六話 謝霊と張慧明、引き続き劇場を探ること

 私たちが最初に話を聞いたのは沈とともに劇場で衣装係をしているウェン姑娘クーニャンだ。彼女はいつも沈より早く来て早く帰っており、事件の日もそれに変わりはなかったという。

 しかし彼女はクリスティン・フォスターの遺体を真っ先に見つけたわけではなく、朝早く来て衣装の点検をしていたら騒ぎに巻き込まれてしまったのだと語った。


「衣装の点検ですか。それは毎朝することなのですか?」


 謝霊が尋ねると、文姑娘は当たり前だと言わんばかりに頷いた。


「ええ。それが私の仕事なので」


「なるほど。そのとき何か変わったことはありましたか? 思い出せる範囲で構いませんから教えてくださいますか」


 謝霊が続けて尋ねる。すると文姑娘は考え込むふうもなく、しかしためらいながら


「……警察の方にもお知らせしたのでよく覚えているのですが」


 と言って少し目を泳がせた。


「事件の夜に衣装がいくつか消えていたってお話があるでしょう? 沈さんが捕まった理由にもなった。実はそれ、私が警察に言ったんです。前の日にははあった衣装がいくつかなくなっていたって」


「なるほど」


 謝霊が静かに答える。


「ちなみに、何がなくなっていたのか教えてもらえますか」


 謝霊は丸眼鏡の奥から至極真っ直ぐな視線を文姑娘に向ける。文姑娘は謝霊と私に少しだけ顔を寄せると、


「スーツのズボンと黒の革靴ですわ。かなり大柄な役者が着るものが、ひとつずつなくなっていました」


 と答えた。



 次に私たちが話を聞いたのは劇場の裏口に詰める警備員だ。名をユェンというその男は、私たちがいくつか質問をするとすぐに事件の夜も裏口にいたと明かした――しかし、彼はパーティーの給仕や仕出しの業者、それに劇場で働く者以外は誰も裏口を通らなかったと言った。

 袁が見送ったという同僚たちの中には、たしかに沈も含まれていた。しかし彼は沈の様子に特に変わったところはなかったと答えた。


「それにあの朝、俺は夜勤明けで帰ったところだったってのに、いざ寝ようとしたら朝っぱらから家に小僧が来て今すぐ劇場に行けとか言われたんだ。それで行ってみりゃ、沈の奴がしょっ引かれてくところに遭遇してなあ。驚いたったらありゃしないよ」


 袁はこちらが聞いていないことまで勝手にべらべらと喋っては、一息つく代わりに煙草を吹かす。私は謝霊の半歩後ろで袁の話を飲み込もうとしていたが、謝霊はいつものように愛想の良い笑顔を保っていた。


「誰か怪しい者はいませんでしたか? たとえば、その沈先生と同じかそれ以上の背丈の者など、見てはいませんか?」


「見てねえな」


 袁は煙草の合間に短く答えた。


「あいつほどでかい奴はそういねえからなあ。上海じゅう探して、西洋人どももかき集めてやっとこさ五、六人集まるってとこじゃねえの」




***




 私たちが劇場を引き払ったのは夕日がすっかり沈みきったころだった。昼飯も取らずに――おまけに私は今朝の体調不良でろくに朝飯も食べていなかった――ひたすら探し物をしていたせいで、腹はぐうぐう鳴り、頭は今度は疲労で痛みを訴え始める始末だ。


「これだけ収穫があれば上出来ですよ。やはり二人で働くとはかどりますなあ」


 空きっ腹を抱える私の横で謝霊は呑気に笑っている。


「どうです、明日も来ませんか、慧明兄? 明日はモリソン氏とパドストン氏、それにフォスター嬢の昼間の動向を探ってみようではありませんか。モリソン氏の食あたりの原因となったものなんて、探してみても面白いんじゃないですか?」


「サー・モリソンの許可が下りれば朝一で事務所に行きますよ」


 私はうんざりしながら言い返した。折しも我が家兼仕事場が見えてきたところだったが、それを見た途端に私の腹が思いきり音を立てた。私は頬が一気に熱くなるのを感じた。しかし、謝霊を伺っても彼は上機嫌のまま、ではまた明日と手を振ってさっさと別れてしまう。

 あまりにあっけない挨拶に、私はぽかんとしたまま彼の背中を見つめていたやがて私はかぶりを振ると、建物脇の横道から半地下の裏口に回って中に入った。

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