第2話 時よ戻れ! 私は今美しい

 再起動を確認。『私』はまず、自分の記憶に欠損がないかを調べる。マスタークラウドを倒した後、エネルギーが尽きて機能停止する直前までの記憶の保護は問題なし。後々不要箇所のデータ圧縮と転送措置を検討。それはその行動が可能な状態にあればの話だ。

 次に今の私の体のチェックを行う。機能停止時の私はもうまともに動作する状態ではない。そのままエネルギーだけを入れたならば、まともには行動出来ない。


 これは、どうやら新しい体のようだ。左腕もあり、おおよそ人型としての関節可動域は再認識した。驚くべきは、今は搭載されていないが、人の顔の動きを再現するフェイスパーツとの互換性があることか。これまでには経験したことのない機能の搭載に困惑している。

 困惑の原因はそこだけではない。前の身体に搭載されていた戦闘用の装備がほぼ全て付いていない。確認できるのは腰部のホバーステップくらいだ。ロボットという重量の高い物質が高速の移動を必要とする時に上半身の複数の吸気スポットから空気を取り込み、腰部各所から地面に向けて高圧で吹き付けることで、若干だが身体を軽く感じさせ脚とその踏みしめる地面への負担を軽減するものだ。力任せで馬力をだしてダッシュすることは可能だが、最高速レベルまでいくとコンクリートの路面にも亀裂や陥没が起きる。建物内でそこまでの速さで走ろうものなら床が抜けるだけなら良い方だ。

 マイティー・ゴウの重量は氷見博士の技術のお陰で可能な限り軽くして貰っていて200キログラムを越えるものだ。ホバーステップ稼働時でも体感で2割程も減らない。無いよりまし程度のものだ。そんなものだけを残したところでこの重さは…


ん? ん?!

私のデータのなかに今の身体に関するデータがあるようだが。

身長175センチメートル。85、52、87。この数字はなんだ?

体重60キログラム。


はぁっ?! なんだこの軽さは。確かに前の体より小さいのだが、それを除いても軽すぎる。人間とほぼ同じなのではないか。データ上で自分の今の体の全容を見る。

 これはもう、自分の思考だけで納得は出来ない。

 再起動から自己認識に1秒以上かかってしまったか。私はようやく外の情報を得るべく、眼を開いた。


「無事に起動できたわね。記憶に問題はない?」

 私が眼を開けたのを確認して氷見博士が顔を覗き込んでいる。研究室の作業台の上で横たわっているのは、メンテナンス後のいつもの状態だから慣れているつもりだった。

「記憶に問題はない。質問項目が多くて優先順位を付けるのに迷うところだが、ここは何処だ?」

 そう、いつも見上げている氷見博士の研究室とは違う天井だ。

 私を見下ろして満足そうな笑みを浮かべている女性が氷見恭華(ひみ きょうか)博士であることは間違いない。もうそろそろ結婚を意識するべき年齢なのにロボットの開発にばかり心血を注ぐのはおそらく血筋だろう。私を開発したチームの一人の孫娘にあたる。

「ここは私たちのスポンサーでもある出雲重工の施設のひとつよ。マイティー・ゴウの体はもう使い物にならないから、こちらで新しい体を用意したの。私が主導で造ったボディーだから、稼働には問題ないはずよ」

「氷見博士がこの身体を?」

 私は上体をゆっくりと起こした。細い腕だが身体を起こすくらいは問題なしか。

腕を気にしていた視界に新たに驚くべきものが飛び込んできた。視界の上の方に多数の細い線が。

思わず頭に手をやりそれを掴んだ。

「髪の毛だと?!」

「長い髪をセットしておいたけど、後でちゃんと切り揃えてもらうからね」

 そう言って博士は手鏡を見せた。こそに映る私は鼻と口こそ、メタルのマスクに覆われていたが目の回りや耳などは完全に人間のものとなっていた。それも若い女性、おそらく美人と呼べる整った形だ。


私はこれまで、ダーククラウドの戦闘用ロボットに勇敢に立ち向かう男性型のヒーローだった。

ロボットに性別はない。だが見た目に求められる男性像として、それらしくあるために、自身を男性と認識して活動してきた。

そんな私の今の姿は女性の、それも若い女性が理想と考えるようなスタイルとなっている。

「確認させてくれ。この身体はあくまで、私の新しい身体が出来上がるまでの仮の身体なんだよな?」

 我ながら、少々気が動転していて、口調に乱れが出た。

 私の問い掛けに博士は改めて鏡を私の顔の前に突きつけた。

「そんなものはないわ。今日からはあなたは美少女ロボットになるのよ」

 ああ、神よ。私をかつての姿に戻してくれ。この際最初の姿でも構わない。

胸のうちでそんな嘆きを訴えながら自分の身体を見下ろした。美しい脚線美だ。これが他人のものならば素直に讃える。

「何故だ! 私にこんな姿になってどうしろと」

「あなたはもう、戦闘を必要とされていない。だからあなたにはヒーローとしての戦いの世界からアイドルとして芸能の世界へ異世界転生して貰いました」

 突然の聞き慣れぬフレーズに私の思考はおそらく演算を拒絶した。


私にアイドルをやれだと?

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