1章 シルヴェン伯爵家の一騒動②

 母は、きゆうてきすみやかにたくをするよう言った。そう言う彼女もじよから「顔色が悪いです!」と言われたようで、急ぎ外出用のえとメイクを始めていた。

 この半年間は伯爵家の財産が仮ぼつしゆうされていたため、使用人の数を減らして家財やドレスなどを売り、領民のほうしゆうてていた。そのためリューディアの部屋のクローゼットはがらんとしているし、ほうしよく品もかなり減ってしまった。

 それでも、半年ぶりに主人をかざれると知ってリューディア付きのメイドはうれしくてたまらないようだ。彼女は張り切った様子で「ここが私のうでの見せ所です!」と言って、わずかなドレスとアクセサリーでリューディアを飾り、限られたしよう品を使してメイクをほどこしてくれた。

 リューディアのかみは、しっとりとい金色だ。暗い場所では茶色っぽく、明るい場所では白色っぽく見える髪はほとんどくせがなくて、メイドの手の中でさらりとくしけずられる。メイドはそれにていねいこうって、しとやかなシニヨンにい上げてくれた。

 あんずいろの目はあまり大きくなくて、どちらかというと「強そう」なまなざしに見られがちだった。着せられたドレスは髪や目によく似合う濃いオレンジ色で、先日十九歳になったリューディアにとっては派手すぎずかわいすぎない色合いだった。

 資金調達のためにいくつものドレスを売ってしまったけれど、母のすすめで「急の呼び出しにでも応じられるように」ということで、落ち着いた色合いとデザインのものを残しておいてよかったと思う。

 たくを終えたリューディアはげんかんで母と弟と合流し、馬車に乗った。罪人一家であるため今朝までは伯爵家の旗を下ろしてもんにもおおいがかけられていた馬車は、本来あるべき姿をしている。

「それにしても……いきなりお父様の無実が証明されたなんて、信じがたいです」

 リューディアが言うと、向かいに座っていた母もしんみような顔でうなずいた。メイドがこんしんのメイクをしてくれたからか、いつも目の下にあったくまはなんとかかくされていた。

「手紙には、最低限のことしか書かれていなくて。……でもどうやら、お父様の身の潔白を証明するのに力を貸してくださった方がいるようなの」

「えっ!? どんな方ですか!?」

 アスラクが身を乗り出すが、母はゆっくりと首を横にった。

「それは、分からないわ。でもお城に行けばきっと、その方にもお会いできるわ」

 母の言葉を聞いてアスラクはひとまず安心したようだが、リューディアはまゆを寄せた。

(これまで、私たちが半年かけてやっと事件についてだんぺんてきに見えてきたところなのに……こんなに急に事件が解決することってあるのかしら)

 そもそも、母の言う「力を貸してくださった方」の意図も分からない。

 今回父がなぐり飛ばした──と言われている王女ビルギッタは現国王の第二王女だが、しとやかでおとなしかった第一王女とは似ても似つかない手のかかるおひめさまだった。

 ビルギッタはおう似らしく、国王も彼女の兄である王太子もずいぶん甘やかしてしまった。そんな彼女は、姉である第一王女が遠くはなれた友好国の王太子妃としてとついだ二年前から、われこそは社交界の花であるぞといわんばかりの態度で振るっており、やや敬遠されていた。

 だがおうへいだろうとごうまんだろうと、くさっても王女。たとえ父が無実だとしても、わざわざそんなお姫様のげきりんれるようなことまでしてでも父をようする猛者もさはそうそういない。いなくても仕方ないし、「事件直前に王女が変な動きをしていた」というぼんやりとした証言を得られただけでも十分だった。

 それなのに、降っていたかのような父の無罪報告と、告げられた協力者の存在。

(その方は……どんな方なのかしら。そして、なぜこんなことをしてくださったのかしら……)

 リューディアはひざの上でこぶしを固め、近くなりつつある王城のせんとうをじっと見つめていた。


 リューディアたちは、国王のしつ室まで案内された。

 母やアスラクは城の者たちの視線におびえているようで、リューディアは二人を守れるように自ら先頭に立って歩いていた──のだが、すれちがう者たちがこちらに向けるまなざしから敵意は感じられなかった。

(むしろ、同情やいたわりのような気持ちを感じるわね……)

 使用人たちは頭を下げてきたし、貴族たちもしやくをしてきた。中にはシルヴェン伯爵家とのぜつえんを宣言してきた貴族もおり、リューディアがじっと見ると気まずそうに視線をらされた。

(本当に、お父様の潔白が証明された……?)

