第2話  幽霊の幽子 

一週間前の深夜。

変な胸騒ぎがして目を覚ますと、そこには若い女の子が、寝ている僕の顔をのぞき込んでいた。

完全に寝ぼけ眼だったので、初めは夢だと思った。

でも体は動かない。

これがあの金縛りというやつかと、変な関心をしていると、女の子は僕のまわりで、あっちを見たり、こっちを見たりと忙しい。

その動きのせいで、恐いことも忘れて、何をしているのかが気に無って仕方がなかった。

おそらく幽霊なんだけれど、忙しく動き回っているせいであまり恐いという感じでもなく、体が動かないながらも観察をした。

するとこれがめちゃくちゃ可愛い。

と言うか完全に一致した僕のタイプだった。

まあこういう夢もいいかなと思い、そのまま見つめていた。

そう、その時まではまだ夢だと思っていたのだ。

次の瞬間見えなくなったかと思ったら、僕の金縛りが解けた。

ちょっとだけ体をよじって、ベッドの下の方を見ると今度は床に這いつくばっている。

何をしているのか分からない。

捜し物?

まあいずれにしろ、これはやっぱりヤバいと思ったが、これは夢だと信じ込み、布団を頭からかぶった。

今は冬だったのが幸いした。

厚い布団を掛けていたので、防御は完璧だ。

その日はそのまま寝てしまった。


朝目覚めると、不思議な感覚だった。

普通、幽霊の夢を見たら嫌な気分になるが、何しろとんでもない美少女で、ドはまりのタイプと来ている。

多分どこかで知り合って、何かをねだられたら、全財産つぎ込んでしまうくらいのタイプだ。まあせめてもの救いは、夢のなかの幽霊だったことだ。

おかげで貢ぐことも、言いなりになることもない。

ところが、次の日から毎晩現れるようになった。


かならず午前二時に現れ、明け方消える。

毎晩現れると、これは明らかに夢ではない。

そうなるとそこはやはり恐怖だ。

でも普通なら、毎晩出てくる幽霊に恐れおののくものだが、何しろ、とんでもない美少女で、ドはまりのタイプだ。

それと恐怖が相殺されて、かろうじて、恐怖と興味の均衡を保っていた。

そうは言ってもいいかげん四日目くらいになると、慣れてしまい、怖さがなくなって興味だけになった。

なにせ美少女のドはまりのタイプだ。

でも。

いくら美少女のドはまりのタイプとはいえ、落ち着かない。

いくら美少女のドはまりのタイプとはいえ、イライラが募る。

「あのー」とうとう僕はあろう事か幽霊に話しかけてしまった。

「はいっ」幽霊は幽霊らしからぬ、気さくさで返事をした。

「幽霊さんですよね」

「アッ起こしちゃいました?」そのあっけない言い方は、絶対に気なんか遣っていないと言うのがありありだった

「そういうこと気にしてないですよね」

「そんな事ないですよ、あれもしかして、幽霊は人を怖がらせるのが仕事だとか。そんな前時代的な先入観を持っていたりしていませんよね。確かにそういう幽霊もいます。いえ確かに比率から言えば若干多いかもしれません。でもそうじゃない幽霊もいるんです。マイノリチィーを認める事は今の世の中、絶対に必要なんです。社会はダイバシティーを模索し、実現しようとしています」良くしゃべる幽霊だ。

「ちょっと、ちょっと、ダイバシティーって何?」

「ああ、多様性です。性的弱者やマイノリティーなど多様な人々を受け入れ、より良い社会を作りあげて行く」

「あの、その多様性の中に、幽霊もはいるということですか」

「いけませんか?」

「いや、良いとか悪いじゃなく」イヤこんなところでたじろいでどうする。

僕は気持ちを立て直す。

「かんべんしてくれませんか。明日、早いんですよ」

「アッごめんなさい」

「イヤそんな事より何しているんですか人の部屋で」

「もとは私の部屋なんですが」

「元の住人?」

「あっ、申し遅れました。わたし、幽霊の幽子と申しまして、今の住人の方に、本来であれば許可を得なければならない所なんですが、幽霊と言う性格上、驚かしてはいけないと思い、勝手に探させていただきました。お邪魔でしたら、そちらに関しては深くお詫びいたします。ですが、どうしてもこの部屋で探さなければならない物がありまして」

