第11楽章 悪魔王メフィスト覚醒--イゾルデの真実--
トリスタンがバイロイト軍駐屯地へ駆けつけたときには、軍の建物は魔のひずみにとらわれ崩壊しそうになっていた。ひずみからは、魔物があふれてくる。トリスタンは義手をうまく使いながら魔物を倒していき、ついに教皇の謁見の間たる研究室にたどり着いた。そこには、気丈にも衝撃から立ち直ったイゾルデが、聖なる異能力で魔を抑えていた。
「イゾルデ!大丈夫か」
「遅いですよ、トリスタン、さあ猊下のもとへ!」
「その力は……」
「私の能力は『聖杯型』です。この魔のひずみのおかげで増幅してしまいました。さあ、話は後です」
二人は強い魔の力を感じる教皇の研究室を開けた。
そこに立っていたのは、悪魔王メフィストに心身をとらわれた哀れな悪魔憑き、少年教皇ハインリヒ二世の人形のような姿だった。
「おはよう、トリスタン、イゾルデ。我はメフィスト。悪魔王として名をはせている。息子ハインリヒの聖なる力「研究型」の力を魔に変えて、バイロイトに降り立った」
メフィストは、ハインリヒの口を借りて、地獄の底から染み渡るような冷たく低い声でうなった。
「メフィスト……あんたの望みは何だ」
「バイロイトと『聖杯』の奪取。あれがあれば我に恐れるものはない。そして、息子を老いない『年齢』の代償から解放させる」
「そうはさせるか!」
トリスタンは、三本目の腕で悪魔王につかみかかろうとするが、教皇の力が使えない今、彼の能力もまた不能であった。
「トリスタン!」
イゾルデが駆け寄り、異能力「聖杯型」でトリスタンの傷を癒やす。そのとき、メフィストが不気味に笑った。
「ほう、仇同士が助け合うのか。これは見物だな」
「やめろ、メフィスト!」
「仇……?トリスタン、どういうことですか?何か隠しているのですか?」
「耳をふさげ、イゾルデ。奴の言うことに耳を貸すな」
メフィストは静かに笑った。その笑い声は、氷のように冷たかった。
「トリスタンは、『地獄の子』。その力を祓ってくれた恩人パルジファルを殺したのだよ。パルジファル、すなわち『聖杯騎士』の末裔にして、イゾルデ、君の父親だ」
イゾルデは、トリスタンの傷を癒すために彼の手を取っていたが、ややあって振りほどいた。
「トリスタン。本当なのですか」
「……ああ。『地獄の子』である俺の宿命を祓うことの出来るのは、『聖杯騎士』の能力しかないと聞いて、放浪していた際にパルジファルさんを訪ねた。彼は優しかった……そして、確かに魔を祓ってくれたが、悪魔の最後のひとあがきで三本目の腕が暴走して、彼の頸椎を……折った。あの人は、最後に言った。生き別れのローエングリンを頼むと。イゾルデ、あんたのことだと知ったのは、特別機動隊に残されていた廃棄資料の紙片を見つけたときだった……」
「仇、だったのですね。トリスタン、あなたが」
メフィストは愉快そうに笑い、ハインリヒの肉体から生え出た翼をはためかせて窓から教皇の間の玉座へ降り立つために飛び立った。
二人は黙って対峙していた。トリスタンはうなだれ、イゾルデは視線を彼からそらそうとしない。緊迫した空気の中、ゼンタの手を引いてエルザが入ってきた。
「エルザ、どうしてここへ?逃げろ!」
「ゼンタも……危ないのですよ、早く避難してください!」
男たちは、お互いの大切な人を守ろうと声を張り上げた。
「トリスタン様、イゾルデ様。お話はすべて聞きました。複雑な心がおありでしょうが……今は一刻を争う事態です。お互いを、受け入れてください」
エルザは、金髪碧眼の聖女に変身し、トリスタンとイゾルデの頭に手を置いた。聖女の癒しを伝える「按手」の儀式だった。
「トリスタン様とイゾルデ様。お二人を癒します」
トリスタンも、イゾルデも、胸のつかえが取れ、穏やかな気持ちになった。
「これが……『恩寵』……」
司祭イゾルデも、懺悔聴聞の際にこのような赦しを与えたことはなかった。彼は赦しのために償いを課したが、エルザは無償の愛を注ぎ、罪を赦すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます