第4話  幽霊のくせに、うるさいんだよな

帰ると、幽霊の幽子が、自分ちのようにくつろいでいた。

うちの大きめのクッションに寄り掛かり、婦人雑誌など見ている。

まあ前の住人だからしかたがないか。

「あの」

「あっ、お帰りなさい」その言葉にあろう事かキュンとなった。

一人暮らしなのに、誰もいないはずの部屋に帰ると可愛い女の子が、お帰りなさいと言ってくれる。

いやいや、取り憑いている幽霊にキュンとなってどうする。

僕は気持ちを立て直す。

「イヤ。そんな自分ちみたいに、くつろがれても」

「なんか落ち着くんですよね。そもそも、ここに住んでいたんですから」

「ていうか幽霊と言うのは、丑三つ時に出るものなんじゃないですか。なんでこんな時間にくつろいでいるんですか」

「イヤ別に決まっているわけでもないので、それに出るとか、出ないというか、いますが、私は、ずっとこの部屋にいたんですよ、気を使って見えないようにしていただけで、

でもまあ、もう良いかなって」

「イヤ良くないでしょ。第一ちらかっている部屋を女の子に見られるのは恥ずかしい」幽霊に何言っているんだ。

「全然大丈夫ですよ。私こう見えて。ネグレイトだったんですよ」

「ネグレイト?」

「はい自分自身の存在を否定していて、だから通常の生活が営めなくて、だから自殺と言うより、自然死に近いんですけれどね。ここゴミ屋敷だったんですよ。こんな感じ」

とまたお得意の、映像を僕の頭に送り込んだ。

「なんだこれ」それは本当にゴミ屋敷ならぬゴミ部屋だった。

カップ麺の容器やペットボトル、お菓子の袋、洗濯もされない衣類、そういった物が積み上がっていた。

「こんな所に住んでいたのか」

「はい。何もすることが出来なくなって、だからこんなに綺麗になって、すごく快適です」

「オイ」

「あっ、一つお願いして良いですか」

「なにっ」僕は不機嫌そうに言う。

これは内容を聞いたからではない、なぜ要求すると言う反応だ。

「出かけるときテレビつけていってもらえませんか」

「はあ」

「退屈で。退屈で。ほらわたし何でもすり抜けちゃうから、テレビつけられないんですよ。スマホなんて贅沢は言いませんから」僕は一つの事に気付いた。

「あれ。なんか雑誌読んでいなかった」

「ああ、あれはゴミ捨て場から、あれは手に取れたんですよ」

「なんで」

「さあ」

段々遠慮がなくなって来た幽子だったが、ちょと、いじわるをしたくなって、ピアスが見つかったことはすぐには言わなかった。


僕は夕飯と思いパスタを茹で始めた。

僕は自炊が原則だ。

ガスのところでパスタを茹でていると幽子がのぞき込んでくる。

「おいしそうですね」

「パスタ好きなの?」

「はい。アッそこで火止めた方が良いですよ」

「そうなの」と言って、パスタを一本とってかじった。

まだ芯がある。

「なんか芯があるよ」

「いえ、それがアルデンテなんです」

「ア、アル」

「アルデンテ。その状態で出すと後は余熱で、中まで柔らかくなるんですけど、やわらかくなりすぎないんです」

「なんのこだわり」

「おいしく食べるためです」

「ネグレイトで死んだ子の言葉とは思えないな」

「てことは、やっぱり、ネグレイトの原因は失恋なんですかね」

「その、人ごとのようなコメントはなに。精神を病んで、死んだんじゃなかったの。」

「いや、それが死ぬと、そういうのリセットされるようで」

「なんだそれ」


出来たパスタをガラステーブルにおいて、僕は手を合わせて、いただきますと言った。

「誰に手を合わせているんですか」

「君ではない」

「えーーえ」とオーバーに言うと駄々っ子のように身をよじる。

「おいしく出来るようにアドバイスしたのに」

僕はうかつにもそんな幽子を可愛いと感じてしまった。

食べ始めると、幽子は僕の向かいにすわり、頬杖をつくような形でパスタを食べる僕を見つめている。

「食べにくいな」

「ああ。ぜんぜん。私は気にしてませんから」

「僕が気にするの」

「全然、気にしなくて大丈夫ですよ。だって幽霊って、結構あっちこっちにいるので。見えてないだけで。だから一人だと思って、変なことしていると、あーあって思われていますから」

「別の意味で恐いな」

「ちなみにどうですか」

「どうって」

「おいしいかって事ですよ。アルデンテ、どうかなって」

「分かりません」

「ええー。絶対においしいはずなのに。もしかして味音痴なんですか」失礼なことを言う幽霊だ。

「ネグレイトで餓死したような人間、いや幽霊に言われたくない」

「ちょっと、味見しても良いですか」と言うと僕の同意も得ずに一本摘まもうとする。

でも当然すり抜けてしまう。

「ええーん。パスタが食べられないよー」とまた泣いたまねをする。

あざといとのか。

でも、これまたうかつにも、そんな幽子が可愛いと思ってしまった。


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