そして時は露天風呂の壁に戻る。

大分陽も暮れてきた。寒空の中全裸で女湯を覗こうとするがために体は冷え切っている。


まさかこんなお願いをされるのならば最初から温泉旅行なぞ断っていた。

いや、そもそも縁を切っていただろう。

今後はお願いの内容は先に聞く、これを徹底しようと切に思う。


さて、反省は終わった。いかにして女湯を覗くか、これを考えねばならない。


強固な壁にはもちろん取っ掛かりになるようなものはおろか隙間ひとつなく、男の下賎な視線が少しでも女湯へ向けられることを拒んでいるのかのようだ。

露天風呂の真上には屋根が建っているがそれも壁から3m以上離れているため、たとえ屋根の上に上がったとしても女湯を覗くことは難しいだろう。

となると壁をよじ登るのではなく違ったアプローチをかんがえる必要がある。

例えば一度男湯から出て隙をみて女湯に潜り込むというのはどうだろうか。幸いにも本日の宿泊客は私と友人だけなのだから、温泉宿の従業員にさえ気を遣えば女湯への侵入は意図も容易いだろう。


だが、それでいいのか。

はるか昔から女湯を覗くことを憧れた純真無垢な男どもは皆正々堂々自身も全裸で男湯から女湯を覗きに行ったのではないだろうか?

たとえ私が女湯を覗きに行くことが乗り気でなくさっさと終わらせたいからと邪道の道に踏み出そうものなら私は今後通りの端っこしか歩けないような惨めな暮らしを意図まざる負えない。

何事も結果よりも経過プロセスを大切にする。これが玄人というものである。

そうなると道は一つだけだろう。


私は鼻水を手で拭うと露天風呂の柵を跨いだ。


私と友人の宿泊している温泉宿は街から少し離れた崖の上に建っており露天風呂からは街を一望することができた。街を一望できたからといってこの場所は特に観光名所でもないので見えるのはせいぜい民家とコンビニくらいのものである。

しかし崖っぷちに建っているおかげで柵の向こうには男湯と女湯を遮るものがなく、柵を乗り越えれば容易に女湯へ侵入、覗き見ることができそうなのだ。

一つ問題点があるとすれば足を滑らせると崖から真っ逆さまに転落してしまうことだろう。流石に温泉宿側も命の危険を冒してまで女湯を覗くような馬鹿がいるとは思っていなかったようだ。

さて、そんな馬鹿は柵の外に片足をつけると今度はもう片方の足を柵の外側へゆっくり出していく。何せ柵の外側は10センチほどしか幅がないため慎重にならざる負えない。

全身が柵の外へ出ると私は恐る恐る女湯の方へ向かう。

時刻も夕暮れ時に差し掛かり時折みも凍るような風が全裸の私を襲った。手足の感覚は疎かになり、何度か踏み外しそうになるのをなんとか耐えながら私はようやっと壁を越えた。


女湯はどうやら男湯とは壁を挟んで左右対称の作りをしているのであろう。

屋根の下に湯船がありそこから湯気がもうもうと湧き出ている。


そしてその湯船の中には人影があった。

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