第2話 さて何をさせる気なんです?

「私が管理をしている世界には大きく分けて人間族と魔族の2つの知的生命体が住んでいます」

「わざわざ分けてるけど、何か大きな違いが有るわけ? 魔石が有るとかないとかさ」

「いえ、魔石はどちらもありますね。ただ、魔族は魔臓という魔力生成器官を備えているため、人間族と違って大気中の魔素に頼らずとも、自ら魔力を生成できちゃったりします」


「ふーん。見た目的にも明らかだったりすんの? ヒューマンとエルフとドワーフなんかの人っぽいのが人間族で、アラクネとかケンタウロスとかラミアなんかが魔族みたいなさ」


「うーん、一概にそうは言えませんね。見た目がヒュームと瓜二つでも魔臓があったら魔族、見た目が可愛らしい喋るネコチャンでもそれが無かったら人間族って感じです」

「あーうん、なんとなく面倒な感じなのはわかった。続けていいよ」


「で、ですね。実はちょっぴりユリカゴ――管理世界のことですね、それの調整を失敗しちゃいまして……えへへ。なんと言いますか、その……未だ『国』という概念が誕生していないレベルでして……人間族にも魔族にも長老みたいなのは居るんですけどね、大きな集合体が生まれないままかれこれ3000年。なんかもう、今日を生きられれば良いって感じで牧歌的に暮らし続けてるんです……魔族なんて殆どが集落も作らず森やなんかでプラプラそしてる始末で……はあ……」


「んー、つまり原始人レベルで止まってるってことなん?」

「いえ、人間族に限って言えばそこまで酷くは有りませんよ。家を作り、田畑を耕し、弓で獲物を狩って生活していますし、道具を作って生活をしている人たちも居ますからね。魔族も人間族ほどでは有りませんけれど、一応は文明を築いては居ますし」


「そんくらいなら焦ることねんじゃね? ほどほどの文明レベルで、争いも無く日々穏やかに鍬を振る長閑な世界なんだろ? 平和でいいじゃんよ」


「今後この状態で世界に何か大きな災厄が発生したとしましょう。統べるものも居ない、立ち向かう知識も武器も無い。ただ恐れるだけで最後の時を迎える……今の状況は種の滅亡に繋がり、やがては世界の崩壊につながるのです。既に緩やかな崩壊に向かっていると言えるのです」


「あー……大災害が起きたらひとたまりもねーわな。ほわほわした絵本の世界に戦闘民族が降り立ったらって考えると酷い未来しか浮かびませんわ。コグマチャンがスキンヘッドのおっさんに成すすべなくクンってされちゃいますわ……」


「それ想像すると胸がすっごい痛むからやめなよ……いやまあ、実際それに近い状況なんですけども……。ですので、人類と魔族それぞれが等しく繁栄し、時には争い、互いに生き抜くために知恵を絞って文明を発展させていくことが大切なのですよ」


「争いね。俺はあんま好きじゃねーけど、戦争は文明を発達させるとか言うもんな」


「今でも狩場で遭遇した際に争いに発展することがあるようですが、どうも後に引きずらないんですよね。睨み合って、ちょっとやりあっておしまいで、狩りの邪魔だから住処を見つけて討伐してやろうとはならないのです」


「それだけ聞くと、平和ってのもいいなって思うけど、先の事考えるとそうも言ってられんか」


「ですです。双方が国家を形成し、ある程度の発展を遂げた後であれば平和であることに越したことはありません。しかし、現状は流れが止まった泉のようなもの。それはやがて淀み、そして腐り果て生命を育むことができなくなる。そこに投じる新たな水流があなたなのです! そう、あなたに頼みたいことは唯一つ! 住人の意識改革を進めて文明を発達させ、国を興させる! それがあなたへの使命です!」


「なんか盛り上がってるとこ申し訳ねーけどさ、俺に知識チートで異世界改革とか求められても困るぜ? ちょっとオタクなふつーのあんちゃんよ? 指導者とかぜってー無理だし、意識たけーこと言えねーし。明らかに人選ミスだと思いまーす」


