四話 死せる歌姫、恩人の裏切りを明かすこと

 マダム・フォスターが続けて語ったところでは、突如楽屋に現れた大柄な漢服の男こそがエリック・パドストンだったという。驚き叫んだ彼女の口を塞ぎ、黙るよう促すと、パドストンは彼女にひとつの指輪を見せた。銀の台座に透き通った石がふんだんに嵌め込まれたその指輪は、まさしくマダム・フォスターが探していたものだった。


「私はなぜあなたがそれを持っているのと聞きました。ですがパドストン様は答えるどころか、なぜレイフからの贈り物を身に付けているのだと尋ねました。当たり前ですわ、だってあの指輪はレイフが私との将来の誓いとしてくれたものなんですから! 私はもちろんそのように答えましたわ、ですがその答えはかえって彼を逆上させてしまいました。彼はわけの分からないことを——欧州に家を買ったからそこで二人で暮らそうだとか、このまま租界から逃げ出そうとか、モリソンの若造は気にするなとか、この手のうわ言を沢山言って、仕舞いには私の口にキスまでしようとしたのです。もちろん礼儀としてのキスではありませんでした。もっと野蛮で、乱暴なものでした……私はすっかり怖くなって、とにかく楽屋から逃げ出そうとしました。ですが彼の方が力が強くて、それで私は……」


「パドストンに捕まり、首を絞められたと。分かりました」


 謝霊が淡々と言葉を継ぐ。マダム・フォスターは小さく頷くと、涙を拭いながら小声で謝った。


「どうかお気になさらず。必ずや然るべき者に然るべき裁きを受けさせるとお約束しましょう。それが私の生業ですから」


 謝霊がこう言ったとき、私はマダム・フォスターの姿が少しばかり薄くなっていることに気が付いた。よく目を凝らして見ていると、彼女の背後の暖炉がどんどんはっきりと見えてくる。彼女が語るべきことを語り終え、再び冥府に戻ろうとしているのだと、私ははっきりと悟った。


「最後に、私の方からもお聞きしてよろしいかしら」


 マダム・フォスターが謝霊を伺う。その姿は早くも三分の一は消えてしまっている。

 謝霊が「どうぞ」と頷くと、マダム・フォスターはすぐさま質問を口にした。


「パドストン様以外で、どなたか捕まった方はいるの?」


「事件の翌日に劇場の衣装係が逮捕されました。実は事件の夜に、楽屋の付近で大柄な漢人を見たという証言がありましてね。それに加えて、事件の夜に衣装がいくつかなくなっていた。そのことに加え、その衣装係も漢人にしては上背があったことから逮捕したと、新聞には書いてありました」


 謝霊が答える。マダム・フォスターは悲痛な面持ちで「まあ」と声を上げた。


「可哀想。このような間違いはすぐに正されるべきですわ」


「いかにも。あなたのご同情のためにも尽力いたしましょう」


 謝霊が頷くと、マダム・フォスターは一言「お願いします」と答えた。もうその姿はほとんど見えなくなっている。

 ふと、マダム・フォスターが何かを思い出したように私の方を向いた。私が思わず立ち上がると、マダムは口を開いて何かを言おうとした——

 

 その瞬間、彼女の姿がふっとかき消えた。元の暑さと明るさが戻ってきた謝霊の事務所の中、私は呆然とマダム・フォスターの消えた跡を見つめていた。

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