三話 死せる歌姫が己の死に様を語ること、またその犯人を明かすこと
マダム・フォスターは謝霊と私を訝しげに見ると、「ええ」と頷いた。
「でも、聞いてどうするの? 私はこのとおり死んでいるのに」
「遺された方の憂いを晴らすお手伝いにはなりましょう。実際、レイフ・モリソン氏はあなたの死にまだ納得がいっていないのです」
謝霊はそう言って私の方を横目で見た。私は頷いて、大丈夫ですと無言のうちにマダム・フォスターに伝える。マダムは変わらず訝しげな表情を崩しはしなかったが、「良いでしょう」と答えてことの顛末を話し始めた。
***
遡ること二か月前。
サー・モリソンとの結婚を控えていたマダム・クリスティン・フォスターが上海にやって来た。彼女は歌姫人生最後の公演を上海で行い、その後式を挙げてモリソン夫人となる予定だった——しかし、彼女はこの異国の地で歌姫人生の終わりとともに命の終焉をも迎えることとなる。若い英国女性が殺されたというこの事件は、当時上海租界中を大いに騒がせた。
「その夜、私は公演を終えてパーティーに出ていました。これからこちらの人々と上手くやっていくためにも、公演を見に来てくださった方々のお顔を知っておきたいと思って。そこで様々な方とお会いしたのだけれど、ふと気付いたらレイフにもらった指輪がなくなっていたのです。それも婚約のときに頂いたものだったから、私は一旦失礼することにして、楽屋に指輪を探しに行きました」
マダム・フォスターは迷いなく話し始めた。が、ここで謝霊が一度待ったをかけた。
「なぜ楽屋だと?」
「私、舞台では個人的な装飾品は外しているの。だって、私個人の趣向はお芝居とは関係がないでしょう?」
マダム・フォスターはいささかむっとしたようだったが、謝霊に続けるよう促されると再び従順に話し始める。
「それにあの日の終演後は少し慌ただしくて、もしかしたら出番の前に外したまま忘れているのかしらと思ったのです。でも楽屋に戻って、ジュエリーボックスを見ても入っていなくて。それであちこち探していたら、後ろからいきなり肩を掴まれたのです! 驚いて振り返ったら、漢民族の服を着たものすごく大きな男が——」
「失礼、ミス・フォスター。その男はどのくらい大きかったのですか? 例えば手の大きさは?」
再び謝霊が遮った。マダム・フォスターは少し考え込むと、
「かなり大きかったと思うわ……ええ、そうね、だってあの人なんだから大きいに決まっているわ。それこそあなた方漢民族の手よりももっと大きいはずよ」
と答えた。
「あの人? するとあなたは、ご自身のお知り合いに殺害されたと言うのですか」
謝霊がすかさず尋ねる。私もちょうど同じことが気になっていた——どのようなつてを頼っていても、初めて渡った異国の地に知り合いが大勢いるというのはまず考えにくい。ましてや当時の彼女のように、故郷を発って移り住んだばかりとなると尚更だ。
そしてマダム・フォスターはというと、自らの受けた裏切りを肯定したくないと言わんばかりに目に涙を浮かべて小さく頷いた。
「ええ。恐ろしいことに。あの方は私のパトロンで、レイフの亡きお父様のご盟友でもありました。もちろん良くしていただきましたわ。それにあの方は私とレイフの婚約の仲立ちもしてくださって……ああ、私……今でも信じられないわ……あんなにお優しい方だったのに。どうして……」
涙ぐみ、声を詰まらせるマダム・フォスターの足元に八黒がすり寄った。七白も私のそばを離れて彼女に歩み寄る。謝霊も二匹を止めようとはせず、代わりに至極真面目な声で静かに尋ねた。
「その方のお名前をお聞かせ願えますか」
マダム・フォスターは小さく頷いた。
「エリック・パドストン様です。ここ上海と故郷のロンドンで商いをされていますわ」
謝霊はほうと声を上げ、パドストンの名前を適当な紙に書き付けた。一方の私はそれどころではなかった——先代のサー・エドワード・モリソンの頃から雇われている身としては、ここでその名が出るのは驚愕以外のなにものでもない。ましてやマダム・フォスターが私の方を向いて言うことには(そして実際その通りなのだが)、彼はあの夜のパーティーに出席しており、急病で寝込んでしまったサー・モリソンに代わって彼女のパートナーを務めていたのだ。
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