二話 謝霊、歌姫の霊魂を呼び出すこと
「それは良かった。中には持ってこられない方もおられるのでね……レイフ・モリソン氏が協力的で良かった。早速拝見いたしましょう」
「こら、二人とも。お客様の邪魔をしない」
謝霊が二匹をたしなめる。しかしその目はまるでこちらを見ておらず、謝霊は深い紅の上衣の袖に手を入れて何かを探している。
「ああ、あったあった」
独り言のように呟くと、謝霊は袖の中からスラリと長い煙管を取り出して吹かし始めた。私は身じろぎもしなくなった白黒二匹の猫に見守られながら布を取り払い、出てきた小箱を謝霊に突き出した。
何の変哲もないただの小箱だが、中に入っているもののせいか謝霊には不思議と似合って見える。謝霊は煙管をくゆらせながら箱を受け取ると、何のためらいもなく蓋を開けて中のものを取り上げた。
私は慌てて視線を逸らした——彼の手の中にあるもの、それはひとつの髑髏だった。小ぶりな(我々生者でいうところの)頭には細い金髪がいくらか残っており、丸めた飴の糸を被っているように見えなくもない。よく見ると目鼻の窪みや顎の形などが漢人のものとは微妙に異なっており、異国の者の骨であることが分かる。
そう。顧客の依頼を受けるにあたって謝霊が付けるたった一つの条件、それは最初の面談のときに該当する死者の髑髏を持ってくるということだった。
「これがクリスティン・フォスター嬢の頭骨で間違いないですな、張先生」
謝霊が平然と尋ねる。私は彼の手の中にあるものをちらりと見て、それからまた視線を逸らせた。
「そうだ。間違いない。サー・モリソンが教会と交渉して掘り返させたのだから間違いない」
私はそそくさと答えてもう一度謝霊を盗み見た。
謝霊は僅かばかりの金髪がふわふわと乗っている小ぶりな頭骨を謝霊はしげしげと見つめている。丸眼鏡の奥の瞳からは一切の笑みが消えており、私に昔話を語っていたときの気楽な雰囲気はどこにもない。
謝霊は暖炉の上の黄色い紙束から一枚取り上げると、それを髑髏の額に貼りつけた。血の色に似た赤い線が複雑に絡み合い、これが話に聞く呪符というものかと私は勝手に納得した。謝霊は左手に髑髏を持ち、右手の人差し指と中指を揃えて立てて顔の前に構え、全神経をクリスティン・フォスターの頭骨に集中させている。彼の緊張はこちらにも伝わってくるほどで、私は固唾を飲んで彼の動向に注目した。
「東岳泰山に眠りし魂、クリスティン・フォスターに告ぐ。汝、我が声に応え、醒めて
謝霊はこの文言を三度繰り返した。三度目を唱え終えると同時に謝霊は立てた指を呪符に突き立てた。するとあたりが急に暗くなり、むせ返るほど暑かった室温がすっと低くなった。足元では七白が背中の毛を逆立て、八黒は私の脇から出て謝霊の傍へと移動する。髑髏は次第に白く光を帯びはじめ、程なくして煌々と輝き始めた――
「だあれ、私を呼んだのは?」
突然、頭骨から女の声がした。私は驚き、声を上げて椅子の中で縮こまった。
一方の謝霊は安心したように息を吐くと、離した右手で机の上の茶器を退け、空いた空間に髑髏を置いた。
「ミス・クリスティン・フォスターですな?」
やや訛りのある英語で謝霊が問う。女の声は不安げに「そうですわ」と答えると、
「それで、あなたはどちら様?」
と訊いた。
「どうして何も見えないのかしら。ここはどこなの?」
軽やかな、鳥の囀りを思い浮かばせる声。それはまさしく、サー・モリソンと歓談しているときのマダム・クリスティン・フォスターの声に他ならなかった。
謝霊は両手の指を曲げて組み合わせ、口の中で何やら呟いた。すると頭骨に宿った光が縦に伸び、人の形に変わり始めたではないか。私はこの摩訶不思議な光景にすっかり見入ってしまっていた。招魂、つまり死者の霊魂を招くなど子ども騙しの悪ふざけに過ぎないとばかり思っていたが、文字通り透き通った光を放つマダム・フォスターが目の前に現れたときにはそんな思いは消し飛んでいた。
「……あら。あなたは確か、レイフのところの」
部屋を見回していたマダム・フォスターが私を見据える。私は慌てて立ち上がるとぎこちなく頭を下げた。
「
「やあ、どうやら成功したようだな」
我々のやり取りを見守っていたのだろう、謝霊がにっこり笑いながらほっとしたような声を上げた。
「ミス・クリスティン・フォスター、私は
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