第6楽章 懺悔聴聞ーー聖女とゼンタ

 トリスタンと別れた後、イゾルデは懺悔室にいた。もともとは兵士を相手とした説教の時間だったのだが、同僚の司祭が病気で欠席したために、この日の懺悔聴聞担当を依頼された彼は、快く代役を引き受けたのだ。彼は特別機動隊の任務としてこの仕事をこなしていたが、それ以上に神に仕える身として、過酷な環境に放り込まれた兵士たちの精神の安寧のために働いていた。

 「失礼します」

 重いドアの開く音がした。懺悔聴聞は二つに仕切られた小さく薄暗い部屋で行われる。司祭と懺悔者の間には壁があり、真ん中にカーテンが閉じられた小さな窓がとりつけられ、そこからお互いの声を聞く。匿名の懺悔者は罪を告白し、これまた名を明かさない司祭は話を聞いた後、祈ってから懺悔者に赦しのしるしとして償いを課す。償いは、大抵がその場で神に心からの祈りを捧げることである。

 「おかけなさい。そして、お話を始めてください」

 イゾルデは優しく語りかけた。

 「司祭様。俺は、先日人を殺めました」

 「軍の仕事ですか」

 「……そうです」

 「ならば、あなたは神の課した仕事を無事になしとげたのです。自らが生きて帰還したことを喜びなさい。そして、殺めた人の魂が、神の恩寵に抱かれるように祈りを捧げるように」

 匿名の懺悔者は黙っていたが、やがて窓の向こうから祈りのつぶやきが聞こえてきた。イゾルデは、彼とともに神に祈った。

 お互いに名を知らない二人の心は、壁を隔てて一つになった。

「司祭様、ありがとうございます。心が軽くなりました」

「それはよかった。お行きなさい、あなたの心に平安あるように」

 入れ替わりに次の懺悔者がやってきた。イゾルデは、彼にも優しくいすをすすめた。

 「おかけなさい。そして、お話をどうぞ」

 「司祭様、僕は異端『ミリアム教』に関わってしまいました」

 この懺悔に、イゾルデは異端駆逐チームの一員として心を切り替えた。懺悔においては、録音は認められていないが、特例として異端駆逐に関わることはメモをとって記録することが認められていた。彼は、懺悔者に悟られないように静かにペンを執った。

 「どのような関わり方ですか。異端の信者になったのですか」

 「いえ、信者にまではなっていません。ですが、姉が異端の信者になってしまって、彼女に異端の集会に誘われ、参加してしまいました」

 「どのような集会でしたか」

 「彼らのあがめる聖女様がいらっしゃいました。とても美しい方で、金髪に黒い布で覆われた目元が印象的な女性でした。聖女様は、聖なる力で魔を祓う『聖杯』を扱うことがおできになるのだそうで、癒しの力も備えておられるそうです。信者はみな聖女様に赦しを乞うていました」

 「聖女の名はわかりますか」

 「聖杯」と聖女の情報を、さらさらと分厚い記録帳に綴ったあと、イゾルデは、慎重に核心に迫った。

 「はい。信者は皆『金髪のイゾルデ』様と呼んでいました」

 「白い手のイゾルデ」は、喉元をぐっと締め付けられる感覚に襲われた。彼の宿命の血は騒ぎ、体内で渦巻いた。彼の頭の中には、酒場「楽園」で一瞬見かけて今も忘れられない歌姫ゼンタの姿が浮かんでいた。

 ――ゼンタ。あなたが「聖女」なのですか?「イゾルデ」の名で我らはつながっている……これも宿命なのか。

 彼は記憶の中の彼女に問いかけた。金髪の美しい幻影は、ただ透明な声で歌い続けていた。

「……そうですか。これからはミリアム教に関わらないように。あなたの魂は、異端により地獄に追いやられるのですよ。今は神にひたすら赦しを求めて祈りなさい」

 懺悔者は祈る。イゾルデも祈った。ゼンタの歌声が祈る彼の耳の中で響いていた。

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