第10話 アレハンドロという人



アレハンドロ・レジェス。



レジェス商会の跡取り息子。



今は平民のアレハンドロだが、巻き戻り前では、今から約半年後に彼の父親が男爵位を国王陛下から賜り、男爵令息になる。



赤茶色の髪に、琥珀色の瞳。

緩やかなウェーブを描く長い髪を紐で軽く一つに縛り、背中に流すその容姿は、男爵位を得る前からどこか貴族然としていた。


顔立ちは平凡ながら裕福な大商会の息子であること、さらには既に家業を手伝い実績を積んでいることも相まって、平民であった頃から貴族平民を問わず女子からの人気はそれなりに高かった。



でも、思い返せばアレハンドロが側にいるのはいつも。


いつも自分たちの側で。


そう、つまりはナタリアの側で。



・・・三人で過ごしていた時も、あの二人の間に別に恋愛めいた空気はなかったから、今まであまり考えたことはなかったけれど。



模擬戦を見に行こうとヴィヴィアンたちと楽しそうに話していたナタリア、そしてその様子を扉向こうから見つめていたアレハンドロを、ベアトリーチェは思い出す。



あの時のアレハンドロの昏い眼差し。



自分に向けられたものでもないのに、思い出すだけでぶるりと体が震えた。



あの日の放課後から、ニ週間が経っていた。


ヴィヴィアンたちは約束通りナタリアと一緒に模擬戦を見に行き、ナタリアはそこで騎士訓練科の生徒の一人から告白されたらしい。



でもそれは、ベアトリーチェが予想していたレオポルドからではなく。


それはそれで、ベアトリーチェは妙な罪悪感に捉われたのだけれど。



ナタリアに告白したのは、あの日ベアトリーチェが保健室の窓から目撃した、ナタリアを観戦に誘った男子生徒だった。


その男子生徒は、どうやらナタリアと同じ子爵位の家の三男。


継ぐ爵位もないため、騎士になる道を選んだらしい。



ナタリアは特にその男子生徒に好意を持っていた訳ではなく、あの日も呼び出されて出向いただけで。



告白の結果は、そのままお付きあいという事にはならず、ベアトリーチェとしては、これもまた少し複雑な気持ちになった。



取り敢えずお友だちになりましょう、という結論に落ち着き、その後、何度か昼休みとか放課後とかに会っているらしい。



ちなみに、模擬戦の日に騎士訓練科の生徒から告白されたとか声をかけられたとかの話は珍しい出来事ではない。



今のベアトリーチェの友人、ヴィヴィアンも告白された一人だった。



「でもね、わたくしの場合は、既にあちらの家から婚約の打診を頂いていたの」



ヴィヴィアンは、恥ずかしそうに頬を赤らめる。



そう、今はどの令息令嬢も良い結婚相手を見つけようと躍起になっている時期。


学園に入学して卒業するまでの間に、或いは卒業して一年後くらいまでには相手を決め、婚約を結ぶのがこの国では一般的とされていた。



家同士で内々に打診があるところでも、今回のヴィヴィアンの様に学園でその人となりや相性を見る機会としている。



それを経て、大抵は学園在籍中に婚約者が決まるのが普通の事だ。


卒業間近になってもまだ決まらないというのは、本人かその家に何らかの問題がある場合が多く。


そう、例えばベアトリーチェの様に、治る見込みのない病気に罹っているとか。


例えばレオポルドの様に、家が多額の負債を抱えているとか。



ある意味、家が貧しいナタリアもどちらかと言えば問題ありに分類される。だが今回の告白の相手のように一代限りの騎士爵を目指す人や平民の息子から見たら、持参金の有無など大した障害にもならないだろう。


むしろ爵位が低い人ほど先に相手を見つけておかないと後々になって誰も見つからずに困ることになる訳で、高位貴族であれば多少の問題があっても早目に条件の良い相手を見つけておけば・・・



そこまで考えて、ベアトリーチェはふとある事に気づく。



待って。



じゃあどうして、巻き戻り前、レオポルドは裕福な家の令嬢ではなくナタリアに声をかけたの。


タイミングの問題?

たとえお金がなくても、侯爵家が潰れても、それでも一目惚れには勝てなかった?


付き合った後ならともかく、まだ恋人にもなっていないうちから、あのレオポルドがそんな事を考えるかしら?



何かが引っかかって、ベアトリーチェは考えを巡らせる。

だが単純な答えがすぐに見つかった。



あまりにシンプルすぎて、思わず肩の力が抜けてしまう程の。



模擬戦で出会い告白した時は、レオポルドの家は全く困っていなかった。


彼の父親の事業が傾き始めたのは学年の終わりで。

本格的に収益が悪化したのは二学年の半ば頃。


そして三学年に入る頃には、かなり絶望的な状態になっていた。



何の財力も経済力もないナタリアの家との縁組など、考える余地もないくらいに。



ああ、そうか。


だから模擬戦の時は何の憂いもなく、二人は安心して付き合いを始めたんだ。



むしろ、経済的に困窮しているオルセン子爵家を将来的に援助してあげるくらいのつもりでいたのだろう。



あのまま、ライナルファ侯爵家の事業が順調だったら。


順調だったらきっと。


レオポルドの両親から多少の反対があったとしても、それでも二人は結婚して幸せになって。

私が契約結婚を申し出る必要もなく、私がナタリアに殺されることもなく。



薬は間に合わなかっただろうから、私が死ぬ未来は変わらなかっただろうけれど。でも、それでも。



誰も、誰一人として、あんな思いをすることはなくて。



予見できないこととタイミングの問題。


誰にもどうしようもないことだった、この時のベアトリーチェはそう思い、納得しようとした。



納得できたと思っていた。


いや、確かに納得していたのだ。



この時は。



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