「ふふ、そこは心配ご無用です。そこまでガチらなくても良い、というか貴方は普通に生活するだけでいいんですから」


「と、いいますと?」


「同僚にお願いして原因を調査してもらった結果、ちょっとした調整ミス……というかバグのせいで住人たちの向上心が芽生えにくくなっていることが判明しました」

「バグ……?」


「ええ、パラメータを確認した結果、どうも、新しく何かを産み出して生活を便利にしてやろうという考えに至らないといいますか、大きな変化を求めないといいますか……」

「料理の味が物足りなくても『こんなもんやろ』で済ませたり、隙間風が入る家しか建てらんなくても『風吹いたらそうなるわな、しゃあないしゃあない』と大して気にしなかったりする感じ?」


「ですね。肉に塩かけて焼いて食べたらご馳走で、もっと美味しくしようとは考えません。畑も収穫量を上げようとか考える事はありませんし、狩りにしても道具が悪いのに気づけないまま代々使われてる通りの粗悪品を使い続けたり、それならそれで作戦を立ててうまくやればいいのに、そう考える者が現れず……ってな感じなんですよね」


「でも、家建てたり、道具を作ったりする程度の文明は起こせてんだろ? 全裸で木の実食べる生活から進化できてるじゃん」


「そこはまあ……流石にね? こりゃ駄目だってなってから、細々と神託を下して、色々知識や技術を授けたり、実物を配置してお手本を示したりしてたからね? なんとか日本で言う弥生レベルにまでは育ったんだけどさ……でも、私の干渉だけじゃバグはとれなくって。結局、私がテコ入れした状態で進化がストップしちゃって今日に至る……って感じなわけで」


「バグっつうかなんつうか……異世界ノベルで住人をバカに書きすぎって言うやつがいるけど、マジでバカな異世界人だらけの世界にしちゃったのかよ……」


「ちょっと! うちの子達をバカって言わないでよ! バグで新しい事に挑戦する力が弱まってるだけだもん! ギリギリ中世レベルから進まなくなっただけだし! 通貨とか無いから物々交換してるけど! みんな日々を元気いっぱい生きてるんだから!」


「どうどう、落ち着け落ち着け素が出てる。わかったわかった。わかったから続きを話してくれ」


「はあはあ……すいません、取り乱しました。えっとですね、同僚のおかげで外部からの……ぶっちゃけると異世界人がもたらす刺激がバグパッチとして働くって事が判明しましてね。まあ、なんといいますか、貴方が引っ掻き回せば世界が動き出すって感じでして」


「なんかありがちな設定が出てきたが、俺がバグパッチに……ねえ?」

「貴方の行動が人間族や魔族へのいい刺激になって、パラメータが修正されて住民たちが新しい事をしようって気になるんですけどね? なんとそれが人から人に伝達していくんですよ! 貴方の影響で新しい事を始めた人と接触すると、自然と『いいな、私もやろ!』ってなるんです!」


「なんか俺やべー薬とかウイルスみてえな感じになってんだけど……」

「逆だから! 君はうちの特効薬なのよ! ねえ、もう君しかいないのよー! おねがいよー! このままじゃ破滅なのー!」

「ええい、腰に縋りつくなっ……つうか、俺はそんな刺激的な生活なんて出来る自身はないぞ? 休みを部屋から出ずに過ごすマンをなめんじゃねえ」


「別にふつーでいいんですよ。日本人にとっての『ふつー』はうちの子達にはふつーじゃありませんからね。明らかに自分たちより『上の生活』をする姿を見せつけられれば、流石に羨ましくなるはずなんです。貴方が『こういう時はこうすんだよ』ってドヤ顔知識チートかまして教えてあげれば『な、なんとそんな方法が!』なんて言ってみんな真似するでしょうし、一度生活水準を上げれば後は……ね?」


