第36話「斎藤朱鳥の大スクープ」


「っはぁ、っはぁ、っはぁ——」


 それから俺は両腕に4人を抱えながら必死に走った。


 かれこれ数時間を訓練に使った道のりを必死に走る。次々に現れるアックスホーンを飛び越えて走り続ける。


 これは、戦略的撤退だ。苦肉の策だが、この状況では五体満足に戦えない。それに、あの状況じゃ勝てる確信も持てていない。


 仕方なかった。


「っくそ! 来てんのか⁉」


 そして、俺たちの後ろにはあの魔物が追いかけていた。


 泣く子も黙るクリスタルドラゴン。

 S級探索者である黒崎さんまで圧倒するほどだ。


 それも仕方がないと言えば仕方がなくはある。

 いくらランクが高いとは言っても迷宮区内では普通、一人で動いたりしない。


 通常はパーティメンバーで行くものだ。

 どんな探索者も、それが国が運営する何かの機関のものでも、たとえそれが商売目的の民間のものでもどんなものでも変わらない。


 回復士に、魔法士、もしくは銃を持った狙撃手、戦士、武術家……と役職は様々だが、それぞれに役割があり、連携して倒すのが普通だ。


 もちろん、俺が長く潜っていたFランク迷宮区だって一緒だ。


 俺の場合は組んでくれる人間がいなかったからソロプレイ決め込んでいたが時々すれ違う人は皆総じて初心者同士で訓練しに来るパーティだった。


 そのくらい、チームを組むとは重要なことであり、それでかつ個々の能力を極限まで上げたのが黒崎さんのようなSランクの探索者なのだ。


 それが一つのチームとなればきっとどんなに強い魔物とも渡り合えるのだろう。


 たとえ俺が異質だったとしても最強の称号を持つ人が勝てないような相手と勝てるほどこの世界は甘くはない。


「っあ、あの——」

「今は頼む集中したいから黙っててくれ!」

「は、っはい!!」


 急に担いでいた魔法士の女の子が声を掛けてきたが今はとにかく、奴に気力を使っている。誰なのか、何で追いかけられていたのか、色々話したいことはやまやまだったがそれは後だ。


