ポポ彦ちゃん

川谷パルテノン

誘拐

 加賀鏡かがかがみは誘拐された。連れてこられた場所では常に派手な色のネオンが明滅して、そこがどこだかわからない。光が明るくなると同時に誘拐犯のシルエットが露わになる。犯人は形こそ人間であったが人ならざる者であり、鏡自身これをよく知っていた。まだ鏡が三つか四つの年の頃、片時も肌身離さず持ち歩いたポポ彦ちゃんそのものだった。

「ポポ彦ちゃん!」

 ポポ彦ちゃんは黙って鏡のほうを見ていた。鏡はよく見ると手足が拘束されていることに気づいた。夜中に空腹をおぼえ、近くの二十四時間営業しているスーパーで酢イカとチョコレートを買った帰りのことである。コロラドでトウモロコシ畑を営農するジョナサンが西の空に見た奇妙な発光体と同じものが鏡の頭上に現れ、光が全身を包み込んだかと思ったのも束の間気づくとここで拘束されていたのだ。そしてそこには不気味なネオン光の中に佇むポポ彦ちゃんがいた。

「ポポ彦ちゃん!」

 ポポ彦ちゃんは黙って鏡のほうを見ていた。鏡は異質な空間にあっても割と主張激しめに漂う酢イカの香りにこれはスーパーを出た直後から地続きの今我が身に起こっている現実なのだと悟った。とはいえ身動きも取れずこれから自分は一体どうなってしまうのかと不安が募る。先程は完全に犯人だと断定したポポ彦ちゃんもまたそこに佇むだけで現実的に考えればそこに置かれただけの人形なのだが他にひと気もない以上犯人はポポ彦ちゃんお前だと名探偵は言っている。

「ポポ彦ちゃん!」

 ポポ彦ちゃんは黙って鏡のほうを

「しゃべれ! なんで! どうして? ポポ彦ちゃんなんでしょ?」

「ぼく、ドラえ○ん」

「ポポ彦ちゃん!」

「のび太くん、キミはどうしてこうなったかわかるかい?」

「加賀です わかんないよ! ポポ彦ちゃん」

「まだ三歳と六ヶ月だったキミはお母さんにおねだりしたね。そしてぼくがやってきた。あの頃のキミはとっても可愛くて目の中を突かれても痛くなかった」

「ポポ彦ちゃん 懐かしいね」

「ぼくはキミがどこへ行くにしても一緒だった。お散歩もお買い物もお風呂だって。おかげで肌はボロボロでちょっとカビたりもしたけれどぼくは幸せだった」

「ポポ彦ちゃん どうして私を拐ったの?」

「キミはぼくを悲しませた。だから罰を与えなきゃいけない」

「わたし、ポポ彦ちゃんのこと大好きだよ。今だってそう。ぜーんぶ覚えてるもん」

「嘘つけぃ! のび太くんはぼくを捨てたじゃないか! 髪の毛引きちぎられたって笑って許したぼくを! あっさり! ポケ○ンに乗り換えたじゃないか!」

「流行ってたのよ! ……仕方ないじゃない……だって流行ってたんだよ……加賀です」

「ぼくはキミが好きだった。いっぱいチューしてくれたのに。いっぱい抱きしめてくれたのに。ぼくはキミとこの世の全てのポ○モンを駆逐する!」

「ポポ彦ちゃん落ち着いて! イカ食べる? 酸っぱいよ?」

「うるせー! いらねー! まずはのび太くん、キミを駆逐する」

「加賀だっつってんだろ! テメー下手にでてりゃ調子乗りくさりやがって! 流行りには勝てねーんだよ! 人形に何ができるってんだ! やれるもんならやってみろ!」

「ボコボコドアーーーッ これは数多の罪人を殴りすぎてボコボコになったドアのこと。これでキミを殴る」

「ポポ彦ちゃん わたしたちずっと友達だよ ううん違う 家族だよ!」

「辞世の句はもう詠み終わったかい? じゃあこっちも終わらせてやるーーーッ」

「やめてーーーッ」



 加賀鏡は飛び起きた。鼻の中にはイカが突き刺さっている。それを抜き取ると夢オチかよと囁いた。机の上には散らかったゴミと飲みかけの缶ビール。いつのかわからないラーメンの汁はイカを凌駕する異臭を放っていた。ポポ彦ちゃん、わたしも捨てられたんだ。そう呟くと頬を涙が伝った。遠い日の面影の中で少女と人形が仲良く歩いている。

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ポポ彦ちゃん 川谷パルテノン @pefnk

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