ある意味祭り

 グラウンドは大変な盛り上がりを見せていた。


「いけえええええええ!!」

「抜いちまえええええええ!!」


 ……うるさいとは思わないけど、偶にはこういうノリがあっても悪くはないなと個人的には思える。

 本日は体育祭ということで、朝から生徒たちみんなが他者を蹴落とすかのようにグラウンド内を走り回っている。

 もちろんリレーだけでなく借り物競争やパン食い競争などといった走力だけに頼れない種目なんかもあって、生徒だけでなく保護者たちも盛り上がっている。


(体育祭か……なんか凄く久しぶりって感じがするぜ)


 高校生での体育祭は本当に久しぶりだ。

 そもそも普通ならこんな風に久しぶりなんて思うことはなく、俺みたいに転生したからこそ感じられる感覚とも言える。

 それにどうやら嵐は去年の体育祭には一切参加しておらず、その際にもクラスメイトはおろか先生にすら居ないものとして扱われたようだ。


(だからと言って何も問題はなかったんだろうな。家族も見に来ないし、仮に嵐が居なくても誰も心配はしなかったから)


 正に世界から弾き出された男……これだけ聞くとかっこいい気もするが、よくもまあ学校側も放置したもんだなとは思う。

 ま、それも今更だ。

 今の俺にとってはもはやどうでも良い過去、だからこそ今の光景と共に今年の体育祭を楽しむことにするさ。


「……おぉ」


 そんな俺の視線の先では先輩の女子たちがグラウンドを走っている。

 正直なことを言えば特に絡む機会もないし見る機会もそこまでない同級生以外の人たちを見るのは新鮮で、しかもその体操服姿となればなおさらだ。


(流石ゲームの世界……白雪が突出し過ぎた美人ってのはあるけど、普通に他の人もレベルは高いんだよな)


 俺は素直にそう思った。

 言ってしまえば俺基準で美男美女が多いって感じだけど、他の人からすればそんな彼らもフツメンに見えたりしているみたいなのでどういう感覚なんだろうか。

 先輩後輩関係なく同じ色のメンバーが傍に居る中、俺は普段では決して見ることのない景色に目を向け続け……そして、背中をツンツンと突かれた。


「……………」


 ツンツン、ツンツンと絶え間なく背中を誰かが突いてくる。

 心なしか傍に居たはずの他の人たちが離れているような気がしないでもないが、俺はゆっくりと背後を振り返った。

 すると、やっぱりそこに居たのは白雪だった。

 見惚れんばかりの素晴らしい笑顔を浮かべている彼女はゆっくりとこう言った。


「私がお手洗いに行っている間に熱心に見つめていたようで」

「……あ~」

「大丈夫ですよ? 普段見ないからこその珍しい光景なのは確かですし、何より私があなたの一番であることに変わりはないですから」


 それはもちろんだと強く頷いた。

 隣に並んだ白雪も一緒にグラウンドで走る先輩たちを眺め始め、俺はそんな彼女をチラッと見た。

 俺にとっては体操服姿の白雪は珍しくもない。

 普段からもっと色気ある姿だったり、それこそ運動着姿の彼女を何度も見ているからだ……でも、他の人はそうではないらしい。


『えっろ……』

『胸でか……』

『白雪さんとエッチしてえ!』


 これはあくまで俺の勝手な想像だが、周りから白雪を見る目には大体こんな感じの意味が込められた視線が白雪に向けられているように見えた。

 確かに白雪はたくさんの魅力に溢れた女の子だ。

 可愛い、綺麗、エロい……どれも否定出来ないし、どれも言われてしまえば納得して頷くことばかりだ。


(でもそれをこんな風にジロジロ見られるのはちょっとな)


