第2話 現状を思い出す

 時がさかのぼって、鍼灸院うちのいんが襲撃され日の夕方。予約のない客が来た。


 初めて見る女子高生だ、長い黒髪に紺色のパーカー。下は学生服のスカートを短くして履いている。

 雰囲気の感じ、悩み事相談かな?



 うちは雑居ビル2階にある個人経営の鍼灸院だ。繁華街で働いてる人や地元の人達に密着して治療して5年目になる。

 俺が「元」坊さんだと知った患者さんが悩み事相談しに来るようになったのは結構前からだ。

 守秘義務もある仕事という事もあって相談しやすいのかもしれない。

 ちょうど予約の患者さんが帰ったところだ、相談料は取らないボランティアだがこれも地域密着型ちいきみっちゃくがたの商売にとっては立派な営業活動だ。


 『ご相談ですか? こちらへどうぞ、お名前を頂戴してもよろしいですか?』


 最近は子供相手にもれしい接客はしない。これも時代だな。


 「はい。 ミヤビと言います。 失礼します」


 相談者は休憩室に通すようにしてる。絶妙な生活感が緊張感を奪う。

 休憩室といっても、治療部屋のあまりのスペースを改造しただけの3畳くらいの空間だ。畳の上に座布団を出す。


 『お茶とコーヒーどちらがいいですか?』


 「あ、いえ! お構いなく!」


 『まあまあ、遠慮なさらずに。なら僕が飲みたいからお茶にしようかな』

二人分入れてミヤビの前のテーブルに置く。


 「ありがとうございます」

ここで初めて腰を下ろす。スクールバッグを脇に置く。なんとなく所作が美しい。


 『初めまして院長のリュウシンです。よろしくお願いします』

職員俺しかいないけど。


 『このことそうだんの事は誰かに紹介されたんですか?』

うちの患者ではないみたいだ。紹介かな。


 「はい、友達のツチヤ君に」


 ツチヤ?高校生くらいの患者にそんな人、心当たりがないな……。

あ、俺の後輩にツチヤがいるな。そいつの弟が高校生くらいだったような。


 『……ツチヤ君は僕のことをなんて言ってました?』


 「……兄貴が世話になった先輩だって」

当たりだ。


 『なるほど、じゃあミヤビちゃんは患者さんじゃあなくて、僕の後輩から聞いてきたんだね』


 「はい」

ああ、なんか相談事じゃなくて面倒事になりそうな予感。


 『ツッチー弟は今どんな感じ?』

もう客というより後輩の友達だから、距離感がなくなってしまった。


 「今は立派なヤンキーです」

苦労しそうだな、俺もミヤビも。



 軽く雑談を済ませて本題に入る。


 「実は……友達が誘拐されたんです」

はあ??


 『いや、それを相談するのは鍼灸院じゃなくて警察だろ』


 「昨日、警察にも相談しました。『調査します』って言って帰りました」


 『ならその結果を待つしかないんじゃ……』


 「そんなの待ってられない!ハルカは女の子なんですよ!」

……急にムキになるじゃん。いなくなったのは「ハルカ」ちゃんか。


 『家出してるだけかもしれないよ?』


 「……ハルカは私しか友達がいません」

フッと笑う。 それはごめん。


 「それに見知らぬ大人達に連れて行かれるのを見た人がいるんです」

そいつが通報しろよ。


 「それがツチヤ君です。今日のお昼に聞き出して、ここを紹介してもらいました」

……ツチヤ弟が警察に通報するわけが無いな。納得した。



 「……もう一つ、すごい変な話ですけど。 私と友達のハルカはお化けに取り憑かれてるんです」

 俺は元坊主、ということでその手の相談もちょくちょく受ける。驚きはしない。


 「そのお化けがリュウシンさんを推薦したんです」

ごめん、ちょっと驚いた。おばけの推薦か。


 『お化けは二人に取り憑いてるの?』


 「いえ、ハルカに取り憑いてるのをわたしも共有している感じです。そのお化けとも今は連絡がつかなくなっちゃった…。ハルカにいていてくれてれば良いけど」

 お化けと友達なのかな?




 俺はある日を境に人間の目に映らないものが片っ端から見えるようになってしまった。幽霊からまで。それが理由で坊主をやめることになったのだが……。


 確かにミヤビからは何か人間じゃない「光」が見える。だが何かわからない。

 俺の目でも見えないというのが不思議だったが、ハルカちゃんに憑いていた

「お化け」とのつながりが今切れているというのなら納得できる。


 だが、この「光」は懐かしい感じがする。自分とも無縁では無いような……



 事情は分かった。だがめんどい。相談の範疇はんちゅうを超えている。

俺も今は経営者だ。相談には乗るがそんな探偵みたいな事はできない。


 『悪いけど、力にはなれないな。警察に任せなさい』


 「そんな!?」 ミヤビが勢いよく立ち上がる。


 『まあまあ、落ち着いて。やれる範囲で力になるから……』



 ドスドスドス…  ドスドスドス……  

 

 多人数の足音が外から近づいてくる。ボロいビルなのでよく聞こえる。


 ミヤビがなんか騒いでいるが、俺にはこんな古ビルに似合わない多人数の来客の方が気になっていた。なんか妙な気配だな。


 ガチャッ! チリチリチリーン!  ドアベルが勢いよく鳴る。


 「おい!誰かいるかー!!」

玄関から荒々しい怒鳴り声が聞こえる。 明らかに普通の客じゃない。


 『ミヤビ……尾行つけられたのか?』


 「へ? つけ……? 何?」


 警察に通報が昨日。ツチヤに相談したのが今日の昼。 ……うーん。

わからん。どんな連中だ?なんにせよここでは袋のねずみだ。


 『おそらくお前は追われてる。俺が玄関で対応するからお前は玄関には来るな。

俺が適当に誤魔化しているうちに通路を出て非常口から逃げろ』


 ミヤビは黙って状況を飲み込もうとしている。まだ把握できていない感じだ。

とにかく対応が遅れたら取り返しがつかなくなる。俺は立ち上がって言う。

 

 『とにかく今日のところはもう帰れ。非常口からだぞ。良いな?』


 ポカンとしているミヤビをおいて出る。ツチヤ弟の見立て通り、俺は地域密着型の仕事をしているため、この地元のいろんな組織の人間に顔くらいは通っている。

  

 話のわかる相手だったら良いなあ……

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