八話 レイフ・モリソンとエリック・パドストンの会食、ならびに七白が悪戯心で騒ぎを起こすこと

 単刀直入な問いにサー・モリソンは少し目を丸くした。私も少しばかり眉を跳ね上げた。一体どこから話を聞いたのか――また彼がどこまで勘付いているのかは分からないが、凶手たるパドストンがそれを知っているとは驚きだ。


「ええ、まあ。私はまだ納得がいっていないので」


 サー・モリソンは料理を取り分けながら答えた。当然パドストンは納得いかないといった様子だ。


「だが、犯人も逮捕されたのだろう。あの、たしかチェンとかいった……」


「よく覚えていますね。では彼が逮捕された理由が疑わしいこともご存知でしょう」


「どこがだね? 状況をかんがみるに、クリスティンを殺せたのは奴だけだろう」


「ですが、その理由は? 彼には動機もなければ、クリスティンと個人的ないさかいがあったわけでもないのですよ?」


 淡々と口と手を動かし、話しながら食事をする二人を私はじっと見守っていた。このときになってようやく、サー・モリソンはわざと私とヤン阿姨おばさんを残して皆を帰らせたのではないかと勘づいた。きっと彼は、パドストンの発言に怪しい部分がないか私に見張らせているのだ。


「それに、背が高いからなんてこじつけでしょう。あのくらいの背丈で、あの晩劇場にいた者なら他にも——」


 サー・モリソンがそう言いかけたとき、パドストンが突然いきり立った。


「しかしな、レイフ、事件の夜劇場にいてバックヤードを自由に行き来でき、なおかつあの背の高さで漢人の出で立ちだったとなるとチェンしかいないだろう! 理由などあってもなくても同じことだ、どうせ一目見て抱いた劣情が満たされないと知って逆上したのだろうさ。ここは国王が何千、いや何万もの妻を一度に囲うような国なのだぞ。民草のレベルがそれより勝っているとどうして言い切れる? そうでなくても我々が連中の格好をするなど考えられん!」


「叔父さん!」


 サー・モリソンが大声を上げ、二人の英国人はしばしの間荒い息を吐きながら睨み合っていた。やがてパドストンが先にため息をつき、自らを落ち着けるようにワインを飲み干した。

 パドストンは指をくいと曲げて私を呼びつけると空のグラスを突き出してきた。私はすぐさま近寄って次の一杯を注ぐ――そのとき、視界の端で白いものが動くのが見えた。悟られないように窓を一瞥し、軽く会釈して下がると同時に、階下からガチャンという音と楊阿姨が怒鳴る声が聞こえてきた。


「何だね、騒々しい」


 パドストンが不満げに呟く。私はサー・モリソンに目配せをすると、ワインの瓶を置いて応接室をあとにした。


「エリック叔父さん、どうか気を取り直してください。今フェイミンに様子を見に行かせていますから……」


 サー・モリソンの声を背中に聞きながら私は階段を駆け下り、厨房の扉をバンと開けた。


「楊阿姨? 何があったの?」


 私は厨房をさっと見回して、床にひっくり返って割れた皿とカンカンに怒っている楊阿姨、それから開け放たれた窓を順番に確認した。楊阿姨は私が来たことを認めると、「野良猫だよ!」と一言乱暴に答えた。


「おかげでこのザマだ……今日の夕飯が作り直しになっちまったじゃないか、あのドラネコめ!」


 私は楊阿姨の文句を聞きながら窓の外に顔を出した。外は真っ暗闇だが、路地の向こうに辛うじてひょろりと背の高い人影と白くて長い尻尾が見えた。


「……あいつ!」


 私は歯ぎしりをするや窓から飛び出した。驚いた楊阿姨が私を呼ぶ声を無視して私は路地を走り抜け、勢いよく角を曲がった。

 果たしてそこにいたのは、香草の良い匂いを漂わせる鶏肉の塊を加えた七白チーバイと、七白から鶏肉を取り上げようと格闘している謝霊だった。


「おや、慧明兄」


 謝霊は片手で鶏肉の一端を摘まんだまま、もう片方の手で丸眼鏡を押し上げた。その隙に鶏肉を引っ張った七白の鼻をぺちりと叩き、「こら、放しなさい」と言う。はずみで口を離してしまった七白は不服そうに喉の奥で唸ったが、私が見ていることに気付くやいなや途端に大人しくなった。


「……謝霊シエリン兄。こんなところで何をしているのですか?」


 私はできる限り冷静を保ちつつ尋ねた。謝霊はだらりと長い七白を抱え直しながら


「少しばかり偵察を」


 と答えた。


「霊魂を操る術のひとつに、他の動物の体を借りるというのがあってですね。要は七白は人の家を覗く時の私の器なのですよ。いつもは上手くいくのですが、今日はどうも落ち着きがなくてですね。もとから繋がりが不安定だった上に七白が怒鳴り声に驚いて、術が完全に解けてしまったのです。いやはや、ご迷惑をおかけしました」


 いけしゃあしゃあと言ってのけた謝霊に私は開いた口が塞がらない。と、そこに朝方見かけた七白を思い出した。今にも倒れそうな私とわざと捕物劇を演じさせた挙句に姿を消し、その直後に謝霊が現れた——


「——待て。ということはまさか、今朝うちの倉庫に入り込んだ七白は」


ですね。ですがさっきも言ったとおり、今日はあまり言うことを聞いてもらえていないのですよ。だからあれも半分は私の意思、もう半分は七白の意思といったところですかね」


 ……どおりでか。私は合点がいくと同時にうなだれた。どおりでやけに良い時に現れたわけだ。私はため息をつくと、さっさと踵を返してもと来た路地を戻り始めた。


「どこに行くんです?」


 謝霊が私の背中に呼びかける。私は頭だけ振り返ると、


「中に戻るんですよ。今晩はもう休ませてください。……どうせ明日も私を連れまわすんでしょう? だったらそのとき会って、じっくり話せば良いでしょう。ではまた、謝霊兄」


 と言い残してさっさと半地下の裏口へと潜り込んだ。

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