1章 シルヴェン伯爵家の一騒動③
(……とにかく、会って話をしてみないと)
リューディアは家族たちと
そういうわけで、長子であるリューディアが一家を代表して
「シルヴェン
薄暗い部屋の奥にあるソファに、
彼の髪はとても
ソファに座っているときは分からなかったが、彼はかなり背が高い。リューディアが見上げなければならないくらいの身長差があるが体はガリガリに
薄暗い部屋の中でも、血色が悪くて不健康そうな顔色をしているように見えた。痩せた人間のことをよくモヤシに
全体的にもっさりとした見た目だが、不潔というわけではない。王国魔術師団のローブはきちんと正しく着こなしているし、髪も──あの癖毛はどうしようもないのだろうが、清潔感はあった。彼のローブの裾がひらめくと、すっとするような
(お年は……私よりもいくつか上、くらいかしら? もうちょっと体にお肉が付いた方が、健康にもよさそうだわ)
リューディアが個性的な青年をじっと見つめていると、彼は目を細めてお
「お初にお目にかかります、シルヴェン伯爵令嬢。王国魔術師団所属の闇魔術師、レジェス・ケトラでございます」
(レジェスというのは、セルミアの名前ではないわ。でもケトラはこちらの
そう思いながら、リューディアはドレスのスカート部分をつまんで
「お初にお目にかかります、レジェス様。シルヴェン伯爵家のリューディアでございます」
「私ごときに敬語を使われる必要はございません。私のことはレジェスでも闇ワカメでも、お好きなようにお呼びください」
「では、レジェスと呼ぶわ」
「
ククク、と笑いながらレジェスはリューディアにソファを
レジェスも座ったところで、リューディアの方から切り出した。
「このたびは、父共々大変お世話になったわ。私たちは初対面だと思うのだけれど……なぜ伯爵家を救ってくれたのか、理由や事情をお聞かせいただいてもいいかしら?」
リューディアが尋ねるとレジェスは少し目を
「ククク……なぜだと思いますか?」
「えっ?」
まさか質問を質問で返されるとは思っていなくてリューディアが言葉に
「おっしゃるとおり、私はあなたともお父君である伯爵とも面識がございません。……そんな私がなぜ、一連の出来事を起こしたのだと思われますか?」
「……そうねぇ。あなたがとっても正義感の強い人だから、かしら?」
とりあえず最初に思いついた答えを述べてみると、レジェスはふん、と小さく笑った。
「はずれですね。だいたい、こんな見た目の正義の味方がいるわけないでしょう」
「えっ、正義の味方に見た目は関係あるの?」
「……
「あら、それが世間における普通なの?」
「……はい?」
「私からするとあなたは
「…………いえ」
自分の世間知らず具合を
「……答えを言いましょうか。あなたは、シルヴェン伯爵の
「私怨……?」
「私、あの女が
ふん、と馬鹿にするようにレジェスが笑った
だがレジェスは
「おや、私に対して怒りを
「……何?」
まだ若そうな侍従の低い声も何のその、レジェスは手の中にぽんっと黒い
「あの王女は
「……貴様っ! それが王女
侍従が
「はぁ……でも、あなたも知ってるでしょう? あの王女、気に入らない使用人とかを片っ
そう言いながらレジェスは、それまでころころ転がしていた黒い闇の形を変え、うぞうぞと動く虫のようにした。それを見て、侍従がひっと息を
「そういうことで、個人的に
レジェスは
「一歩間違えれば国際問題に発展しただろうに、それをシルヴェン伯爵が体を張って止めてくれた。それなのに逆ギレするあの女を擁護して、何になるのやら」
「……そ、それは!」
「しかし、それを口にするには私には権力がありません。よって、ちょうどいいところに
ククク、と彼が笑うのに合わせて、彼の手の中にある闇の塊もうねうねと動く。
「私の読み通り、
ぶわっ、と闇が
「無論、ここで
「では、国民たちに父の無実を告げる際にも、そのような形で報告されるのね」
リューディアが
「ええ。……ですがまあ、
「ええ、感謝するわ」
リューディアがうなずくと、侍従のみならずなぜかレジェスも意外そうに目を
「……あなた、私の
「まあ、ごめんなさい、世間知らずで。でも……あなたの私怨とかは置いておくとして、私たちが助かったのは事実だもの。だから……ありがとう、レジェス・ケトラ」
リューディアが頭を下げると、レジェスはククッと笑ってからリューディアに顔を上げるよう言った。
「礼には
「あなた、
「ええ、悪趣味だと自分でも思っております」
「あら、そういう意味ではないわよ。趣味なんて、人それぞれでしかるべきじゃない。あなたが行ったことは法に
リューディアが言うと、レジェスは笑うのをやめた。どこか
(……ひとまず、話は終わったわね)
リューディアは立ち上がり、ドレスの
「このことは、家族にも話しておくわ。……父もあなたに礼を述べたがっていたから、いずれお話を聞いてもらえるかしら」
「……。……ええ、もちろん」
「助かるわ。……では、ひとまずのところ話はこのあたりでよいかしら?」
「そうですね。私も
「ええ、それもそうね。
リューディアはお
(なんとか、レジェスとの話は付いた……)
つんっと突けばそのまま倒れてしまいそうな
(変な人。でも、いい人)
知らない間に、ふふん、と鼻歌を歌っていたリューディアを、伯爵家の使用人たちは不思議そうに見つめていたのだった。
● ● ●
リューディアが去っていった後の客間で、レジェスはしばらくの間黙り込んでいた。だが侍従に「早く出て行け」と目で指示されたため、にやりと笑って立ち上がり彼を見つめた。
「それでは、そろそろ失礼しますね。……このままじっとしていると、うっかり闇
ニヤニヤ笑いながら言うと、侍従はさっと青ざめた。彼は身分ではレジェスよりずっと上なのだろうが、
レジェスが本気になれば、こんなひ弱な男ごとき
『私からするとあなたは
『忙しい中、話をしてくれてありがとう。これからもどうぞよろしくね』
話をしている間、リューディアの
こんな
「……本当に。あなたは……変わらないですね」
ぼそっとつぶやくとなんだか少し
私の婚約者は、根暗で陰気だと言われる闇魔術師です。好き。 瀬尾優梨/角川ビーンズ文庫 @beans
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