストライダム侯爵家うちの手を煩わせることのない様にしておかないといけませんからね。次期ライナルファ侯爵家当主なのですから、自分にかかる火の粉くらい自分で払えるようにならないと、いつまでも甘えられてはこちらが困る」



その言葉に、ノイスが鷹揚に頷く。



「まあ、それはそうだな。今回はトリーチェの事もあるし、それなりの見返りも得られる様だからこのまま進めてもいいとは思っているが」


「それで、人には裏表があることをきっちり学んでもらおうと思いまして」



レンブラントが黒い笑みを浮かべた。



「自分で証拠を集めて来いと言って、放り込んでおきました」



どこに、と聞いてもいいのだろうか。少々不吉な予感がした二人は、その言葉を口にするのを躊躇したが。



そこはレンブラントがさっさと口にした。



「今頃は、奴隷としてアレハンドロの下で働いている筈です」


「・・・は?」



睡眠不足がたたっていたのかもしれない。いつもの理路整然とした説明にはならなかった。


故に。



「・・・どういうことだ? もう少しきちんと報告しろ」



結局、更なる説明を求められ、レンブラントの長い夜はまだ続くこととなる。








「・・・成程、そういう事か」



ノイス・ストライダムは、レンブラントからの説明を聞き終えた後、こめかみを押さえながら呟いた。



「勿論この事はトマスも・・・ライナルファ侯爵も承知しているのだな?」


「ええ。レオがライナルファ侯爵に直談判しましたよ。証拠を掴んでくる代わりに、全てが終わった暁にはナタリアとの婚約を認めてくれと頼み込んでました」



そのナタリアとの恋が事業が傾いた原因だというのに、解決するに当たり条件をつけたんですよレオは、とレンブラントは続けた。



「それでトマスは」


「了承してました。この現状が打開できるなら、と」



はあ、と大きな溜息がノイスの口からこぼれた。



「あいつもレオポルドに甘いからな」


「まあ、せいぜい頑張ってくれるんじゃないですか。あいつにしたら背水の陣ですから」



飄々と告げるレンブラントに対し、ノイスはまだ不安そうだ。



「レオポルドは能力がない訳じゃないが単純な男だからな・・・すぐにボロが出るんじゃないか」


「一応、影も潜入させてますがね・・・まあ何かあったとしたらそれまで、と言うことでいいんじゃないですか? 俺からも指示も出しましたし、その通りに動ければ問題はない筈。それ以上は面倒みきれませんよ」


「・・・確かにな。恐らくはトマスも何名か潜り込ませただろうし」



そう言って、少しの間黙り込んだノイスは、思わずと言った風に言葉を漏らした。



「それにしても、レン。お前が一人でここまでお膳立てするのは大変だったろう。ご苦労だったな」



欠伸を口で押さえながら、レンブラントは何でもないと首を振る。



「仕方ないですよ。あの男がトリーチェに目を向ける前に潰した方が、こちらとしても都合が良かった訳ですから。まあ、後はレオポルドに頑張ってもらって、俺は安全な場所から指示を出すことにします」



あくまでも捻た言い方しかしない息子に、ノイスは苦笑する。



「全く・・・損な性格だな。わざわざ憎まれ口を叩かなくとも良かろうに。奴隷として潜入させた件はともかく、手を貸したことはレオポルドも感謝している筈だぞ」


「この性格は今さら直せませんし、そもそも礼を言われたくてやった事でもありませんので」



それでもやはりこんな返ししか出来ないレンブラントは、「もうそろそろ寝ます、限界です」と言って席を立った。



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