三話 謝霊、真犯人を追い詰めること

 パドストンは存分に怒りを込めて鼻を鳴らした。しかし謝霊は構わずに問う。


「ミス・フォスターが殺された晩、あなたもミス・フォスターもパーティを一度中座していますよね。その間一体何をしていたのですか?」


「なんてことはない。世間話をして、先に帰ってくれと言われた」


 パドストンが乱暴に答える。


「そうですか。では、本当にこの旗袍に見覚えはないのですね? これは彼女の楽屋の肘掛け椅子の中から見つかったものです。この旗袍、かなり大きく作られていましてね、漢人が着ようとすると……(謝霊シエリンはそう言いながら本当に旗袍を羽織ってみせた)このように、どうしても丈が余ってしまう。それに衣装係によれば、消えたズボンと靴もかなり大きく作られていたそうです。つまりこれを着た犯人はひどく体格に優れているのです、それこそ身の丈六尺半のチェン兄のようにね。それにこの染み……片脚に沿って縦についていますが、楽屋の床に残されていた染みはちょうど漢字の「凹」の形のように一部が大きくへこんだ円形でした。つまり犯人は彼女の脚の間に自分の脚を入れて身動きを取れなくさせて彼女の首を絞め、その際彼女の尿を片脚に被ってしまった。残された染みが漢字のとおりにへこんでいるのは、その部分に犯人の足が置かれていたからなのです。どうです、ミスター・パドストン? あなたはこれを着てミス・フォスターを絞殺し、その際汚れた衣服の替えを劇場で拝借したのではないですか? 旗袍は肘掛け椅子の中に隠し、元々穿いていたズボンと靴はゴミにでも紛れさせて」


 謝霊は滔々と語る。しかしパドストンが折れることはなく、かえって声を荒げて反論した。


「そんなもの、あのチェンとかいう衣装係の細工だろう。西洋人の仕業だと思わせるためにわざわざ仕組んだのだ!」


 謝霊はパドストンががなり立ててもどこ吹く風といった様子で、涼しげな表情を一切崩さない。謝霊は「そうですか」と言って旗袍を脱ぐと、


「では、あなたが事件の夜に着ていた服を教えてください」


 と言った。

 唐突な一言にパドストンは訝しげに眉を吊り上げた。謝霊はまた繰り返して言った。


「あなたが事件の夜に着ていた服を教えてください、ミスター・パドストン。もしも劇場から持ち出したものをまだ保管しているのなら上下のちぐはぐな組み合わせになるはずですし、もし劇場のは処分してズボンのみ新調したとしても、上下で作られた時期が異なるという、これまたちぐはぐな組み合わせになっているはずです。聞いた話では、西洋の方が正装をあつらえるときは必ず上下ひと揃えで注文するそうですね――であればなおのこと、あなたが事件の夜に着ていた上衣と対になるズボンは上衣よりも新しいという、一見普通でもちぐはぐなひと揃えがあってもおかしくない。それに靴の方も、衣装係が用意するものと一般の紳士が流行りに合わせて買い求めるものとでは細部が異なるのではないですか」


 私はパドストンの目が揺らぐのを見た。謝霊は構わず続けて言う。


「それにあなたは先程、旗袍も消えた衣装も沈が西洋人に罪を着せるために仕組んだのだと言いましたね。百歩譲って彼がわざと衣装を盗み、他人に罪を着せようとしたのだとしましょう――でも、なぜ彼は旗袍まで隠す必要があったのでしょう? 彼が下着で帰ったとか、来たときと違う服で帰ったという話は一切ありませんよ」


 この一言でパドストンは決定的に動揺した。彼は顔色を変え、反論の言葉を探して口を開いたり閉じたりしている。


「それからもうひとつ。あなたは事件の昼間、ミスター・モリソンとミス・フォスターを交えて三人で昼食をとったそうですね。そのときあなたたちはフィッシュアンドチップスを頼み、ミスター・モリソンは普段の習慣どおりマスタードソースを別添えで注文した。そしてあなたは二人が席を外している間に料理を持ってくるよう、給仕の男に言ったとか……そしてその日の夕刻に、ミスター・モリソンは食あたりを起こして寝込んでしまった」


「……あのジジイ、要らんことまで喋りよって」


 パドストンが小声で悪態をつく。謝霊はしたりとばかりに笑うと、とどめの推理を突き刺した。


「三人で同じものを食べたのに一人だけが臥せったというのは、あり得なくはないですが偶然に引き起こすのは難しい現状です。あなたはミスター・モリソンとミス・フォスターを確実に引き離すためにわざとマスタードソースに細工をしたのではないですか? これは私の推測ですが、軽度の体調不良を起こすような微弱な毒物でも混ぜたのではないですかな。そしてかねてより計画していたとおり、あなたはパーティーの人混みからミス・フォスターをうまい具合に引き離して楽屋に行かせ、旗袍を着てミス・フォスターを殺害した。緊急に着替える羽目にさえなっていなければ、隠しおおせることもできたでしょうな……もしくはミスター・モリソンが諦めて、あるいは私ではない別の探偵に話を持っていっていれば。なぜなら私は、死者の魂から真実を知ることができるのですから」

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髑髏はかく語りき〜「招魂探偵」謝霊の事件簿〜 故水小辰 @kotako

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