髑髏はかく語りき〜「招魂探偵」謝霊の事件簿〜

故水小辰

第一章 

一話 張慧明、謝霊と出会うこと

 こんな話がある。


 その昔、ある男が外で催し、用を足すために木の影に行った。そこには髑髏がひとつ落ちており、男は面白半分にその髑髏の上で糞をしたという。

「どうだ、うまいか」

 男は尋ねた。すると髑髏が声を発し、

「ああ、うまい」

 と答えた。

 男は仰天し、慌てて家に帰った。


 しかしその夜、男は急に病を得て臥せってしまう。彼は病床で奇行に及び、そのまま死んでしまった——というのも、死ぬまでの三日間、男は自分でした糞を自分で食べては自問自答するというのを繰り返していたのだ。


 男が己に尋ねて曰く。

「うまいか」


 そして答えて曰く。

「ああ、うまい」





「……なんです、その趣味の悪い話は」


 こう言ったときの私の顔はひどく礼儀に欠けていたことと思う。しかし、このような倒錯の昔話を好む人間の方が品性を疑われて然るべきだろう。そして、この下劣極まりない話を微笑とともに語り上げた目の前の男、自らを「招魂しょうこん探偵」と称する謝霊シエリンは、過剰反応だと言わんばかりに苦笑まで漏らしたときた。

 私がたまらず顔を顰めると、彼は笑いながら「失礼」と言ってまん丸い眼鏡をちょっ、と押し上げた。


「今のはちょっとした例なのですがね。即ち、髑髏は語る。それが呪詛の類であれ無害なお喋りであれ、この世に思うところがあればなんでも語るのですよ。ときにチャン先生、先生はこの男が死んだのは何の所以だと思われますかな」

「大方その髑髏が祟りをなすような悪鬼だったのでしょう。悪鬼に無礼を働いたのですから、因果応報といったところでは?」


 私が答えると、謝霊は軽く笑って頷いた。


「かもしれませんな。あるいはその髑髏をここに持ってきて話を聞けば、何か違った答えが得られるやもしれません」


 謝霊はそう言うと蓋付きの茶杯を取り上げ、実に優雅な手つきで蓋をずらして口を潤した。一方の私は、茶しか出されなかったことを感謝してもしきれないほどだった——もしも私用でここを訪れていたのであれば、今ごろとっくに帰路についている頃だ。私がこの奇怪な男の気味も趣味も悪い話を辛抱して聞いているのは、ひとえに主人の使いとしてここを訪れているからに他ならない。



 謝霊の探偵事務所は、今日の上海で「事務所」と呼ばれる場所とはまるで違った様相を呈していた。まず第一に、ここは床も壁も棚も怪しげな呪具で溢れ返っている。その間を器用にうろつく二匹の猫、胴も足もひょろ長い白猫とずんぐりむっくりの短足の黒猫はそれぞれ「七白チーバイ」「八黒バーヘイ」と呼ばれていた(事務所に通されたとき、なぜか真っ先に紹介されたので記しておく。別に私が猫好きということではない)。締め切られた紅の帳には伝統的な飾り窓の影が映り、むせかえるように暑い室内をより暑く見せてくれている。ただ、家具も小物も全て古風なもので統一されているという一点に於いてのみ、謝霊の事務所は一般的と言えた。もてなし方はともあれ、客人に出す茶も良いものを使っている——もっとも、西洋人に上がり込まれたこの上海で、漢人たる彼が独立して事務所を構えている時点で全くもって普通ではないのだが。


 かくいう私の主人も西洋人だった。名をモリソンと言う、英国の出の見目麗しい若紳士だ。彼は急逝した父親の商売を継ぐためにこの上海に渡ってきたのだが、国を発つ前にある女性と将来を誓いあっていた——実はこの女性こそが、サー・モリソンが私をここに遣わした理由なのだ。


 いささか性急ではあったが、これ以上謝霊の雑談に付き合いたくなかった私はさっさと本題に入ることにした。私は咳払いをし、足元にまとわりつく七白を追い払うと、床に置いていた布の包みを取り上げた。


謝霊シエリン先生。お手紙のとおり、その……とやらを持ってきました。早速見てはいただけませんか」

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