第4話 大いなる返済

 氷見博士が社長室の扉を叩く。

「おっ! 待ってたよ! 恭華君、マイちゃん!」

 部屋の奥の方からの声だと言うのに良く通る声に、私は聞き覚えがあった。

 今の声は高見専務では?

 出雲重工の東京支社、ロボット開発のトップであり、氷見博士や私にその手腕と顔の広さを用いて多大な援助をしてくれた大恩ある人だ。

 最初は必殺のパンチしかなかった私に幾つかの武装を授けてくれた。その使用が許されているのも表に表せないツテで警察側に手を回しているからだそうだ。

 そこはいい。今はいい。

 マイちゃんとは誰の事だ。ここには私と氷見博士しかいない。

「まさかとは思うが」

「失礼します」

 氷見博士にそこに疑問を感じた様子は見えなかった。確定だ。マイとは私の事だ。

マイティー・ゴウからマイなのか。え? ゴウは?

 どちらかというとゴウが前の名前の名残なのに。

 釈然としない思いはあるが博士に続いて社長室に入った。

まだ奥に大きな机があるだけの社長の威厳を見つけられない部屋だ。そこに一人立つ高見専務、いや今や高見社長か。背は低いが体は歳を重ねても鍛えていて、姿勢もいい。そのにこやかな笑顔と同じく輝く頭皮をお持ちだ。

「試験モデルの出来も良かったが、こうして正式稼働する姿を見るとやはり本物の良さというものがあるな!」

「高見専務が社長になったとは驚きましたが、まず私にこんな体を与えた事について説明して欲しいのですが」

 長い付き合いでもある。不躾な質問だが回りくどく聞くより直球の方がいい。

「まだ詳しくは聞いていないというわけだね。いいよ。説明しよう」

 私の事を上からしたまでグルグル回りながら見ていた社長は、少し声をおさえて自分の椅子に戻った。パイプ椅子ということには触れないでおこう。

「君にマイティー・ゴウという体を与えたのは氷見博士だが、最初の時点から出雲重工はその体、装甲、センサー、動力源、エネルギー、あらゆる形で物質の提供をしてきた」

 それは知っている。氷見博士の個人の資産で造れるものではない。

「もちろん、氷見博士の技術提供や様々な強力もあって、出雲重工は大きな利益を得たことも事実だ。だが、君のヒーロー活動への支援というものは市民の平和という価値はあっても、会社にとっては大きな損失を重ねてきたことになる。具体的な数字は言わないでおくよ」

 話を聞いていれば、その先の流れはおおよそわかってきた。解りたくなかった。

「つまり、私は多額の負債を芸能活動で補填する義務があると」

「君の戦いが終盤に向かう時期から、氷見博士とは先のことを話していたのだよ。既に芸能の世界で活躍するロボットは多数いる。それこそ歌の世界、アイドルもだ。それらのバックには大小問わずメーカーがついている。だが、出雲はこれまでそういう事には手を出してなかったのでね。君の今後の事を考えたら、ちょうど良い機会だと、社長に打診して、芸能担当の子会社を立ち上げたのだ」

 余程急拵えで用意したのだろう、買い手のつかないような古いビルの1フロアを借りての仮の事務所。出雲重工が体裁を考えないはずがないから、そのうちまともな場所を用意されるのだろうが、今はこれだけか。

「そして、我が社の名はイズモプロダクションだ。その所属タレント第一号が君。マイティー・ゴウ改め、舞だ!」

 そう言って社長は机に伏せていた板を起こした。フリップというものだろうテレビなどで使われるボードに社名のロゴと『舞』の一文字が印されていた。

 漢字だったんだ。そして、私はこれから舞と名乗るのか。

 借金を返すために労働に従事するのか。ますます人間じみてくる。

「社員はもしかして、ここにいる二人と私だけですか?」

 氷見博士からは時折注意されるのだが、つい私を人数から外して分けて聞いてしまった。

「いやいやさすがに三人だけじゃ多忙になる芸能活動は回していけないよ。事務の人も雇っていくし、氷見博士の他にも君たちの担当をするプロデューサーを用意するからね」

 ん? 今何か違和感を覚えた。君たち?

「君たちということは私以外にもアイドルをする人が? 博士?」

「そんな訳ないでしょ」

 だよなぁと納得したら睨まれた。これも女心というものか。勉強したくない。

「単にロボットアイドルだけを売り出すのでは独自性が足りない。それに心を持ったロボットである君もやる気が出ないだろうと思ってね。もう一人、人間の女の子と二人組のユニットとしてデビューして貰う」

 人間と? 同型のロボットとではなく?

それが私のやる気のため?

「新山さんっていうその筋では右にでる間のはないというスカウトさんが貴女の相方を連れてきてくれるのよ!」

 そう言う氷見博士の顔が先ほどとは一転して緩んでいた。あ、新山さんってかなりの男前なんだろうな。

「彼が見定めた子なら安心して我が社を任せられるよ。舞ちゃんもきっと気に入るだろう!」

 余程信頼の置ける人物なのだろうが、これまで経験したことのない事が待ち受けているのに安心など出来るものじゃない。

 私は、マイティー・ゴウに戻りたい。

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