第5話 生まれてきた意味

 ノックが聞こえたのは、人間の女の子と組むと聞かされてから程なくの事だった。

「新山です。失礼します」

 声の感じに私は驚いていた。腕利きのスカウトマンとなればその道のベテランでそれなりの年齢だと推察していた。しかし声の張り方が若々しい。

 その予感の通り、入ってきたスーツの男性は若い男性だった。自分が芸能活動した方がアイドルなり役者なり、稼いでいけるレベルの二枚目だ。氷見博士でなくとも世の中の女性の大半は見とれるのだろう。

「出張お疲れ様でした」

「氷見博士、お久しぶりです。そして、はじめまして、舞さん」

「よ、よろしく」

 ちょっとフライング気味に話し掛けた氷見博士にもにこやかに返した後、彼は私に向かって笑みを向けた。

 おそらく彼は誰に対しても向けるいつもの笑顔で話し掛けたのだろう。だが、ロボットとはいえ若い女性の姿をした私にはあらぬ考えもわずかに過ってしまったのだ。

 それは返せば、既にこの体に意識が適応し始めている。それが怖い。

 素早く名刺を出して来たが、納めるポケットもない服だったので、画像を記録してお返しした。

「出張ご苦労様」

 改めて社長が新山さんにねぎらいの言葉をかけると、彼は社長に向き直り、やや興奮した様子で問い掛けた。

「地域指定のスカウトはこれまでにもありましたが、宮崎の高千穂限定と聞いた時は耳を疑いましたよ。もしかして事前に彼女の事を知っていたんですか?」

 社長のねぎらいに、彼は扉の向こうにいるであろう、連れてきた女性に視線を向けていた。

まだ入らないように指示を出しているのだろう。

私達からはまだ姿を見ることが出来ない。

「いやいや、ただ君に任せただけだよ。この企画に相応しい子を連れてきてくれると信じていたからね」

「奇跡に奇跡を掛け合わせたかのようなこれ以上ない逸材を見つけましたよ。伝説になれますよ!」

 スカウトの中でも特に腕利きというのは本当だろうかと疑う程に興奮した様子だ。落ち着きがないのが欠点なのか。芸能活動には度胸と落ち着きが必要と、かつてのヒーロー活動中に知り合った芸能ロボットが語っていた。タレントをやるよりはスカウトで活きていく性格なのだろう。

「では、早速その伝説の卵を通してくれ」

「はい! お待たせしたね。中へどうぞ」

 開いた扉のすぐ前から新山は隣に移動し、その陰からいよいよ、伝説の卵が姿を表す。


 私の率直な意見を言わせて貰うなら、無垢。

古風とも言える。現代にここまで擦れてない、箱庭育ちのお嬢様がいるのかと思う程。瞳のあどけなさは年齢を知らないいまの推定より幼く感じさせる。日焼けを知らないかのような白い肌。私の人口皮膚の方が健康的に写るだろう。

 私より背は低いが標準だろうか。そして眉のあたりで切り揃えた前髪や真っ直ぐな黒髪の長さも背中の中頃なのは私と同じか。いや、事前に情報を得てそれに私を合わせたと思われる。格好もデザインの違いはあれど白のワンピースだ。初めから揃いにするつもりだったな。

 しかし、スカウトに応じてこんなところまで来た内心は不安で一杯だろう。彼女は私の姿を見てあからさまに動揺していた。

「は、はじめまして」

 裏返った第一声に私は自分と同じ不安を持つものへの同情と、庇護欲を感じた。

「はじめまして。私は舞。君と共に活動するロボットだ。よろしく」

 私が握手を求めて手を前に出したが、その手は氷見博士に止められた。

「ちょっと待って。まず社長から大事な話があるから」

 なるほど、この子の挨拶もまず社長から先に済ませてからだったか。

「失礼しました社長」

 私が一歩退くことで、少女は社長に向き合う。

「私がイズモプロダクションの社長、高見です。遠くからで疲れたでしょう。簡単な説明が終わったら、とってあるホテルでゆっくり休んでもらうから、もう少し我慢してね」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いいたします」

 第一声が更に裏返ったように、少女の声が沈み混んでいる。私を見た後から、周りに視線を巡らすうちに、その表情が緊張感から悲壮感へと変わったと感じたのは、私の思い過ごしだろうか。

「舞ちゃんが言ったように君はこれから、二人組のアイドルユニットとして活躍してもらう。その為の準備は進めているから、まずは環境になれて欲しい。サポートはマネージャーとなる人員が務めるが、そのうちの一人がこちらの氷見博士だ」

 社長が机の上にあるものをがさがさと探りながら説明を続ける。忙しいのだろうが書類やフリップがまとまってなくて見ているとイライラしてくる。が、そこはいい。

 少女の落ち込みようは楽観視できないレベルに達していた。肩の細かな震えは見過ごせない。

「もしかして、後悔しているのか?」

 私の呟きに少女は顔を上げて、ブルブルと首を振る。気丈に否定して見せるその眼が潤んでいたが、追い詰めるようなことは避ける。

 代わりに社長に向き直る。

「社長、私が働く事は他にもいくらでも方法があります。彼女を巻き込んでまでアイドルをする必要があるのですか?」

「舞ちゃんはまだアイドルに抵抗があるのはわかった。だが君にかけた多くの資金の回収には最適かつ安全な事業だ。今更変えられんよ。そして彼女の芸名を眼にすれば、君の認識も変わるだろう」

 そう口にした社長が一枚のフリップを掲げる。

芸名と記したその下の部分がシールで隠されている。

「彼女の本名は知らなくていい。今から発表する名前を覚えておけばいい」

 今にして思えば本人含め、他の人たちも彼女の名前を口にしていなかった。初めから名乗らせないようにしていたのか。

「何故隠すんですか」

「貴女のためよ舞。貴女が自分を保つ為に」

「何をそんな…」

 と、博士に抗議しようとした時、それは起きた。フリップに貼られていた芸名を隠すシールが、保持力が足りなかったのか音もなく剥がれ落ちたのだ。おのずと視線は隠されていた芸名に向いた。


 博士の言葉の意味が、理解出来てしまった。

 この名前を付けられた少女は、スカウトされた素養を除けばごく普通の一般市民だ。それも理解している。

 道化芝居。それでもいい。

 私は即座に少女の前に跪く。


 この感情を、起動して幾年月ずっと求めてきた。なりたくなかったものに、私は喜んでなろう!

 この日より私、元マイティーゴウこと舞と、日ノ本ミカド様との芸能活動が始まるのだ。

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帝様の為ならば! 元ヒーローロボのアイドル稼業 ログシー @sanzain-rouhi

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