恋の始まりはお茶会で

taqno(タクノ)

短編

 フラウは平民の少女だった。貴族の世界に憧れて学園に入学したが、貴族は平民出のフラウのことなど認識すらしなかった。

 そして憧れだった貴族の世界は決して綺麗な世界ではなかった。身分や立場、親の肩書きや婚約者といった要素が非常に重要で、自分の立場を決めるステータスになっていた。


「みんなでお茶を飲んで、お菓子を食べて、仲良くしたかったのになぁ」


 もちろん平民のフラウにお茶会の誘いなど来るはずがなかった。

 せめて親に無理を言って入学させて貰った分、学んだことを活かして働いて恩返しをすることが、フラウの学校へ通う目的となっていた


「なんて灰色の青春なんだろう。思ってたのと違う……」


 憧れの学園生活はその実、貴族の子供たちから形成される社会の縮図だった。

 それなら平民の自分の存在感が薄いのも納得だ。しかしフラウはどうしても叶えたい夢があった。


「ねぇウィーネちゃん、よかったら今度、一緒にお茶会しない?」


「フラウも諦めないね。平民のあたしらが学校でお茶会なんて開いたら、貴族に目を付けられちゃうってば」


「そ、そっか……」


 フラウは同じ平民出の友人であるウィーネとよく一緒にいた。学園で気兼ねなく話せる貴重な相手だ。

 しかし学年が変わってからクラスが離ればなれになり、中々話す機会が減ってしまった。


「あたしも実家のお菓子屋をつぐために頑張ってるし、今のクラスには比較的優しい貴族様もいるんだ。だから将来のコネクションを作っておかないと」


「そうだよね、ウィーネちゃんはそのために学園に通ってるんだもん。頑張ってね!」


「ありがとう。フラウも卒業後の進路、きちんと決めときなよ? 実家は道具屋さんだっけ?」


「うん……といっても、初心者冒険者向けの小さなお店だけどね」


 フラウの実家は両親が協力して経営している道具屋だ。幸いフラウをこの学園に通わせる程度には儲けているが、決して裕福なわけではない。

 フラウのために無理をしてお金を用意してくれたはずだ。だからこそフラウはこの学園で将来の進路を決めなければならない。両親に楽をさせてあげるために。


「ウィーネちゃん、応援してるね! 私も将来に向けて頑張るっ!」


「うん。フラウのそういう明るいとこ、私は好きだよ」



 ウィーネと別れを告げて学園の中庭に行く。

 そこには貴族の令嬢たちが優雅にお茶会を開いていた。憧れの光景にフラウは目を奪われる。

 香しく湯気を立てる紅茶と、美味しそうに並べられた茶菓子。そして笑顔の令嬢たち。

 入学前に思い描いていた青春そのものだ。しかしフラウはこの茶会が優しい空間でないことを知っている。


「ご存じ? アーネンス伯爵のご子息が婚約破棄なさったそうですわよ」


「聞きましたわ。なんでも本当に愛する人を見つけたとか。婚約なさってたベルン子爵令嬢もかわいそうですわねぇ」


「わたくしだったら恥ずかしくて学校に来られませんわ。婚約破棄されるなんて、家の名前に傷をつけるようなものですもの」


「婚約破棄と言えばこの前、第一王子のシューデンス殿下が……」


(うわぁ……ドロドロな空気がしてるよ)


 貴族の令嬢がするお茶会は情報交換の場だ。お互いの近況だけでなく、どこどこの令嬢がやらかしたらしいだの、あまり面白くない噂話をするのが恒例になっている。

 それは貴族令嬢の自分の格付けを決めるために行われている。お淑やかにお茶を啜って、お菓子を味わうなんてことはない。


 フラウはそそくさとお茶会から遠ざかっていく。


「あんな風に人の悪口を言うんじゃなくて、純粋に楽しくお茶を飲みたいなぁ」


 彼女の夢である優雅なお茶会は、おそらく世界のどこかで開かれているのだろう。だが少なくともこの学園でフラウが見かけたのは、ああいった格付けと陰口の温床ばかりだった。