 半信半疑ながら向かった執務室だったが、そこで父と再会できたことでさしものリューディアもふっと体の力をいてしまった。

「あなた!」

「すまなかった、みな。……心配をかけた」

 すぐさまけ出した母を、父はしっかりとき留めた。さすがに罪人といえど貴人用の部屋に入れられていたようで、父は思ったよりも元気そうでリューディアはほっと息をついた。

 となりを見るとアスラクがじりを赤くしてうずうずしていたのでその背中を押して両親のもとに行かせ、リューディアは少し離れたオーク材のデスクの前に座る国王のもとに行き、おをした。

「お呼びに応じて参りました。シルヴェン伯爵が長女、リューディア・シルヴェンでございます」

「よく来てくれた。そして……たびの件で、シルヴェン伯爵には大変申し訳ないことをしたことをびよう」

 父よりも二つほど年上だったと思われる国王はしぶい顔で言うと、おもてせた。

「……ビルギッタの件は、完全にむすめの落ち度だった。それについて、謝罪と説明をさせてもらいたい」

「……かしこまりました」

 そこでリューディアたちはソファに案内され、事のてんまつを聞かされることになった。


    ● ● ●


 ──半年前のあの日、王城では当時セルミア王国に遊学中だったりんごくマルテの王女も参加するパーティーが開かれていた。その参加者は王族とその血をこうしやく家などのみで、父はパーティーのかんとく係として出向いていた。

 その場で、隣国王女とセルミア王国のある公爵家令息のこんやくが発表された。二人は王女が遊学に来た日に知り合い、こいに落ちたという。身分としても立場としても申し分なく、両国国王の間で話が取り付けられたため公表に至ったという。このことについては、直後の父のとうごくという大事件でほとんど頭の中からすっぽ抜けていたが、「そういうこともあった」ということで、一応リューディアたちの耳にも入っている。

 ……だが、それを聞いたビルギッタ王女がふんがいした。どうやらその公爵家令息は彼女のかたおもいの君だったらしく、想いを寄せていた男性が横から来た女にかっさらわれた、とビルギッタは判断したようだ。

 ビルギッタは会場からろうに出た隣国王女の後を追った。そのいかりに満ちた横顔を見ていやな予感がしたという父はビルギッタの後を追い──彼女が隣国王女を階段からき落とそうとしていたしゆんかん、飛び出してビルギッタを突き飛ばしたのだった。


    ● ● ●


 国王の説明に、リューディアとアスラクは息をんだ。

(……もしかしてその、突き落とそうとしたというのが……変な動きをしていた、というのにつながるのかもしれないわ)

 そういうことだったのか、となつとくするリューディアの隣で、アスラクが身じろぎをした。

「現場には、多くの使用人や兵士たちが居合わせたでしょう。でも、そのような証言は今日まで聞いたことがありません」

「ああ。……ビルギッタが、その場にいた者をおどしたのだ。自分がマルテ王国の王女を害そうとしたのではなくて、シルヴェン伯爵が一方的に殴ってきたのだと証言しろ、とな」

 国王は、かぶりを振った。

「……マルテの姫君も、悲鳴を聞いて振り返った先にぼうぜんとする伯爵とたおれ伏すビルギッタがいるのを見て、伯爵が暴行したと判断なさってしまったようだ。そういうこともあり、ビルギッタの言い分が通った。私も……ほかの者の証言やマルテの姫君の言葉もあり、ビルギッタの言葉を信じてしまった」

