第5話「Fカップくん」


「よぉ、Fカップ君。今日はゴミ出し行ってきたか??」

「Fカップ君おはよ〜、私たちの教科書片付けといてくれない??」

「Fカップくん、今日掃除代わりにやっておいて〜〜」


 その日、俺の名前はFカップくんという名前になった。いじめられるだとか、馬鹿にされるだとか慣れてきたし、レベルの関係でそこまで傷付かなくなったはもののさすがにこの言われようはなんとも言えなかった。


 なんだよ、Fカップくんて。

 それは普通に黒崎さんにも失礼じゃないか? いやまぁ、分からないけどさ、黒崎さんの胸がFカップかどうかなんて。


 って、そこじゃないと思うけど。

 まぁ、とにかく俺は今後の人生、Fカップくんとして生きていくことになったのだった。




☆☆☆



「ねぇ、私なんで胸揉まれた人と一緒に歩いているのかしらね?」

「そんなの俺に言われてもわかりませんよ」


 周りの視線がすごく痛い。

 俺は担任の先生に頼まれて黒崎さんに学校内の施設を案内していた。もちろん、その理由は以前から知り合いそうだったからとのこと。


 俺は先生に言ってやりたい。

 彼女と俺には特別な関係もないし、以前からの知り合いでもなんでもない。


 朝の一件での「触った」「触ってない」論争をクラスの場で披露してしまったが故に先生には痴話喧嘩に間違えられ、クラスメイトからはより変なあだ名を付けられて決して一緒にいたいと思える仲ではない。


 出会うまでは国から重宝されるみんなのヒーローでもあり、美しく可憐で綺麗な人だなって感じのイメージだった“黒崎ツカサ”は今ではただの“ガサツでゴリラな恐い女”になっている。


 この自分よりも圧倒的に強い人にも容赦なく考えられるようになったのはレベルの影響なのか。俺じゃなきゃ勘違いして戦いを挑んで返り討ちにされてしまう。


 最近はしっかりとした法整備が取られてきたが、一応ダンジョン内はほぼ無法地帯と言ってもいい。弱肉強食という言葉が一番似合うくらいに、何かあったら他の探索者を囮にでもできる。


 昔はそれが極端に合法化しているためか、腕試しと称して殺し合いをする探索者も多かったという。


 今は普通に殺したら殺人罪に問われるがな。ダンジョン内は自衛隊と警視庁が共同で監視しているからな。


 とはいえ、そんなことよりもどうして俺はこの最強探索者と校内を歩かなくてはいけないのか。


 本当に視線が痛い。

 最強と歩く隣には最弱がいて、ヒソヒソ声が聞こえてくる。


「ねぇ、なんで黒崎様と一緒にいるのがFスキル持ちなわけ?」

「俺たちの黒崎様を独り占めするんじゃねえよ最弱」

「凸凹コンビすぎてワロけるわ。あれ、一種の見せしめじゃね?」


 あぁ、これは一種の見せしめと言ってもいい。

 レベルが上がって精神力がアップして本当に良かった。


「私、見せしめする趣味なんてないのだけれど?」


 すると、黒崎さんはすれ違いざまに変な噂をする集団を睨みつけた。


「ひっ!?」


 さすがの眼力に噂をする人たち全員が固まる。

 これがS級の力ってやつか、本当にすごい。俺なんて返り討ちにされるのに。


「あんまりいじめるのも良くないですよ、黒崎さん」

「あんたには何も言われたくない。ていうか、指図しないで。私よりも弱いんだから」

「……すみませんね」


 ギロリとその視線が俺に向かう。

 さすがに胸がキュッと掴まれるような感覚がして、目を逸らして謝ることにした。


「それにしても、これいつまでやればいいのかしらね?」

「いやぁ……なんか、先生に1時間目の授業使ってしてこいって言われたので多分あと50分くらいですかね?」

「ごじゅっぷぅん!? 長い、長すぎるわ」

「そんなこと言われても……俺だって授業したいんですから」

「あぁ、そうよね。というかあなたは授業受けなくても単位は取れるの?」


 グギ。

 何かが胸に刺さる音がした。


 正直、一番聞かれたくないことで唾を飲み込んだ。


「別に、無理に答える必要はないのだけれど。私、よく視線で脅迫しちゃうらしいから」

「いや別に、無理ってわけじゃないですけど」


 いやいやしせんで脅迫ってどういうことだよ。もしかして、こっちにきたのは誰かの尋問か拷問か何かなのか?


「まぁ、そのあれですね。さっきからみんな言ってますけど俺ってF級スキル持ちなんで学校では除け者扱いされてるんですよ。だから、別に1時間授業抜けても誰も気にしないって感じですね」

「へぇ、それじゃあ成績はどう付けられるの?」

「成績は留年しない程度に低いです。これでも試験ではいい点取るんですけど、ここではそんな成績意味ないですし。有名パーティのリーダーとか民間や国のチームを組むってなると別ですけど」


 ちなみに、有名パーティっていうのは民間企業でも国の組織でもなく、一般の探索者が作っている約4人から12人くらいのパーティチームのことで、Bランク以上の迷宮区ダンジョンで活躍しているパーティのことを指す。


 それに、まだまだ迷宮区ダンジョンは解明されていない謎が多いため、多くのAランク以上では奥深く進んでその謎を解き明かすために国や国連機関のチームや、大手民間企業のチームが多くある。


 時代が変わり、探索者時代とは言ったが魔力というものが発見されてからその競争は激化してる。暗黒物質ダークマターの発見が今ではかなりのトレンド化しているからな。


「まぁ、そうね。むしろよく学校に来ているわねあなた」

「ははっ。この歳にもなってまだ夢を諦めきれないので」

「夢……ね。久々に聞いたわ、その言葉」


 俺が苦笑いで答えると黒崎さんは少し思い出すかのように呟いた。


「そうなんですか?」

「えぇ。だいたい、Sランク迷宮区ダンジョンでそんなこと言ってる人は一人もいないわね」

「みんな現実見てるんですね」

「というよりも、そんなこと甘いこと言っている人はみんな前線で死ぬって感じかしら。あそこは一筋縄では行かないわ」


 遠くを見るような目でつぶやく彼女に俺は問うた。


「黒崎さんでも難しいんですか?」

「えぇ、世界は核兵器に勝る戦力だとかいうけど。そんなのまやかしよ。私は核兵器には勝てないし、戦争の道具じゃないわ。だいたい、このスキルっていうのはバランスよく出来ているのよ。だからこそ、Sランク以上の場所では軽く使える技程度で本気で行かないと勝てないわよ」


 黒崎さんでも手を抜けないとは……そんなところがあるとは初耳だった。でもまぁ、俺とは違って色々なものも経験してるんだろう。こんな性格だけど、しっかり芯があってかっこいいなと思ってしまう自分がいた。


「とにかく、上には上がいるのよ」


 言葉の重みが違う。

 これが頂に立つ者の言葉か。

 そう思いながら俺はこくりと頷いた。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「何?」


「どうして、黒崎さんは東京の有名校ではなく、札幌なんていう辺境の地に来たんですか?」


 すると、彼女の目が少しだけ変わった。

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