(このままじゃ夢のお茶会を諦めて、卒業するしかないよね)


 平民の利用する喫茶店でもお茶と菓子を食べる機会はある。それで妥協しようじゃないか。そう思っていたフラウだった。


 しばらく歩いていると、普段は通らない道を通っていることに気付いた。周りを見ても生徒はいない。もしかして迷子になったのかも。

 そう思っていたフラウだったが、周りの花が綺麗に手入れされていることから、少なくとも誰かが管理している場所だとわかった。


「綺麗な場所……。他の花と違ってここだけ別世界みたい」


 赤く咲き誇るバラの美しさに足を止めるフラウ。

 さっきの令嬢たちがお茶会を開いていた場所にも、綺麗な花はあった。だがここにあるバラは他の花とは比べものにならない魅力があるように思えた。


「わぁ、こんな綺麗なバラ初めて見たかも。うちにも昔、バラが飾ってあったんだよね」


 ここに咲いてあるバラとは比べようもないけど、とフラウは苦笑する。

 それにしてもここのバラは本当に綺麗だ。フラウは美しく咲いた赤いバラからしばらく目を離せないでいた。


「そこで何をしてる」


 不意に声を掛けられ、フラウはぎょっとした。振り向くとそこには金髪の美しい男性が立っていた。

 おそらくこのバラ庭園の管理者なのだろうとフラウは思った。


「すみません、このバラが綺麗でつい見とれちゃって……!」


「ここは私のプライベートスペースだ。無闇に立ち入られては困る」


「そうだったんですね! この綺麗なバラはあなたが育てたんですか!? すごいです!」


「私一人じゃなくメイドにも手伝ってもらって……って、人の話を聞いてるのか? ここは私が安らげる貴重な場所だ。出来れば立ち去って欲しいんだが」


「あっ、すみません! お邪魔しちゃいましたね、ごめんなさい」


 フラウはお辞儀をして男の前から立ち去ろうとした。もう少しこの綺麗なバラを眺めていたかったが、持ち主の許可を得ずに長居をするのはいけないと考え、来た道を戻ろうとする。


「……君はそんなにこのバラが気に入ったのか」


「え? そうですね、他の花と違ってとっても綺麗で、育てた人もきっと優しい人なんだろうなって伝わってきました!」


「そう面と向かって言われると恥ずかしいな」


「……え? ああっ、そうでした! あなたが育ててたんですよね!」


 本人を目の前にべた褒めしたことに気付き、顔を赤くするフラウ。

 その純真さを目の当たりにした男は、固く結んだ口をわずかに綻ばせた。


「そんなに気に入ったのならもう少しだけ見ていくといい。その代わり、このことは誰にも言わないでくれよ」


「わかりました。二人だけの秘密ですね!」


 その日からフラウと男の、奇妙な関係が始まった。



 ◆



「今日も来たのか。飽きないな君も」


「だって毎日バラの表情が変わるんですもん。何度見たって感動します」


 初めてバラ庭園に訪れてから数日、フラウは毎日ここに通っていた。

 バラ庭園の主である男も、フラウが訪れる時には必ずここにいて顔を合わせていた。


「あなたはいつもここにいますけど、授業は大丈夫なんですか? 単位落としちゃいますよ」


「私は大丈夫だ。成績優秀だからな。君こそどうなんだ。毎日毎日ここまで通っていて、時間がもったいないだろう」


「私はこの時間に授業を取ってないから平気なんです。それに時間がもったいないなんて、ありえませんよ」


「ほう?」


 フラウの言葉に少し興味を持った男はじっくりとフラウを眺める。

 その視線はどこかフラウを値踏みする意図が含まれていた。


「私の家は平民だけど、貴族の学校に憧れて入学したんです。でも実際は貴族のお嬢様たちは怖くて、中々仲良く出来なくって。目立たないように学校生活を送るくらいしかやることがなかったんです」


