第3話 人間になっていく恐怖
「この歯で鋼鉄を噛み砕くことは出来るのか?」
「美少女アイドルの口でそんなこと出来るわけないでしょ」
人間の口の動きを再現する顎パーツのいくつかを用意され、そのうちから顔のフォルムに合うタイプを選別して調整する。
先ほどの私の言葉に合わせて私の口はその言葉を発したように滑らかに可動している。
「美少女アイドルの顎のサンプルに割れた顎が並んでいるのはどうなんだ?」
「あくまでこれだけの種類があるってことよ」
氷見博士は淡々と応え、次の部屋へ私を案内する。
顎パーツを繋ぎ会わせたあと、接合部をはじめ、既に処理を施されていた目元に合わせて、身体全体に人口皮膚の吹き付け作業に入る。といっても、完全に人の姿にする訳ではない。ボディーカラーが人の肌の色になるだけだ。完全な再現となるのは手足の指に爪を貼り付けるくらいだろう。その作業は人口皮膚の定着にも時間がかかったため氷見博士は帰宅し、翌朝から次の作業に取りかかった。
その一室は美容室になっていた。人間ならば見慣れているであろう専用の椅子の前には流し台のある大きな鏡台。そしてハサミを手にした白衣の男性。マスクに白の頭巾までした彼は一礼して私に椅子を勧めた。
「最初だから長さを揃えるだけでお願いします」
「解りました」
博士からの指示に従い、彼は手慣れた動きで私の髪の長さを整えていく。
「髪型の具体的な決定は社長と打ち合わせてからになるわ」
「出雲重工の社長が?」
「ちょっと違うわね。ここは正確には出雲重工から派生した新しい企業になるの。今いるのは東京支社の施設だけど、事務所は別にあるから」
博士の言葉を頼りに全容をまだ掴みかねているが、美容師のハサミが顔の前に近づくのを見てじっとしていることにした。口を動かさずに発音することは可能なのだが、基本は口が連動するように設定してある。これにも慣れていかないといけないので、軽率に設定を変えるのは慎む。
美容師の手捌きは見事なもので数分で前髪は眉の高さ、腰まであった髪を背中の半ば辺りで切り揃えた。
「さぁ、次よ」
若干急かすように私を次の部屋に導く博士。
今になって気付いたが、普段から白衣の下はラフな格好のことが多いが、今日はキャリアウーマンのように着飾っている。スーツ姿を見ることはあったが、どうやら今日はそういう対応が必要なことが待ち構えているのだろう。
「こんな固い胸にブラジャーなど必要なのか?」
通された部屋は衣装部屋だった。出雲重工の支社に女性の着るものが壁を覆い尽くすほど掛けられている。そしてまずは下着からあてがわれた。
「ロボットとしてではなく、女性としての生き方を学びなさい」
「乳首も女性器もないツルツルのボディーなのに?」
「付けて欲しいの? いわゆるセクサロイドにして欲しいなら考えるわよ」
「お断りだ」
自分に合ったサイズと付け方を学んだあとは衣装に移るのだが、今回はシンプルな白のワンピースに決まっていたようだ。ソックスも白で合わせている。
「靴は残念だけど専用のブーツになるわ。普段の行動なら普通の靴でも耐えられるけど、ロボットの機動だし、時として高い出力のアクションをすることもあるでしょうから」
用意されたのは足首までカバーするブーツだが、内部に金属装甲も仕込んであり、かなりの信頼の置ける強度だ。今の自分のボディーが外部装甲のない不安なものだけに、唯一の重装甲部分となる。
「これからはキック主体で戦術を組まないとな」
「その必要がないといいのだけど。さぁ、これで一通りは整った。社長に挨拶するわよ」
一層気合いの入った声で博士は宣言した。いよいよ私のこれからを定めた張本人と合うことになるのか。
あぁ、戦闘ロボット軍団と戦う方がまだ気が楽だ。未だに自分がアイドルになるという自覚がない。人間らしく、しかも女性らしくを求められている。まだ受け付けない。
人間に、なりたくない。
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