「いやはや、それにしても良い温泉だった。」


帰りのバスの座席に座ると友人は満足げにつぶやいた。

あの後男湯に戻った私は温泉に浸かりなおし、この旅行の本来の目的である学業に疲れた体を癒すことに専念しようとしたが、どうにもうまくいかなかった。


「私はなんだかくたびれたよ。

もう二度とあんなことは頼まないでくれ。」


「えー、そんなこと言って本当は女湯を覗いてみたかった癖に

分かりますよ、僕には。男だったら一度は憧れますからね。」


「そんなものに憧れた覚えは断じてない。」


「ははは、まあそういうことにしておきましょう。」


「そういえばお前は私が男湯に引き上げた後も男湯は戻らなかったな。」


「当然でしょう。僕は最初から女湯に入っていたので、最後までそこで過ごすと言うのが筋というものでしょうが。」


全く持って大物なのかど変態なのか、私は友人のことが少し怖くなった。

いや、きっと彼のことだから何も考えていないのだろう。


「それよりもほら、見てください。旅館の方がまだ手を振っていますよ。

ここで無視を決め込むことこそ人間としてダメでしょう、」


窓を見ると、去りゆくバスに向かって健気に手を振る旅館の主人と女将さんがいた。

私たちの泊まった旅館ははっきり言ってなぜあんなにも閑散としているのか理解できないほどに温泉も料理も良いものだった。

私は彼らの今後の繁栄を願いながらソッと手を振り返した。


「あー、あなたはなんでそんなちょっとしか手を振らないんですか?

感謝の気持ちをもっと全身で伝えなければ。良いですか、こうやって手は振るものなのです。」


そう言うと友人は身を乗り出しバスの窓から宿の主人たちに向かって思いっきり手を振った。

この時友人はバスの通路側、そして私は窓側に座っていた。当然友人が バスの窓から身を乗り出すには私という障害物を乗り越えなければならない。

友人は窓から身を乗り出すために胸部が私の腕に押し付ける形になった。

当然、男同士なので全くもってなんの問題もない。

だが、友人の胸部には男からは絶対にあるはずのない膨らみがあった。


私は恐ろしくなって帰りのバスの中で友人にその膨らみの真偽を問うことができなかった。

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女湯を覗く 夏男 @kao-summer-season

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