「今は違うと?」


「はい! こんな素敵な場所でくつろげるなんて夢みたい! あとはお茶会が出来れば思い残すこともないんだけどなぁ」


「お茶会……?」


 男はお茶会というワードに首をひねる。貴族なら誰しも経験するお茶会になぜ憧れているのだろう。平民だからだろうか。それとも何か別の理由でもあるのか。


「お茶会ならそこら中で開かれているだろう。頼めば平民出身の君も参加させてくれるんじゃないか?」


「それは、その……。実際のお茶会を何度も見たことがあるんですけど、なんていうか」


「陰口と噂話ばかりで幻滅したか」


「はい……。思ってたのと違いました」


 なるほど、と男は頷いた。おそらく彼女が思い描いていたお茶会とは、平穏で優雅な純粋にお茶と菓子を楽しむものなのだろう。確かにそういったお茶会はなくはない。だが生徒同士のカーストを競う学園内だと、そんなものは存在しないだろう。


「ならやってみるか?」


「やるって、何をですか?」


「お茶会だよ。君が望んでいる形に沿うかはわからないがね」


 男はくすりと笑って、そう言った。



 ◆


「お願いウィーネちゃん! お茶菓子売って!」


「どうしたの急に」


 フラウは友人のウィーネに、急にお茶会が開かれてお茶菓子が必要になることを伝えた。


「あのフラウが男と二人でお茶会ねぇ。どこぞの貴族様のお眼鏡にかなったのかしら」


「そ、そういうのじゃないよ。でもそういえばあの人、どこの貴族様なんだろう」


「知らない男の誘いに乗るなんて、あんた大丈夫?」


「うう、ごもっともです……。でもあの人はきっと、優しい人だと思うんだ」


 真面目な顔でそういうフラウに、友人であるウィーネは苦笑する。フラウが信用する相手なら大丈夫だろうと納得することにした。


「じゃあうちのお菓子を分けてあげる。特別だからね」


「ありがとうウィーネちゃん!」


「せっかく夢だったお茶会が開けるんだから、楽しんで来なよ」


「うん!」



 ◆



 そしてお茶会の日。


「殿下、お茶の準備が整いました。お茶菓子もフラウ様がご持参の物を配膳します」


「うむ、頼む」


「ええー!?」


 バラ園の男の横でメイドが配膳をしていた。それは貴族なら普通だろう。しかし今このメイドは男のことを『殿下』と呼んだ。つまり目の前にいる男は……。


「あなた王子様だったんですか!?」


「今更気付いたのか。というか今まで知らなかったんだな」


「だ、だっていつも一人でお付きの人もいなかったし。殿下が一人でいるなんて思いもしなかったから……!」


 王子はクスクスと笑う。


「言っただろう。ここは私がくつろげる場所だと。それなのにメイドを従えてたんじゃ意味ないだろう」


「それは、そうかも?」


「驚かせてしまって悪かったな。改めて私の名前はシューデンスだ。一応この国の第一王子をやらせてもらっている」


「ふ、フラウ・ブロッサムと申します! で、ででで、殿下!」


 今まで気さくに話しかけていた男が、実はこの国のトップの人物だったと知り驚きを隠せないフラウ。しかしそんな様子も楽しそうにシューデンスは彼女を眺める。


「あまり硬くならないでくれ。私と君はすでに友人だ。いつものように話してくれていい」


「それはちょっとハードル高くないですか?」


「その方が落ち着くのさ」


 そこまで言うなら、とフラウは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。


「今日はありがとうございます。こんな素敵な場所でお茶会できるなんて」


「君があまりにもここを褒めてくれたんでな。その礼ということで」


 フラウの目の前に香しい紅茶と、ウィーネに用意して貰ったお茶菓子が配膳される。

 その後メイドはシューデンスに頭を下げた後、バラ庭園から立ち去った。