「……では、陛下。多くの『証言者』がいる中で、なぜ父の無実が証明されたのですか? 協力者の存在があったとはうかがっておりますが……」

 リューディアが問うと、国王は顔を上げた。

「……伯爵を投獄して、一ヶ月ほどったころのことだったか。王国東部におけるものとうばつ作戦がほつそくしたことは、そなたらも知っているだろうか」

「え? ……ええ、存じております」

 急に話題てんかんされて少しめんらったが、リューディアはうなずいた。

 魔物と人間との戦いは、昔から続いている。つうの動物とは比べものにならない身体能力を持つ魔物に有効なこうげき手段は、魔術だ。けんやり、弓矢などでも仕留めることができるが、強力な個体相手だと魔術で戦うにきる。

 魔術師は、先天的な魔術の能力を持つ者のみなることができる。たいていの国には魔術師養成機関や魔術師団などが存在しており、このセルミア王国にも王国魔術師団があった。

 魔術師になれるかどうかは遺伝の要素にるところが大きく、人口で言うと魔力を持って生まれる人間は、五パーセントほど。リューディアたちシルヴェン伯爵家の者はだれも、魔術を使えない。

(東部での討伐作戦でも、魔術師団のせいえいたちがけんされていったそうね)

 魔術師たちが東部へ魔物討伐に行った、見事倒してきた、ということくらいは、当時きんしん期間中だったリューディアも知っていた。

「その討伐作戦に、ある平民階級出身のやみ魔術師が参加した。実を言うと、そのときしゆつぼつした魔物はほぼすべて、その魔術師一人によって倒された」

 そう言う国王の表情は、少しだけ複雑そうだ。

 人は母親の腹に宿った際、属性の祝福を受ける。ほのお、風、かみなりなど全十種類の属性のいずれか一つがその人の守護属性となり……もしその者に魔術師の素質があったなら、守護属性の魔術を使えるようになる。

 つまり、リューディアのように魔術師でない者も何らかの守護属性を持っているのだ。たいていは判明しないままだが、たまに魔術師との間に生まれた子が持っていた属性から、非魔術師の親の守護属性が分かることもあった。

 そして──十属性の中で、闇属性はたんあつかいされていた。

 八つの属性にまさり、残り一つの光属性と相反する立ち位置にある闇属性は、魔術師の中でもかなりめずらしい守護属性だ。だが──魔物の多くも闇属性を持っていることや、闇魔術がおしなべて不気味であることもあり、どうにも闇魔術師の立ち位置はよくない。

 セルミア王国の魔術師団では様々な属性の魔術師をまんべんなく受け入れているが、闇属性の魔術師がだいかつやくをするというのは……国王としては複雑なことなのかもしれない。

「闇属性とはいえあまたの魔物をほうむったその魔術師に、ほうあたえぬわけにはいかない。そこで、褒美を問うたところ──その男は、シルヴェン伯爵の無罪を公表することを褒美の代わりにするよう申し出たのだ」

「……え?」

(……な、なにそれ?)

 まさかここで話がつながるとは思わず、リューディアだけでなく静かに話を聞いていたアスラクたちも呆然としたのが分かった。おそらく父も、ここまでのことは知らされていなかったのだろう。

せんえつながら申し上げます、陛下。……なぜ、その闇魔術師が私の無罪を知っていたのですか?」

 父がたずねると、国王はうなずいた。

「彼は、非常にすぐれた闇魔術の使い手だ。どうやら彼はそなたを投獄してからの一ヶ月で、おのれの魔術を使して情報を集めていたそうだ。そして当初は不参加予定だった魔物討伐作戦に名乗りを上げて──そなたの無実とビルギッタの罪を明らかにし、伯爵家のめいを返上することを褒美として申し出たのだ」

 リューディアたちは、絶句した。

 魔物を大量に倒した褒美となれば、金でもめいでも……それこそ良家のれいじようとのこんいんでも、かなっただろう。いくら敬遠される闇魔術師といえども、魔物討伐という成果を挙げ──しかもこれから先も魔物を倒すと約束してもらえるのなら、自国の令嬢と結婚させて国にしばり付けたいとさえ思うだろう。

 だがその闇魔術師は褒美として、シルヴェン伯爵家の汚名返上を申し出た──つまり、その魔術師こそがリューディアたちの恩人なのだった。

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