「異世界人小馬鹿にしたようなノベルみたいに『これがコップです!』とかやりゃあ『コップすげー! お水がこぼれないぞ! もうこれがないと生活できない!』ってなって後は連鎖的に『コップを持ちやすくするために取手をつけてみたぞ!』とか開発するようになっていくって感じ?」


「そこまで酷いレベルじゃないけど……でも方向性としてはあってますね。日本人として『ここが不便だな』って思ったところを改善して見せれば喜んで真似するようになるはずよ。それこそ森のスパイシーな木の実を肉に振りかけるだけで神扱いされると思いますよ。そんなこんなが転じて、やがては国を興そうっていう住人も現れると……ね? 簡単でしょう?」


 なんか気楽な事言ってるけど、マジでそんなもんでいいの? ポンプとか作んなくてもいいんだ? お世辞にも賢いとは言えない俺だけど、ほどほどでいいなら素の知識でもやれない事はないかな。


 まあ、やる以外に選択肢はなさそうだから頑張るけどさ、先に明確な任期だけは聞いておこう。これは確認しておかないとぜってーやべーからな。


「長い事頑張っても目に見えて効果が出なかったらどうするんですかね? かれこれ今年で5億年……未だこの世界はその日暮らしの野郎どもが跋扈ばっこしておる……とか嫌なんですけど」


「さ、流石にそうはならないと思いますけど……そうですね、そこは流石に区切りを設けましょうか。こちらの世界で二年。そこを区切りとして、2年目の終わりに貴方が望めば任期満了ということで元の世界に帰します。勿論、契約更新してもらっても構いませんが」


 最低でも2年こっちで暮らせば元の時間に戻れるってわけね。


 しばらく仕事から離れて、のんびりとした世界でだらだら病気も怪我も加齢も無く暮らせると思えば悪くないのかもしれないな。2年って長いようであっという間に溶けるしな……。


「もちろん、報酬も出しますよ。しかも今なら二つ!」

「二つ!?」

「一つはこの後すぐあげちゃいます。私の世界で困らないよう、特別に好きな加護をあげちゃいます! そしてもう一つは依頼が終わった後、帰る前に貴方の望みを叶えるという感じでどうでしょう?」

「じゃあじゃあ! 日本に転移できるスキルちょーだい! 一度帰って作戦を練って、後はこれたら来る感じでがんばるわ!」

「はい……それがあなたの望み……え! ちょ! だめよ! 無しなーし! それはむーりー! てかそれ絶対来ないやつでしょう!?」


 せっかくここまで女神らしく喋っていると思ったのに台無しだわ。ひどくあわてた様子でバタバタとする女神はそこらのねーちゃんと変わらないね。


「冗談だって! 気楽に過ごせるなら旅行と思って楽しめるだろうしさ、いいよ、やるよ。っていうかやるっていうまでここから出してくれないんでしょ?」


「ほんと!? やったあ! ありがとう! あーたすかったあ! これでブーケニュールの奴からあれこれ……あ! んんっ! こほん……強制はしませんが、話し合いがうまくいかなかった場合は腰を据えて念入りに交渉をするつもりでした。その場合、人の時間で言えばかなりの時が流れたかもしれませんね。それってめっちゃ残業するってことじゃないですか。残業ってめちゃくちゃムカつくじゃないですか。カッとして時間巻き戻し特典をつけるの忘れちゃってたかもしれません。だから……快諾して下さって良かったです。お互いに」


 時折出る素が気になる。ブーケニュールの奴とかなんとか……


 いや、それ以上に気になることを言っているぞ。人間の時間でやたら時が流れるとか、巻き戻しはつかってやらねーとか……ごねたり断ったりしなくてよかったのかもしれないな……こいつ可愛い顔して地味におっかねーこと考えるタイプだな? あんま怒らせねーようにしとこーっと。


「では……あなたに加護を与えようと思います……」

「まってました!」


 色々グダグダ言ったけれど、こういうのって地味に憧れがあったからね。もしも俺が異世界にいったなら何をしてもらうのかってネタは日々考えてたのさ。


 ずっと温め続けていたネタを今ここで叶えてもらうぞ!

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