「あの、いいんですか?」


「メイドたちがいたままだと、君も落ち着かないだろう? 今日のお茶会は君の望む、平穏で優雅なものをテーマにしているからね」


「ありがとうございます。何だか気を使って貰ったみたいで悪いです」


「むしろこっちがお礼を言いたいくらいだ。貴族同士のお茶会だと何かと面倒でね。私の立場上、色々な貴族が取り入ろうとして非常に厄介なんだ」


「殿下も大変なんですね」


 貴族のお茶会は外から見ていただけのフラウでも怖いと感じた。シューデンスは第一王子という立場でお茶会に参加しなければならない。その恐ろしさはフラウには想像もつかなかった。


「だからこそ、君の言う平穏なお茶会に興味が湧いた。私も何の気兼ねもなくゆっくりとお茶と菓子を味わいたかったのさ」


「それならよかったです。殿下も今日はのんびりと楽しみましょうね」


「のんびりか。本当に君といる時は、私はゆっくりと落ち着ける。うん、お茶を美味しいと思ったのは久しぶりだ」


 紅茶を味わう仕草ひとつを取ってみても、シューデンスの高貴な佇まいが見て取れる。

 今までどうして気付かなかったのか、フラウは自分のまぬけさに恥ずかしくなった。

 しかしそれを表情に出さず、シューデンスと同じようにカップに口を付ける。


「あ、美味しいです……。私が今まで飲んでたお茶は水だったのかってくらい、香りが素敵です」


「君は面白い表現をするな。さて、お茶菓子の方もいただこう」


「それは私の友達の家が作ってるんですよ。殿下のお口に合うかは分かりませんけど……」


 今思えば王子に平民の家のお菓子を出してよかったのか、とフラウは非常に後悔した。

 だがウィーネの実家のお菓子はとても美味しい。平民とか貴族とか関係なく、きっと満足してもらえるはずだ。

「これは……私が味わったことのない菓子だな。甘さはあるがくどくない……お茶にも合う」


「それは東方の国のお菓子なんです。豆を潰してペースト状にして、砂糖と塩を混ぜて作るクリームらしいです」


「なるほど。君の友人はいい菓子を作るんだな」


「はい。自慢の友達です!」


 二人はその後も他愛のない話をして、お茶と菓子を楽しんだ。

 そこには平民と王子の確執などなく、ただ二人の少年と少女がいた。

 のどかな時間の流れがバラ庭園に流れていた。




「そろそろ時間だな。残念だが今日のお茶会はお開きのようだ」


「そうですか。まだまだ話し足りなかったですけど、とっても楽しかったです。殿下、本当にありがとうございました!」


「うん。私も有意義な時間を過ごせたことを感謝する。フラウ嬢、もし……」


 メイドたちが片付けをしている中、シューデンスは席を立ち上がりフラウに近付いてきた。


「もし君さえよければ、またこうして二人でお茶を飲んでもらえないだろうか」


「わ、私なんかでいいんですか!?」


「君じゃなければ駄目みたいだ。どうやら私は君のことを非常に気に入ってしまったらしい」


 なんて他人事のようにとんでもないことを言っているんだ、とフラウは驚いたがよく見るとシューデンスの耳が赤くなっていることに気付いた。まるでここのバラのように真っ赤に染まっている。シューデンスも内心は恥ずかしいようだ。


 そんなシューデンスの姿を見て、フラウは等身大の男の子としてシューデンスを見ることができた。

 どこにでもいる、お茶とお菓子を味わって、誰かとの会話を楽しむ少年。

 もし王族というしがらみで疲れている彼を、自分なんかが助けになるのなら……。


「私でよければよろこんで。これからもよろしくお願いしますね、殿下!」



 これは二人の少年少女の恋の始まり。

 平民と王子という身分違いの二人は、秘密のお茶会でその愛を深めていくことになるのだった。

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