五話 謝霊と張慧明、証拠の品を探すこと

 私は眉を吊り上げて謝霊を見た。たしかに一理あるが、服を隠せそうな場所——この楽屋の衣装棚や廊下にズラリと並ぶ衣装掛けはあらかた調べ尽くされているように思える。そして案の定、謝霊が楽屋中の棚や引き出しを次々開けても中はもぬけの殻だった。巨大な花瓶の中も当然空っぽだ。


「まあ、わざわざ漢人に変装して人を殺す男がこんな分かりやすい場所に証拠を残すとも考えにくいが」


 謝霊シエリンが独り言のように言った。私は部屋をぐるりと見回し、この不自然な肘掛け椅子に目を留めた。


「……そういえば、なぜマダム・フォスターは楽屋に肘掛け椅子なんて置いていたんだ」


「ミスター・モリソンと談笑でもするつもりだったのでは?」


 私のぼやきに謝霊が答える。しかし私はかぶりを振って、彼の言葉を否定した——なぜならその晩、サー・モリソンは公演にもパーティーにも行っていなかったのだ。

 そのことを謝霊に告げると、彼は丸眼鏡の奥で目を少しだけ見開いた。


「その話、詳しくお聞きしても?」


 謝霊が尋ねる。私は頷くと、事件の夜のサー・モリソンの様子について一切を話した。

 とはいえ事は単純だ。事件の日の夕刻からサー・モリソンは体調を崩しており、とても外出できる状態ではなかったのだ。それも突然のことで、彼は本来行くはずだった公演とパーティーを全て欠席しなければならなかった。日中、マダム・フォスターとエリック・パドストンと三人で上海観光をして昼過ぎに戻ったときには何ともなかったため、医者は時間の経過も鑑みて食当たりだと診断した。

 その最中の殺人事件である。サー・モリソンの受けた衝撃は並大抵のものではなく、不調もずるずると後を引いて、結局彼が全快したのは事件から二週間が経ったころだった。



「……ですが元々行かれる予定ではありましたし、劇場側も関係者として楽屋の出入りを許可していたのでしょう。だから、この椅子がサー・モリソンのために用意されたというのも間違いではないのかもしれません」


 私はそう言って話を締めくくった。謝霊はその間あごに指を置いてじっと黙っていたが、おもむろに肘掛け椅子をひっくり返すと、四隅と各辺の三か所を留めていた針を抜き取って座面の底を取ってしまった。


「ちょっと、何してるんですか⁉︎」


 私は慌てて声をかけたが時すでに遅し。その上謝霊はにやりと笑って座面の中を指さした。


「そら、慧明フェイミン兄。目当てのものが出てきましたよ」


 私は訝しみながら中を覗いた。が、そこに入っているものを見た瞬間、謝霊を疑る気はどこかに飛んで消えてしまった。


「旗袍だ!」


 私は思わず声に出して言った。謝霊は早速旗袍を引っ張り出し、綿を払って状態を確かめている。麻でできた質素なものだったが、脚のあたりを見ると片方にだけたしかに染みが残っていた。

 謝霊はなおも旗袍を観察し、裏に表に返してみたり、首元から体側へと並ぶ一字釦を外して羽織ってみたりしていた。しかし旗袍は謝霊には大きく、袖も裾も身頃も生地が余っている。謝霊は「ふむ」と呟いて袖をまくって手を出した――私は首をかしげた。謝霊もそれなりに上背がある方なのにそれでも大きくて着られないとなると、それこそ身の丈六尺半ということで逮捕されたチェンくらいしか着られる人物が限られてくる。


「慧明兄、パドストン氏の体格はどのくらいですか?」


 謝霊が尋ねる。私は


「かなり大きいです。皆彼と話すときは見上げないといけないので」


 と答えた。


「この旗袍も着られそうですかな?」


「ええ、おそらくは。……信じがたくはありますが」


 謝霊は私の答えに頷くと、旗袍を脱いでくるりと丸めた。それを鏡台に置くと、謝霊は底を取り払ったままの肘掛け椅子に視線を移した。私も反対側から肘掛け椅子を観察した――どうやら私たちよりも先に座面の底を剥がした者がいたらしく、四辺が乱雑にほつれている。それがパドストンであることは我々にはすぐに分かった。


「そういえば、事件の夜に衣装が紛失したという話がありましたよね」


 私はふと思い出して謝霊を見た。謝霊は頷くと、


「そのあたりのことは劇場の者に聞きましょうか」


 と言って楽屋の戸を開けた。

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