第7話「Eランク迷宮区①」


 その日の帰り道、俺はなぜだかランクが一つ上の迷宮区ダンジョンに訪れていた。


 理由は多分、というか――なんとなくだ。

 つまりはまぁ、黒崎さんに感化されただけだ。

 

 黒崎さんのあの言葉。


『——できるとかどうかじゃないわ。私がやらなきゃだめなのよ』


 彼女にとっては大きな責任と押しつぶされてしまうほどの重圧に揉まれて飛び出た言葉。俺なんかが決して言えるわけもないし、考えられる日は永遠に来ない言葉ではあった。

 

 ただ、そんな言葉が彼女の弱さと強さを同時に表している様で胸のうちに眠っていた夢を思い呼び覚まされた。


 俺はF 級スキル「神様の悪戯ワールドミスチーフ」なんてものを持っている、どこにでもいるようなモブで何の価値もない人間だ。


 そして、黒崎さんは日本の未来を背負うすべての力を持ったただの女の子だ。


 俺たちを隔てる壁は大きく、空よりも高く、超える事なんてできない。

 でも、あんなにも大きな力を持つ彼女でさえも悩んでいるのだ。だというのに、今までの俺は妹のためにとどこか理由を付けてひたすら変わらない日々を送っていた。


 学校では馬鹿にされるだけされて、迷宮区ダンジョンでは常に雑魚狩りを続ける。


 俺は生まれてこの方、あの日、たまたま落っこちたAランク迷宮ダンジョンで助けられて探索者を志した日から、一度も”探索冒険”をしていない。


 その日暮らしで、恵まれていないと理由を付けて逃げてきた。


 そのくせ、最後の最後まで捨てきれなくて馬鹿みたいに底辺で足掻いている。


 その様は恥ずべき行為だと思った。

 黒崎さんの目を見て、ふと思ってしまった。




 ——俺はまだ、夢を追いかけていたい。





 Eランク迷宮区ダンジョン向上〇〇肆レベルアップ4】の入り口にやってきていた。


 Fランク迷宮区ダンジョンと同様に入り口の前には自衛隊の小さな野営地が置かれていて、最新戦車と銃を持った自衛官が免許を持っていない人が入らないように24時間体制で見張っていた。


「探索者免許を提示してください」


 がちがちに装備している自衛官が手に持っていた一〇〇式小銃を降ろして、手のひらを向けてきて、俺は探索者免許証をその手の上に掲げた。


 するとビジョンが浮かび上がり、俺のスキルから見せられる個人情報が一気に表示される。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前:國田元春

年齢:16歳

所属高校:国立札幌学院 探索者科 1年4組

探索者職業:武闘家

スキル:F級「神様の悪戯ワールドミスチーフ

レベル:99,999


(以下略)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「レベル……?」

「あ、いやぁ……はははっ」


 明らかに規定値オーバーなレベルに驚く自衛官。

 その数値に指を刺して、俺に尋ねる。


「これって、本当なんですよね?」

「まぁ、一応そうですね……ははは」

「いや、でもさすがにこの数値は見たことも聞いたことないっていうか……改ざんでは」


 正直、彼の反応は正しい。俺のレベルは規定のレベルの最大値を有に超える高さ。100倍の開きがある。その改ざんを疑うのも無理はないがこの現代で改ざんなどできる人は世界にはほとんどいないのも確かだった。


 ただ、俺からしてみれば事実。

 意味はわからないが事実には変わりない。


「改ざんができるようなら、俺のスキルFじゃないですよ」

「……まぁ、そうか」


 俺の言葉に納得して、スルーする自衛官。変に疑われて逮捕されるのは免れただろうが、自分で自分を弱いと卑下するのはちょっとばかし傷つくな。


 にしても……さすがに「F」っていうところを見られるのはやっぱり恥ずかしい。


 きっとこの自衛官も探索者を目指した時があるだろうし、「こいつまだ夢追いかけてるよ」だなんて思ってそうだ。


 しっかりと中身を確認すると、自衛官は少し心配そうな目で言ってきた。


「レベルはともかく、ここ迷宮区ダンジョンはEランクですけど大丈夫ですか?」


 予想はしていたが、口に出されるとなかなか痛い。

 優しく言ってくれてはいるが、意味としては「君のスキルじゃここのダンジョンは攻略できないよ」とのことだ。


 ただ、今日の俺は彼の言葉に切り返した。


「大丈夫です」


 意思硬く言うと自衛官は若干引きつりながら、忠告してくる。


「気を付けてくださいね、死んだら遺品も持ち出せない場合がありますから」

「はいっ」


 重い雰囲気に一瞬足が固まったが、彼女の言葉と妹の顔を思い出して動かない足に血を回す。


 ここでやられたら俺はその程度なんだ。

 上がったレベル。

 どんなに言われ続けてもただひたすらにゴブリンを倒し続けたからここまでレベルが上がったんだ。


 きっと、この努力は無駄じゃない。

 どんなにスキルが優れていても、きっとやりようはある。

 今まで、一度も前例がないだけだ。

 

 俺が前例になる……その気合いでやれば何かがあるかもしれない。


 俺はやる。


 心なかでそう誓って、奮発して買った革製のガントレットを装備して迷宮区ダンジョン内に突入したのだった。

 

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