 とにかく今は——逃げ切らないとヤバい。

 とはいえ、出しちゃ行けない。


 一発反撃を食らわせてそのまま――と思っていると正面から自衛官が隊列を組んで入ってきたのが見える。


「ちょ、危ないですよ!」


 しかし、サムズアップ。

 大丈夫だと言わんばかりの表情で、こう言った。


「お前は怪我人連れて逃げろ! 俺たちには討伐任務が出てるんでなぁ!」


 あとから戦車、戦闘車、ドローンが飛んでくる。

 未来的な装備すぎてよく見えなかったが戦いが始まる。


 その合間を潜り抜けて、俺は苦虫噛み締める思いで入り口から飛び出した。







 飛び出て数分。


 どばどばに出たアドレナリンで疲れが全く感じない。精神的な疲れがこういう状態の時でるものだが不思議なものだった。


 って、それどころじゃない。

 黒崎さんを何とかしなければいけない。


 様態を見ているさっき運んできた女探索者たちが話しかけてきた。


「あ、あのっ……骨とか折れてたので、一応、回復魔法をかけておいたんですけど」

「だ、大丈夫なんですか?」

「はい……私の回復魔法なら多分、あと少しもすれば骨もつながるかと!」

「ありがとうございますっ」

「いや、こちらこそ。助けていただいて……本当に、ありがとうございますですよ」


 紺色の土で汚れているローブに、黒いタイツにスカート。


 胸には銀色のプレートを付けていて、その下は革の服で覆われていて、まるで異世界アニメ作品のエルフか何かのようだった。


 手には大きな杖を持っていて、その杖の先には綺麗な石――所謂、がはめ込まれていた。


 明るく艶やかな茶髪のショートボブに、瞳は情熱の紅色。


 まるで秋の紅葉を表しているような美しい顔立ちで、黒崎さんとはまた違う綺麗さがある。


 かなり可愛い。


 俺のクラスメイトなら黒崎さんと属性は違えど同じくらい可愛い。


 明るく、何か好奇な目を向けてくる女子高生って感じだ。


「にしても……君、すごいね。あんなに強い魔物、追っ払って逃げれるなんて」

「え、いや、別に逃げただけなんですけど」

「え? いやいや、だってあれ、もの凄かったじゃん。ほら、殴ってたでしょ、あんなに硬いの!」


 陽気な声で話しかけてくる彼女、いや、それにしてもなんかめっちゃ褒めてくるな。別に俺は何も凄いことをしたわけじゃないだろうに。


 ふつうに貫通しなかったし、だいたい、ちょっとだけしかへこまなかった。それに俺と黒崎さんの状況見れば分かるだろうに。明らかに防戦一方だったって。


「効いてなかったじゃないですか」


 ジト目交じりに呟くと彼女は驚いたように目を見開いた。


「え⁉ いやいやいや、結構効いてたように見えるけど——ガァあああ! って痛がってたし」

「え、マジすか」

「うん、まじまじ。マジまんじ先生だよ」

「……はい?」


 よく分からないギャグ。

 何処のどなたかは知らないが何かすごい先生なのだろうか。


 彼女の連れ、恐らくパーティ仲間はやや苦笑いしていた。


「まぁでも、とにかく。助けてくれてありがとう! 私たち、急に出てきたあいつに追われちゃってね、そしたら行き止まりで」

「いやぁ、まぁでも運が良かったです。無事に出られて」

「あははは、そうだね。あ、そうだ!」


 いえいえと首を振ると彼女は何か思いだしたように呟く。


「どうかしましたか?」

「うん、あたし、名前言っていなかったなぁって……」

「あぁ、名前ですか」


 随分と律儀なものだ。

 そこまでしなくたっていいのに。


「私の名前は斎藤朱鳥さいとうあすか!!  斎藤は斎藤さんの斎藤で、朱鳥は朱肉の朱に、鳥って言う字で書くわね!」


 勢いが凄い。

 そんな彼女にちょっと飲み込まれそうになっている俺がいた。


「お、俺は國田元春くにたもとはるです。元の春で元春です」

「おぉ、あたしに合わせてくれてありがとね! あたしの名前、ちょっと不思議だからさ~~」

「まぁ、確かに……」


 なんて声を掛ければいいのか、少しわからなくなっている俺がいる。

 ちょっと怖いというか、ちょっと苦手というか――いや、これはただ黒崎さんと妹以外の女子とは話していないからだろう。


 それに、先輩との距離感が少しわからないし。


「えっとね、それでこの二人が私の弟の双子、道治と道正って言うの、よろしくね!」

「「よろしく」」


 確かに、よく見れば顔が似ている。

 正直見分けがつかない。


 一人が魔法士で、もう一人が剣士。

 格好ももろで、尖った綺麗な剣と手のひらサイズの棒のような杖を持っている二人。


 二人わせてよろしくと言われ、何かまるでボディーガードに挨拶されている気分だ。何でもなく持ってたけど、二人とも俺よりも5㎝くらいデカい。


「よろしくお願いしますっ」

「うん、よろしくね!」


 手を差し出され、俺は彼女の手を掴む。

 優しく手温かい小さな手に少し顔が赤くなったが、背中におぶった黒崎さんの目が明いていないのか――なぜか考えてしまった。


 しかし、どうやら起きていないようだ。

 って、なにを浮気してる彼氏みたいになってるんだ俺。

 黒崎さんは俺の物じゃないぞ。


 すると、斎藤さんまたまたハッとして今度は俺の背中で眠っている黒崎さんを指さした。


「——ていうか、さ。この子、あれだよね、あの有名なS級冒険者の子だよね?」


 さすが、バレていたようだ。

 別に隠す必要もないためコクっと頷いた。

 すると、何やら探る様に顎に手を当ててブツブツと呟き始めた彼女。

 一体、何を考えているんだか。


「どうして二人仲良く、低ランクの迷宮区に……ってあ! そうかぁ、そうだなぁ~~」


 何やらニヤニヤと笑みを浮かび始める彼女。

 え、何?

 別にたんに訓練できただけなんだけど……と、思いもよらぬ言葉が投げかけられる。


「そうだよね! 実は彼氏さんなんだよね! 普段は注目浴びちゃうからこういう場所でしてるんだよねっ??」


 か、れし?

 あ、い、び、き?


 へ?

 俺が、黒崎さん彼氏で逢引きをしている!?


 なんだその誤解! 俺はそんな不純な関係は持っていないぞ‼‼


 しかし、目の前の斎藤さんは勘違いで妄想を広げながら「ぷーくすくす」と笑っていた。


「そかそかぁ、ごめんねぇ、あの魔物のせいでキスまでできなくておどおどしてるんだよね~~」

「お、おどおど!? それは違います!」

「ううん~~私、知ってるから嘘つかなくていいの~~。いやぁ、それにしてもそっかそっかぁ。黒崎さんにこんなにも強い彼氏がいるのかぁ~~」


 やばい、話が飛躍してる。

 否定しないとだめだ。


「——新聞部大スクープね!」

「新聞、ちょ、それは‼‼」


 ――パシャリ。

 そして、まさかの逃亡だった。


 無論、追いかけようとするも後ろの黒崎さんを医者に運ぶのが先で、どうにもできない。


 結局、俺は斎藤さんたちを追いかけることはできず、来週の高校でヤバいことになるとも知らずに泣く泣く病院へ向かったのだった。




 






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