「何かなくしたんですか」

「はい」幽霊は困ったように言う。

「何をなくしたんですか」ここまで言われると、そう聞くしかない。

大変な美少女でドはまりのタイプだ。

「実はこの部屋で、命を絶った時、ピアスをなくしまして」

「は?命を絶った、どういうこと。自殺って事、どこで」ちょっと恐かったけれど。イヤ幽霊がと言うことではなく。

「ここで」

「ここ」

「はい」と言うと幽霊の幽子は、ガラステーブルの所に、くの字に寝転んだ。

「こんな感じで。死んじゃったんですよ。へへ、」と照れたように笑った。

その笑いが一番恐かったのは、言うまでもない。

不動産屋め。

事故物件じゃないか。

だったらもっと家賃安くしろよ。

と僕は思った。

「死ぬとどんな感じ」あまりに幽霊の幽子が普通ぽいのでつい聞いてしまった。

「いやー、大変でした。この家の中全部調べられて、挙げ句の果て、変な病院のようなところにつれて行かれて、完全に裸にされてから、体の隅々までみられて。

それもみんな男の人ですよ、さすがにあの時は恥ずかしくて、顔があかくなりました。まあ死んで青白かったから、普通に戻った程度でしたけど。

その後解剖されて、脳とか、心臓とか、自分の内蔵ながら、気持ち悪くて、さすがにもどしそうになりましたよ」

「いやもういいです。僕も気分悪くなってきました」

「じゃあ最後に、自殺はおすすめしません」

「死ぬ気なんて微塵もありませんよ」

「まあ、いつ何時そういう局面に出くわすか分かりませんから。死ぬ気になれば何でも出来る。人生、生きてるだけでめっけものです」説得力がありすぎて、逆に恐い。


「で、何でしたっけ」

「落とし物をしまして」

「落とし物?」

「こんなやつ」と言ったと思うと、僕の頭にピアスの映像が浮かんだ。

なんか便利だな。

「知りませんよこんなの、片付けられたんじゃないですか」

「私も、ここにはないことは分かるんですが、幽霊会では、こういう場合見つかるまで探さないといけないんですよ。かつては、お菊さんという先輩が、お皿が割れて、もうないのに、一枚、二枚と数えさせられたんですよ」

「ああ番町皿屋敷ね、ってあれ本当の話だったの」

「さあ、諸説あります」

「おい」つい幽霊に突っ込んでしまった。

「同じ物で良いので、手に入れば・・・」同じ物、その物じゃなくていいのか。

と思っていたら、幽霊の幽子は上目遣いで見てくる。

どうやらその物じゃなくても、良いらしいことは分かったが、この幽霊、僕に調達させようとしているのか。

知るかと思ったが、いくら美少女で、どはまりのタイプとはいえ、毎日出られても困るし、大体デザイン指定のピアスなんてそう簡単には、見つからないだろうなと思っていたから、

「まあ、見つけたらね」なんて言ったら、

「お願いしますよ」と手をあわせられた。

霊に手を合わせることはあっても。

霊に手を合わされたのは初めてだった。



唐突に幽子が大声を出した。

「あっポップコーンだ」幽子はレンチンで出来るポップコーンの残りを見つけてハイテンションになっている。

「うるさい、何時だと思っているんだ」と僕は叫ぶ。

「大丈夫です。私の声はあなたにしか聞こえませんから」

「ああ、そうなのね」って。じゃあ僕が一番うるさいのか。

「ポップコーン、お好きなんですか」

「いや、そういうわけでは、実はちょっと前に頭から落ちてくる物があって、それがポップコーンで前の住人がどこかに飛ばして、それが風かなんかで落ちてきたなんて思っていたんで、ちょっと久しぶりに食べて見たくなって、まさか」

「ああ、そのまさかですね。彼氏が好きで、私は別にという感じだったんですけれど、一緒にいるうちに私も好きになって」

「はあ」

「お前は、出来たてのポップコーンを食べたことあるか。って、聞くんですよ。それは当然無いって言いますよね。ポップコーンなんて袋に入っている物という感じですよね。

そしたら、作ってくれて、バターでいためるやつ、おいしくて。ああ出来たてのポップコーンというのはこんなにもおいしいんだって、幽霊なのにポップコーンにとり憑かれちゃいましたよ」

「取り憑かれたのは生きているときだよね」

「あっ、そうか、って言うか、そこツッコミます。ある意味、揚げ足取りですよね」

良くしゃべる幽霊だ。

「なんか、彼氏のポップコーンがおいしかった。と言うのろけに聞こえますが」

「やだー。そんなんじゃ・・・・。あります」

「で、その彼氏さんは?」急に幽子の顔が曇った。

「言いたくありません」

「生きているの?」

「ええ、って言うか、何で生きてる。なんて聞くんですか」

「イヤ、心中でもしたのかな、なんて」

「生きてますよ」

「ピアスも、その絡み」

「言いたくありません」

「イヤその辺をはっきりさせてくれないと、モチベーションが」

「この話は止めましょう。気が向いたら話してあげます」

「何だよそれ」

「まあ、そんな事よりで食べて良いですか」

「どうぞ」ところが悲しいかな幽霊なのでポップコーンが手をすり抜けて手に取れない、そして上目使いに僕を見上げる。

「そんな悲しそうな目で見つめられてもどうにも出来ないから」

「えーん、ポップコーンが食べられないよー」

「幽霊が嘘泣きするな」

「はい」幽子は落ち込んでいたがどうにも出来ない。


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