第6話「黒崎ツカサの秘密」
黒崎さんの目つきが変わった。
まるで疑っているかのように俺を見つめてくる。
なんか、ヤバいことでも聞いてしまったのか。
国の命令とは言ってはいたけど、もしかしたら国から託された重要な任務か何かなのだろうか。
しかし、数秒も経つと彼女からの鋭い視線が柔らかくなって「はぁ」と若干微笑みながら溜息をついた。
「私の考えすぎかしら。あんたが他国の機関ってわけでもなさそうだし、いいわよね」
意味ありげな言葉に含みのある苦笑い。そして、なんか今めっちゃやばそうなこと口走っていなかったか?
「……い、いや別にそんなに大掛かりな話なら言わなくてもいいんだけどさ」
流石に変なことに巻き込まれたくはないので否定するも黒崎さんはグイグイと話してくる。
「別に大掛かりってわけでもないわ。ただまぁちょっと今回の話は他国のスパイとかに聞かれると殺さなくちゃいけなくなっちゃうことだから考えただけよ」
いやなんかめっちゃ怖いじゃんそれ。
他国に知られちゃいけない秘密を一般人で探索者としても微塵の価値もない俺に言っていいやつなのか?
自分で聞いたこととはいえど、得体も知れない恐怖が俺を襲ってくる。
「大丈夫なのかよそれ……」
「大丈夫よ、何かあれば私が軽く殺してあげるから」
何言ってんだよこの人。
狂いのない満面の笑顔で言われると流石に背中がゾッとする。
「いやいやいや、殺しちゃわなきゃいけない話を言っていいのかよ俺に。探索者として半人前どころかゴミに等しいんだぞ、俺?」
「ゴミに教えても一緒でしょ? それに、あなたずっと一人じゃない、誰かに話そうにも話せなんじゃないかしら?」
「……」
妙に痛いところをついてくるこのS級探索者。さすが、ランクだけあって人の弱点を見る目がある。
「図星みたいね、それなら言ってもいいかしら」
「……い、いやでも本当にいいのか? 俺って何でもない一般人だぞ、まじでさ」
「だったら最初から聞かないで」
「あ、はい、そうですね……」
それでも不安になって言い返すも、今度はさらに目の色が変わってジト目を向けてきた。
結局、そんな彼女の目つきの悪さに負けてしまい、少し長い黒崎さんの説明パートに入ったのだった。
「——って言う感じかしらね、私がここの街に来た理由は。ざっとだけど本当に言っちゃいけないところは伏せたし多分大丈夫だと思うわ」
特段変わらない表情で説明してくれたのだが、その内容は彼女の様子を裏切るようで真逆に近いものだった。
つまり、何かというと国家の主権に関するものと今後の北海道の未来を揺るがすこと。
前者に関しては俺も良くは分からなかった。
現状の「魔力」という制御形態によって日本も国力を取り戻していきつつある中、周辺のアジア諸国の動きがまた活発になってきたことで北海道にもS級のスキルをもつ探索者を配置し、他国をけん制したいとのことらしい。
これに関しても中々重要な話だとは思うが、今後絶対的に俺たちの生活に関わってくるのは後者の話だった。
それは——残り数日で北海道にあるいくつかのダンジョンで”何か”が起きる予兆があるということらしい。
そう、何かが起こるのだ。
何か、がだ。
ただ、その”何か”の正体は黒崎さんでも国のお偉いさんさえも知らないらしい。
事実分かっているのが北海道のすべてが変わってしまうほどの危ないことが起きるということだった。
俺としてはなんでそんなことが分かるのかとか聞きたいところだが、国が言っているのなら恐らく嘘ではない。
とはいえ、それをすべて黒崎さんが何とかできるものなのだろうか。
さっき、何でもはできないと自信なさげに言っていたし。
「あの……っ」
「何?」
「その何かに対して、黒崎さんは対応できるんですか?」
純粋な疑問を投げかける。
すると、黒崎さんの表情はまた硬くなった。
「——できるとかどうかじゃないわ。私がやらなきゃだめなのよ」
「……」
あまりにも力強い言葉にゴクリとつばを飲み込んだ。
よく見てみると黒崎さんの綺麗な瞳は左右に泳いでいる。手は震え、足も地団駄を踏んでいる。
緊張していた。
彼女は絶大なるストレスにやられて緊張していたのだ。
「だから、ここに来た。それだけよ」
言い切る彼女の口は秘かに歪んでいる。
「俺は何かできますか?」
震える彼女に俺は知らず知らずのうちに口走っていた。
しかし、帰ってくるのは呆れた表情に鋭い目つき。
「F級スキル持ちになにかできる話じゃないわ。だから、絶対に首を突っ込まないで」
「……そ、そうですか」
気迫、迫力、切羽の詰まるその声。
それを聞いて俺の中での彼女に対するイメージが少しだけ変わった。
何か、俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
彼女はただ、失礼だとかそういうものがあるわけじゃなくて、重圧に押しつぶされそうになっているだけなのだ。
国と人の命が掛かる大きな責任に。
俺には理解できない、そして一生背負うことのできない重圧に彼女は頭を悩ませているのだ。
俺とは変わらない年齢で力を持ってしまったがために。
「——ほら、次の場所案内してくれない? そんなところに立ち止まっててないでさ?」
「えっ、あ——はいっ!」
見惚れてしまったその背中。
その背中に俺の追いかけていた夢とか何かの果てがあるように思えた。
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