第6話 杖vs槍

 扉を開けて入る。 中は事務室だった。

六畳くらいの部屋にデスクとPC。書類を収納する棚が備えられている。

デスク前の椅子に男が座っている。


 髪はセンター分けで優男やさおとこ風の30代くらいの白ワイシャツの怪しい男だ。

ハルカはここにはいないようだ。

ミヤビが明らかに落胆している。一息して男を睨みつける。


 「あなたがここの責任者?」


 「いいえ」 ミヤビに微笑みながら答える。すっと視線を俺に向ける。


 「久しぶりだな、リュウシン」


 『ああ、そうだな……』


 「??リュウシンさん、知り合いなの!?」


 『あ、ああ』


 俺が一番動揺しているんじゃないか?なぜ、ここで急に俺の旧友が出てくるんだ?


 『なぜ、にいるんだ。ケイテツ』


 「とはごあいさつだな。ここは僕が所有している倉庫だよ?」


 『じゃあ、お前がアガルテアのトップなのか?』


 「アガルテアに上も下もない。全ての信者が平等である『共同団体』だよ。

僕はみんなを導く存在として『導師どうし』と呼ばれているけどね」 ふふっと笑う。


 「そんなことはいいから!ハルカをさらったのは貴方たちじゃないの!?」


 ケイテツがミヤビを見て言う。

 「ハルカ様は私達と一緒にいらっしゃいます。ミヤビ様も私たちと行きましょう」

??何を言っているんだ?


 「ハルカ様はご自身の意思で、私たちと一緒におられるのです。

ハルカ様が『ミヤビ様と一緒が良い』とおっしゃられたので迎えを使わせたのです」


 『あの武装した男達がか?』 お迎えとは…… 感覚が違いすぎる。


 ケイテツはミヤビだけを見つめたまま話し続ける。

 「さあミヤビ様、ハルカ様の元へ行きましょう。僕は君たちの敵ではありません」

ミヤビはどうしたら良いのかわからず、俺とケイテツの顔を交互に見る。


 『ミヤビ、ハルカちゃんは親や友達に何も言わずに、どこか遠くに行ってしまうような娘なのか?』


 「ううん、私に相談もなく居なくなるなんて考えられない」

ミヤビがケイテツを睨み直す。


 「リュウシン……本当は君には帰ってもらうはずだったんだ。なぜ君がここにいるんだ?」わずらわしそうに俺を見る。


 『俺は……俺は職場をお前達にメチャクチャにされたから……』


 「分かった!金なら払おう。 好きな額を請求するといい。だから今日はもう帰ってくれないか?」


 『いやいや!違う!話をらすな! そもそもなぜハルカがお前のところにいる?

なぜミヤビが必要なんだ?何を企んでる?』


 「人聞きの悪い言い方をしないでくれ。ハルカ様には彼女の本当のり方に目覚めていただいたのだ」



 『お前……ハルカの『のう』を『あらった』な?』


 「脳……? 洗う……?  洗脳せんのう!?」 ミヤビが激高げきこうする。


 ケイテツは余裕の表情で答える。

 「本当にひどいな。悪意のある言い方だ。僕はハルカ様の悩みを消してあらって差し上げたのだ。ハルカ様は今、本当に幸せそうだよ?」


 「お前ええ!」 ミヤビがえる! 杖を持って構える。


 ケイテツが立てかけてあったぼうを持って立ち上がる。

 『やめろ!ミヤビ!』    間に合わない。


 ミヤビは飛び込んで杖でケイテツを突く!

 ケイテツは棒を左前半身に構える。


チェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!


 ケイテツが気合いを飛ばす!すごい声だ!


バチィッ!


 一撃でミヤビの杖が吹き飛ぶ。

ミヤビは座り込んで手首を押さえている。衝撃が伝わったのだろう。


 『ミヤビ、ケイテツは元自衛隊レンジャー隊員で、銃剣術じゅうけんじゅつ手練てだれだ!

銃剣術は古流槍術そうじゅつの流れをくむ。杖ではやりに勝てないなどとは言わないが、ミヤビではケイテツに勝てない!ここは一旦帰ろう』


 「……」

 ミヤビは座り込んだ体勢から突如とつじょ、獣のような素早さで低空ていくうタックルに入る。

意表をついた動きにケイテツはあしを取られるが、重心じゅうしんを奪われないようにこしを引き、ぼうて、ミヤビの長いかみつかみ上体をこす。続けてスカートのウェスト部分をつかんで横にほうげる。


 ガァン!!  書類を納めてある棚にミヤビが叩きつけられる。


 『ケイテツ、やめてくれ!』  我ながら情けない。俺はケイテツを殴れない。


 ミヤビは立ち上がり、ケイテツを睨む。右構えオーソドックスに構える。

 ケイテツも右構えだがガードを少し低く構える。


 今からボクシングの真似事か? 『ミヤビ、無謀だ!』


 「だったら……だったらリュウシンさんも戦ってよ!」


 『お、俺は……ケイテツとは戦えない……』

ケイテツが俺の台詞セリフに「フッ」と笑う。


 ミヤビがケイテツとの距離を縮める。だが、撃ち合ったら自分が不利なのは承知のようで、炎のような闘志とは裏腹にカウンター狙いの様子だ。


 だがケイテツはその間合まあいいをやぶる。

 左順突じゅんづき、右ストレートを続けて顔面に叩き込む。目の良いミヤビがまるでよそ見でもしてたかのように遅れて反応する。

 ミヤビはなんとかみつこうとするが、すりけるようにかわされる。すれ違うさいにボディブローが入る!


 ミヤビがくずれ落ちる。ケイテツがミヤビの顔面がんめんりを放つ。


 ドガッ!


 ミヤビをかばって腹に蹴りを受ける。できれば防御したかったが蹴りが早すぎた。

『ぐっ……。 ケイテツ、ミヤビはもう戦えない。俺たちは引く。ここは見逃してくれ』


 「ふん。リュウシンにめんじて今日は見逃してやる。今日は部下が皆、逃げてしまったからな」


 ミヤビの傷を診る。鼻血がダラダラ出ているがあごの骨などは大丈夫そうだ。

ふらふらのミヤビを連れて行こうとするが、まともに立てなさそうだ。

ミヤビを背負っておんぶする。 

 『ミヤビ、掴まれるか?』

 「う……」   うめき声か応答かわからない返事が来る。



 「リュウシン、金が欲しかったら金額を計算して来い。払ってやる。

 だが、ミヤビと交換だ。 それで手打ちにしよう。

 お前がミヤビを渡さなくても、我々が『迎え』に行くぞ」


俺はミヤビをおぶって倉庫から出る。



 「よく考えろよ」

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