第5話 ピアスの価値
食事が終わると、仕方がない、僕はピアスを見つけたことを白状した。
ピアスを見せると幽子は大喜びで僕にしか聞こえない大声を上げた。
「これで成仏出来るの」僕は軽く聞いてみる。
「成仏?」と幽子は首をかしげる。
「違うのか」
「いやー、そんな事言いました?」
「いや、言っていないけれど。普通はそう思うよね」
「いえ、それも先入観と言いますか」
「これがないと成仏出来ないとかじゃないの」
「成仏とは関係ありません」言い切りやがった。
「じゃあ。なんで苦労して探させたの?」実際には偶然なので、苦労はしていないし、三百円だ。
「いえ、でも本当に大事な物なんです」
「どんな風に、言いたくない、とかはなしだよ、苦労して探したんだから」
苦労はしていないが、まあそう言う。
「あの人から、貰った物です」
「あの、幽子さんを捨てた彼氏。そんなやつからもらった物なら、なくなってちょうど良いじゃないか」完全に僕は幽霊側に付いている
「そんな風に思ってくれるんですか」
「えっ、ああ、」
「私、笹井由布子と言います」
「幽霊の幽子じゃないの」
「ああ、それは、ちょっとこの辺を徘徊するときの名前で、笹井由布子は俗名ですね」
「ああ、なるほど」
「このピアスは、彼にもらったんです。で、ごめんなさい。嘘をついていました。ピアスは私が壊して捨てたんです。彼に捨てられたと思っていたから」
「思っていた?」
「はい。彼、私の事、本当に愛してくれていたんです」
「愛していたのに、捨てられたの?」
「いえ。捨てられていなかったんです」
「それって。勘違いということ」
「はい。私以外の女の人と付き合っていると思って、自分で自分の気持ちをコントロールしちゃったんです。
そうすると後は転げ落ちるように自分の心が、彼を嫌いになる方向に向いていって。
するともうだめです。
彼の些細な言動一つとっても嫌悪感しかなくなって、冷静に考えれば、彼の事を愛していたはずなのに、でとどめが、三百円のピアスです」
「でも確かに。三百円かよって思うよね」
「はい、三百円のピアスに愛を感じられなくて、彼を疑っていたこともあいまって。
目の前でピアスを壊して捨てたんです。こんな安物って」
「イヤでもそれは普通だと思うよ。このピアス買うときだって。三百円だからプレゼントですか。って聞かれて、嫌みかよと思った」
「でも。なんかの冗談だったのかもしれない。
ピアスの価値が分からない人だったのかもしれない。
それ以外の理由があったのかもしれない。
いえ、もしなかったとしても。
(何よ三百円て、末代まで言い続けてやる)なんて言って笑い合っていたら、もっと仲良くなれたかもしれない。あとになって、もちろん、すごい後悔をしました。
でもそれ以上に彼の悲しそうな目が忘れられない。
でもその時の私にはどうすることもできなくて、いえ彼ともう一度会えたら、ごめんなさいって言えたかもしれません。
でもとても許してくれるとは思えなくて。
だから会いたいと言えなかったの、彼からも連絡はありませんでした。
これは怒っている証拠だと思い、さらに私から連絡が出来なくなりました。
そしたら、もうショックと後悔で自己嫌悪の嵐、何も出来なくなって。セルフネグレイトです」
「彼はどう思っていたのかな」
「わかりません。でも彼には幸せになって欲しいな。だれか別の人とでも」
「いいの」
「だって悪いのは私だから」
「自分が不幸でも、彼が幸せなら良いってこと」
「はい」
「彼の事、今でも愛しているんだね」
「そんな、良い物じゃないですよ」
なぜこんなにも由布子は良い子なのに、そんなミスを犯したのだろう。
幽霊になると人生観が変るのか、イヤ幽霊だから人生とは言わないいか。
「じゃあ、三百円のピアス」と僕はピアスを由布子に渡した。
「そこ強調しないでください。意地悪」
「ゴメン、ゴメン」
「じゃあ貰って良いですか」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言いながら、ピアスを由布子が手に取ろうとすると、案の定手からすり抜ける。
僕と由布子は顔を見合わせる。
「どうする」と僕。由布子はただでさえ青白い顔が、真っ白になった。
「ちょっと聞いてみます」
「誰に?」と聞き返したときにはなんか、バリバリに壊れた携帯らしき物で電話をかけ始めた。
そんなんでかかるのかと思ったら、なんか話をしている。
何度か頷き、最後に分かりましたと言った。
「なんか、命を絶つと良いそうです」
「ピアスに命はないよね」
「そうですね」
「ちょっとまって、その携帯はどこから持って来たの」
「ああこれは、ゴミ捨て場に捨ててあったので。使えるかなって思ったら、つかえたんで、持って来ちゃいました」
「捨ててあった。ちょっと待って、雑誌読んでいたよね」
「ああ、はい」
「あれは、どこから持って来た」
「隣のゴミ捨て場です。破れていたので、携帯も、壊れていたみたいで」
「捨ててあった物なら触れるのか」
「どうなんですか?」
「じゃあ、クッションは?よりかかっていたよね」
「クッション、捨てていませんよね」
由布子がクッションを見に行く。
「ああ、」
「どうしたの」
「ここ。ほら」なんとクッションがほつれている。
僕はピアスを台所に持って行った。
「あの、ちょっと」と言って由布子がついてくる
僕はピアスをまな板におき包丁の柄でたたいた。
すると三百円のピアスは簡単に粉砕した。
「触れるかな」
「命を絶つというのは、命がない物、壊れた物ということですか」
「いや、分からないけど」
「じゃあ雑誌は?」
「どこかが破れていたとか」
「やって見ますね」由布子が触ると、ピアスが元の形に戻り由布子の手に乗った。
「やった」と僕は思わず声になったが、由布子は大事そうに胸に抱くと一粒の涙をこぼした。
壊して、捨ててしまったピアスだけれど、これだけは思い出として持って行きたかったんだなと思った。
「ありがとう」と初めて幽霊らしい、か細い声で言ったかと思うと、由布子は段々に消えていった。
それから由布子は現れなくなった。
あっけなく、いなくなった。
もう少し感動的な別れがあっても良いのではと僕は思った。
現れなくなったという事は、成仏したということかな、とも思うが、由布子自身はピアスと成仏とは関係ないと言っていた。
だったらもう少しいてくれても良いのにと思った。
実はこの部屋に帰って来た時、お帰りなさい、と言われて何だか本当に嬉しかった。
本当は、由布子の落とし物はピアスではなく、彼だったのかもしれない。
そして僕の落とし物は由布子だったのかもしれない。
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