第5話 女子高生と杖

 俺たちは倉庫の中に踏み込んだ。


 中は明るい。 そこまで広くなく、普通の事務所みたいな感じだ。

事務所と違うのは、ひたすらダンボールの箱が積まれたラックが壁に並んでいる。

箱には水とかお守りチャームとかが詰められていているようだ。

 部屋の奥には作業台があり、周りに椅子が並んでいる。

その椅子に座って酒なんか飲んでいる男達が三人、こちらを見ていた。

どれも「ちょっとガラの悪いお兄さん」って感じの人たちだ。


 三人……。 思ったより多い。 この時間に来るのがわかってたのか?

奥にもう一つ部屋がある。ハルカがいるのか、こいつらの上司がいるのか。


 『やあ、みなさん。今日は話し合いに来たんだけど……』


 「男はつまみ出せ!女は逃すな!捕まえろ!」

 リーダーらしい男が叫ぶ。男二人が向かってくる。


 話し合いの余地はなさそうだ。 数で不利な以上、一度外に逃げよう。

 奴らはミヤビを捕まえようとしているようだ。 ミヤビには悪いがおとりになってもらって各個撃破かっこげきはが安全だろう。


 「ハルカを返せ!!」 ミヤビが突っ込む。 あぁ……もう。



 二対一にするわけには行かない。急いで自分に近い方の男にきを打ち込む。

男は格闘技の経験は無さそうで普通に当たるが効きが怪しい。上手く逃がされてる。変な話、殴られ慣れてるな。

 男は打撃戦をしたいようだ、ありがたい。疲れるような闘い方グラップリングはしたくない。

適当に付き合うフリしてカウンターで仕留めよう。


 ミヤビがやばそうなら急いで倒す必要があるが……。

ミヤビの方を伺う。



 ミヤビは杖を両手に持って左前半身ひだりまえはんみに構え、肩幅かたはばに足を開く。

 の要領で杖による突きを繰り出す。 見え見えじゃないか?

相手のはらに杖がみ足が止まるがさほどいていない。杖をつかまれてしまう。

その瞬間、ミヤビがこしひねる! すると、杖が男の手首てくびひねりあげる。

 関節技かんせつわざもあるのか。

男は一瞬痛そうにしたが、すぐに手を離す。 そりゃそうだ。

だが手を離した瞬間、杖が急加速きゅうかそく急旋回きゅうせんかいして男のすねの外をぶっ叩く。


 バシン!! 「あ、あぁ!?」


 すねの横、腓骨ひこつという骨があってにくうすい、神経の多い所を撃たれ足が止まる。

しびれて足が動かないことが不思議ふしぎだろう。うらぶしとなえながら座り込んでしまう。

座り込んで動けなくなった所に、さらに急旋回おおぶりした杖を男の左側頭部こめかみに叩き込む。

 ホント、容赦ようしゃないな。



 なるほど、ミヤビが杖が得意とくい理由りゆうがわかった。はば変化へんかさせてるんだ。

木刀はつかしか持てないが、杖は全てがつかみたいなものだ。文字通り、ウチのモップのだしね。


 両の持ち手を「力点」・「支点」として、打突部だとつぶを「作用点」としたら、持ち手を短く持てば打突部だとつぶ素早すばやするどく動き、長く持てば力が伝わりやすくなる。

 打撃技で脱力した状態でパンチを放ち、当てる瞬間に拳を固めるように、

杖を振り回すときは持ち手を短くし、当てる瞬間に持ち手を長くしていき、当たった瞬間に、腕から腰まで固めてインパクトを伝えるわけだ。


ミヤビのように腕力わんりょくはないが、全身運動ぜんしんうんどうこまかくてはやい人に向いているってことか。



 俺の相手もだいぶ動きがおとなしくなってきた。前蹴りとローキックだけで行けそうだな。

 少し気が緩んだ俺の耳に「バン!」という音と、女の悲鳴が突き刺さる。


 「キャアッ!!」 女の悲鳴!? 誰だ!


 見るとミヤビが敵の新手に羽交はがいめにされている。そういえば女だった。

 敵の新手はどこから出たんだ?

 ……どうやらロッカーにかくれていたようだ。そんな事するのテレビゲームだけだと思ってた。

 しかし、完全に待ち伏せにあってるな。何故この時間に来るのがばれてるんだ?


 ミヤビは二人の男に床にかれて、腕を押さえられてる。

敵のリーダーがミヤビのひざを持ってあしひらかせようとしている。やべーぞレイプだ!

 俺の相手はだいぶ消耗しているが、ずいぶんしぶとい。喧嘩慣れしている感じだ。

 まずい。 ミヤビの救助が遅れる。


 

 敵リーダーは頑張ってあしひらこうとしているが、よく見ると適当にいなされてる。

むしろミヤビが敵リーダーの体勢たいせいを自在に操ってるようにも見える。

もう完全に、ガードポジションをパスできない柔術じゅうじゅつ初心者みたいになってる。


 ミヤビは上半身をよじってイヤイヤしてる。腕を押さえている男はそれに揺さぶられて押さえにくそうだ。

 一瞬、男の手がはずれてミヤビの右腕が自由になる。

一瞬でミヤビは男の右耳を掴んで、引き千切るかのような勢いで引き寄せる。

 グイーって頭が落ちる。


 「いててててテェっ!!」 男は左手を離し、ミヤビの右腕をつかむ。


 ミヤビは空いた左手の男の左目に突っ込み、目潰しサミングする。


 「ぎゃああ!!」 男が顔を押さえて膝をつく。


 自分ミヤビに近づく形になった男の股間にこぶしを叩き込む。2、3発。

男は苦痛に顔をゆがめて顔を地面にこすり付けている。



 敵リーダーは何故なぜこんな小娘が思い通りにならないのか苛立いらだっている。

 ミヤビの膝が邪魔なので飛び越えることにしたようだ。フライングボディプレスの要領でミヤビの体の上に飛びかかる。 コイツ、ただのスケベでは? あーあ。


 ミヤビは膝で受け止めるがのしかかられてしまう。敵の手がミヤビのむねに伸びる。 

 ミヤビのむねに伸ばした腕はがっちりとミヤビの両腕りょううでつかまれてしまった。

 ミヤビはあしを敵の首に巻き付ける。もう片方の足でロックして三角絞さんかくじめで絞める。

 女子高生のまたで絞められてるわけだが、本人はもう分かってないだろう。


 俺は健全な男だ。女子高生がパンツ丸出しで戦ってるのを見ている訳だが、その姿に感じるのはほぼ「恐怖」だけだ。この娘を育てたのはどんな人物なんだ。


 

 やっと俺の相手が動かなくなった。たくさんお腹ないぞうあしってやった。タフな男だった。



 『すまないミヤビ。援護えんごが遅れた。大丈夫か?』


 「んーん。 ありがとう、大丈夫」 ミヤビが杖を拾う。


 『ミヤビ、こいつら回復したらまたおそってくるかもしれない。とどめを指しておくか?』

 俺が項垂うなだれている連中を見回す。おどしというか交渉だな。


 「お、俺たちはもうやらねえ!今日だってたのまれてきただけだ。あんたたちに個人的な興味はねえよ」

 動けるやつがびてるやつを起こして倉庫から出ていく。

 荒事あらごとになれている連中は引き際も手早いな。

 昼の連中より信仰心ちゅうせいしんが少ないらしい。


さて、ミヤビが急かしてる。奥の部屋に行ってみよう。ハルカちゃんとご対面かな。


 ミヤビが奥の部屋へのドアを開ける。

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