第14話 動き出す運命の歯車



その週のうちにレオポルドはナタリアに告白し、ニコラスの時とは違い、その場でナタリアはそれを受け入れた。



やがて始まった学年終わりの休暇期間、二人は何度も逢瀬を重ねる。



そして第二学年が始まると、巻き戻り前によく見たかつての光景が、今も見られる様になっていた。



昼に仲良くランチを取る二人。


放課後に寄り添って中庭を歩く二人。


手を繋ぎ、互いに微笑みあい、頬を赤らめて、少し照れくさそうに顔を寄せ合う。



美男美女の二人が学園内で噂のカップルになるのも間もなくの事だった。



ベアトリーチェはそれを静かに見守っていた。


嫌な予想は当たらないでと心の中で祈りながら。




ベアトリーチェは相変わらず、ドリエステに留学したエドガーと頻繁に手紙を遣り取りし、数カ月に一度会っている。



エドガーは変わらず優しく、会うたびにベアトリーチェの様子を観察しては色々とアドバイスをくれる。

補助栄養剤や薬草などをベアトリーチェのためにドリエステから持ち帰ることもあった。



ベアトリーチェとの時間がエドガーの研究の妨げになってはいないかと尋ねた事がある。迷惑ならば手紙だけでも構わないと。


その時エドガーは、むしろ直接会うことでベアトリーチェの体調を確認できて良いんだよと答えた。


研究に行き詰まった時、ベアトリーチェとの会話やその時に気づいた事が、見方を変えるきっかけになる事もあるのだと。



恐らくそれは気休めの言葉だろう、そう分かっていても、エドガーの心遣いが嬉しかった。




「お陰で、順調に研究も進んでいてね」


「お陰だなんてそんな、まさか」



そこまで言われてしまえば、何か自分も役に立っているのかとうっかり誤解しそうになるくらいだ。



「本当だよ。予定よりもずっと早い。十年はかかるかと思っていたけど、七年か八年で終わるかもね」



そこまで自分がエドガーの研究に役立っているとは到底思えないのに、本当にエドガーは褒め上手だとベアトリーチェは思った。


でも七年か八年、十年に比べたら確かに短くなっているのだろうけれど、それでもやはりベアトリーチェにとっては長い期間で。


改めて、やはり自分はエドガーの本格的な帰国までは生きていないのだと考えると、胸の奥が微かに疼いた。








「あいつ、エドガー。また来てたんだろ? 本当、よくやるよな。こことドリエステの医学研究所って、まあまあ距離あるのに」



エドガーが去った後、例によって家に立ち寄っていたレンブラントが呆れた様にそう言った。



「それで今回は? 何か研究所からの土産はもらったのか?」


「え? ええ」



当然のように聞いて来た兄に少し戸惑いながら、ベアトリーチェは頷いた。



「今回は新しい薬草を頂いたわ。なんでも滋養強壮効果があるとか。取り敢えずは体力をつけるようにと仰って」


「まあ確かに。基礎体力がないと何も出来ない。お前はすぐに熱を出して寝込むからな、治療以前の問題だ」


「治療も何も、そもそも私の病気に効く治療法なんてないのよ、お兄さま」


「・・・まあ、そうだな。今は確かにそうだけど」



レンブラントは、がしがしと頭をかく。



「とにかく、いつ治療法が見つかってもそれが直ぐに受けられる様に、ある程度の体力はつけておけ。強い薬は弱った体には毒になる。いざ薬が見つかってもお前が弱りきってたら飲むことも出来ないんだぞ」



いつになく強い口調の兄に少しの疑問を覚えつつも、ベアトリーチェは素直に頷いた。



兄は兄で、幼少時から床に臥せがちの妹が心配なのだろう。


実際に、巻き戻り前は医者の告げた二十歳は僅かに超えたものの、結局は今からあと六年足らずでベアトリーチェは死んだのだから。



それにしても、とベアトリーチェは思う。


ベアトリーチェの病気について、兄がいつか治るという前提で話すのも珍しい。


これは原因は分かっていても治療法が未だ確立されていない、いわば不治の病。


二十歳まで生きられれば幸運な方に入ると言われている難病だ。



レンブラントは妹を決して特別扱いしなかった。けれど病に関して安易な慰めも言わない。


そんな兄がどうして。



ふと湧いたそんな疑問も、侍女の一人がエドガーの薬草を煎じて持って来た時に瞬時に吹き飛んだ。


それがあまりにも苦すぎたのだ。



しかし、滋養強壮という効果は確かだったらしい。

その後のベアトリーチェの体調は少しばかり上向きになった。


それに気を良くした両親がエドガーに報告したものだから、以来ずっとベアトリーチェはその苦い薬湯を飲むことになってしまったけれど。



そんなある意味穏やかな日常を過ごしながら、学園では注目の純愛カップルを遠くから応援し、このまま何事もなく過ぎれば良い、ベアトリーチェはそう思っていた。



そう。


自分の碌でもない推測など当たることなく、これ以上誰も不幸になることなく、このまま時が穏やかに過ぎゆけば、と。



そんなことは願っても無駄だと、心のどこかで思ってはいた。けれど、それでも願うことは止められなくて。

 


それくらい、幸せに憧れていた。


自分の死は避けられないとしても、今度こそ、あの二人には。


自分の浅はかな提案によって、取り返しのつかない境遇へと導かれてしまったナタリアとレオポルドには。



今度こそ、今度こそ、幸せになってほしい。


だからお願い。

こんな不吉な予感は全部気のせいだと分からせて。



無駄ではないかと心のどこかで思いつつも。


ベアトリーチェは祈ることを止められなかった。


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