第15話 あの日、あの時、私たち三人は ーー 逆行前



「私、トリーチェと友だちになれて本当に良かったわ」



ナタリアがそう言ったのは、いつだったろうか。



そうだ。


あれは、あの日。


週末に、三人で街歩きに出た時だ。




「私もよ、ナタリア。私と友だちになってくれたこと、本当に感謝してる。ありがとうね」



そんな言葉を口にした。でも少し恥ずかしくて俯いてしまって。



「なに二人して顔を赤くしてモニョモニョ言ってんだよ。ガキじゃあるまいし」



手を固く握りあい、目を潤ませながら友情に感謝するベアトリーチェたちを横で揶揄うのはアレハンドロだ。



「もう、いちいち茶々を入れないでよ。アレハンドロには私の気持ちが分からないの。私は本当に嬉しいんだから」


「あ~、はいはい。ソレハヨカッタデスネ」


「だから、アレハンドロはちょっと黙っててってば」



ぷうと頬を膨らませるナタリアを、アレハンドロが笑う。ベアトリーチェも釣られてくすくすと笑んだ。



「いや、そもそもそんな台詞ここで言うか? ベアトリーチェがバテて動けなくなってるんだぞ?」


「このまま木陰で休んでたらきっと良くなるわ。お天気が良いのについ休みも取らないで歩き回ってしまったから。ね、そうよね? トリーチェ」


「ええ。私もそう思うわ。久しぶりの街歩きだったから、ちょっと張り切りすぎてしまったみたい。駄目ね、私」


「そんな事ないわ、トリーチェ。私が嬉しくて連れ回してしまったの。もっと早くに気づかなくちゃいけなかったのに。あ、ねえアレハンドロ。ちょっと私たちに飲み物を買ってきてくれない?」


「はいはい。分かりましたよ、お姫さま」



この日、ベアトリーチェたちは街中を見て歩いた。


ナタリアとアレハンドロとベアトリーチェの三人で、いつも一緒に時を過ごしていた時の記憶。


まだナタリアがレオポルドと出会う前の。


たぶん、ベアトリーチェたち三人が一番穏やかに時を過ごせていた頃の。



春の終わり、日射しは少しばかり強くて、体の弱いベアトリーチェの気分が悪くなって。



アレハンドロとナタリアに支えられ、木陰で涼んで、少し楽になってきた時に交わした会話。



アレハンドロが飲み物を買いに出店の方へ向かうと、ナタリアはベアトリーチェへと再び話しかけた。



「アレハンドロはああやって馬鹿にするけどね、私は本気でそう思ってるのよ。トリーチェに会えた事を心から感謝してるの」



ナタリアは可愛らしい顔で、そんな可愛らしい言葉を口にした。



嬉しい、そう言おうとナタリアを見上げれば、なぜか彼女は悲しげな表情を浮かべている様に見えた。



「ナタリア・・・?」



八の字に眉を下げ、ナタリアは少し声を潜めた。



「だってね。こんな風に仲良くなれたのって、トリーチェが初めてなの」



そして、そんな事を言ったのだ。



「私、どうしてか分からないけど、これまでずっと親しいお友だちが出来なかったのよ」


「え・・・まさかそんな」



そんな事を言われても、信じられなかった。



明るくて、人懐こくて、快活で、人を気遣えて、どこまでも可愛らしいナタリア。



いつだって、クラスの誰とでも仲良くお喋りしていた光景が思い出された。



だからそんな言葉が、よりによって彼女の口から出て来た事が、とても意外だった。



だって、友人がいないのはベアトリーチェの方。


病のために屋敷に引きこもりがちだったベアトリーチェにとって、これまでに友人と呼べる存在といえば、エドガーとレオポルドくらいだった。


しかもレオポルドの方は、ベアトリーチェが倒れてもわざわざ見舞いに来ないくらいの薄い付き合いで。



だから、ナタリアの言っている事がよく分からなかった。友人がいないのはベアトリーチェであってナタリアではない。そんな疑問を素直に口にした。



「あなたに友だちがいないなんて、そんな事ないわ。ナタリアはクラスでもとても人気があるのよ?」



お世辞でも当てこすりでもない、本当の本気でそう告げた。


だからこそ、自分がナタリアの友でいられる事を奇跡のように思っているのだから。



なのに、ナタリアは「そうじゃないの」と、また寂しげな表情を浮かべて首を横に振る。



「これまでもずっとそうだったのよ。それなりに親しくなれて、このままきっと良いお友だちになれる・・・そう思っても、皆いつの間にか私から離れていくの」


「え・・・?」


「だからトリーチェが初めてなのよ。こんな風に、私の・・・本当のお友だちになってくれた人は」



そう言った時のナタリアは笑っていたと思う。

彼女が首を傾げた時に太陽の光が射し込んで、顔に影が射していたけど、でもきっと。



ぎゅっと握られた手は、とても強くて。


ベアトリーチェも同じように強く握り返した。









「ねえ、トリーチェ。私、幸せよ。レオに会えて、とても幸せ」



レオポルドと出会ってからのナタリアは、幸せではちきれんばかりに微笑んでいた。



「卒業したらどこかお金持ちの貴族に嫁ぐように父から言われていたの。でも、来る話は大抵ご年配の方の後妻か、ちょっと訳ありの方ばかりで」



ナタリアは、どこか遠くを見つめながら小さく呟く。



「でも、もういい加減に現実を見なきゃって、諦めかけていたの」



だから、とナタリアは続ける。



「今も自分の幸運が信じられないわ。あんな素敵な人に出会えて、その人が私のことを好きでいてくれるなんて」



ナタリアの幸せそうな姿は、学園中の憧れの的だった。



彼女がベアトリーチェたちと過ごす時間は当然ながら減っていく。でも、それは仕方ないと割り切れた。


それでも、ベアトリーチェはお昼だけはレオポルド会いたさに付いていったけれど。


アレハンドロの方が、よほどきちんと距離を置いている様に見えた。



ナタリアが誘っても、かなりの確率で断りを入れ、レオポルドと会ったのも数えるくらいで。



そうして気がつけば、ナタリアの側にアレハンドロの姿を見ない日が多くなっていく。



そうやって友人や幼馴染みと離れることになっても、ナタリアはレオポルドとの恋で満ち足りていた。



そして、レオポルドは、まるでお姫さまを守る騎士のようにナタリアに寄り添い、隣で温かく微笑みかける。


それはいつもベアトリーチェが夢見ていたものだったけれど、同時にそれが自分には与えられないものだとよく分かっていたから。だから。



ベアトリーチェはこう思ったのだ。



--- 私が絶対に、永遠に、この手には入らないものだから ---



--- だからせめて、それは大好きなナタリア、あなたが持っていてほしいの ---




そう、心から思った。



だって、誰もが皆ナタリアの幸せを願っていると、その時の無知なベアトリーチェは信じていたから。



夢の中で記憶を辿っているとも知らず、ベアトリーチェはつ、と涙を流す。



懐かしく、切ない過去に。

現実としては消え去った、誰もが絶望に落とされたあの瞬間に。



ベアトリーチェは、声にならない呟きを漏らした。



ねえ、ナタリア。


私の初めてのお友だち。


私はあなたの笑顔を守りたかった。


本当に、守ってあげたかったの。


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