 それだけは面白くなかった。

 俺たちが居る場所はテントの下だけど、俺も白雪も少なからず汗を掻いていてこの夏の暑さと戦っているのが誰が見ても分かることだ。

 俺は白雪の肩に手を回し、抱き寄せるわけではないが二回ほどトントンと彼女の肩を叩いた。


「……ふふっ♪」


 すると嬉しそうに白雪は笑い、改めて先輩たちの応援を再開した。

 目の前で行われていた種目が終われば一旦休憩ということで、俺たちは他の生徒たちに続くようにテントを出た後……その流れから外れて体育館裏へと移動した。

 休憩時間は15分なのでかなり余裕がある。


「白雪」

「ぅん……」


 向こうの喧騒からかけ離れた静かな世界の中で、俺は白雪を抱き寄せた。

 どうも他の男子から彼女をジロジロ見られたことを面白くないと思ったのか、俺は彼女とこうしたくなってしまった。

 暑い……暑いけど陰でもあるし風も吹くので思った以上に涼しい。


「汗の臭いをあまり嗅がないでくださいね?」

「全然良い匂いだから気にしなくて良い。まあ、俺の方がどうかって感じだけど」

「私は全然嫌じゃないですよ? あなたの匂いはとても好きです♪」


 どこから誰が来ても大丈夫なように俺は白雪を連れて木の陰に隠れた。

 ここまで来たら流石にバレるけど、流石にこんなところにまでこの体育祭の合間に来る奴は居ないだろう。

 俺に背中を預けるように、顔だけをこちらに向ける白雪とキスを交わす。

 ただそれだけなのに気付けば俺の手は彼女の胸元に触れ、その柔らかさを体操服の上から思う存分満喫する。


「珍しい……ですね? こうして外で斗真君からだなんて」

「……まあちょっとな。でも本番は我慢する」

「それはそれでお互いに大変そうですけど仕方ないですよね」


 ただ、俺と白雪もスイッチが入ると止めるのは中々に難しい。

 白雪はされるだけは嫌だと言って、俺の前に彼女は屈んだのだが……そこで男子の話し声が背後から聞こえた。


「次はなんだっけ」

「借り物競争だったような?」

「うっわめんどいなぁ」


 隠れているので彼らの顔を確認することは出来ない。

 どうやらここが陰になっているということで彼ら三人は涼んでいるようだが、こちらに来そうな気配はやっぱりなかった。

 そのことに一安心していると、白雪がズボンに手を掛けた。


「えっと……」

「一度始めたものを途中で投げ出すのはダメですよ?」

「……おう」


 ということで、休憩が終わる残り2分といったところで俺たちは木の陰から出た。

 もごもごと口を動かす彼女はガムでも噛んでいるのだろうか……なんてとぼけてみたが、流石にヒヤヒヤしたのは確かである。

 学生という身でありながら体育祭の途中に彼女とエッチな逢引き……まさか現実でそれを経験する日が来るとは思わなくて少し感動している。


「その……ごめんな白雪。今日は終わったらすぐに帰ろう」

「あ……そうですね。ただちょっと気持ち悪いですね流石に」


 びしょびしょなのが、そう言った彼女に俺は申し訳なかった。

 そこから体育祭の種目は続き、昼休憩に入った段階で俺と白雪は翡翠と合流して弁当を広げた。


「間に合ってよかったですよ本当に」

「最初から見たかったんだけどね。こればかりは仕方ないわ」


 朝は翡翠は用事があって居なかったのだが、さっきやっとこちらに来れた。

 ここから終わりまでは全部見るとのことで、そこは俺よりも白雪の方が嬉しそうに微笑んでいた。


「何か怪しい匂いもするけど……ふふっ、若いわねやっぱり」

「匂いで察しないでください」

「分かりやすいもの。まさか白雪、バレないとでも思った?」

「……思ってません」


 ……この話、きっとさっきのことだよな?

 それから翡翠を交えての昼食だったけど、やっぱりこの二人が揃うと多くの視線を集めるらしい。

 生徒だけでなく保護者もジッと見つめてくるくらいだし、それだけ人の視線を集める美貌ということだ。


(あ、叩かれてる)


 おそらく旦那さんが奥さんと思われる女性に叩かれていた。

 きっと見ていたのは翡翠だろうが……そりゃこんな子供が活躍する体育祭の場とはいえ翡翠のような爆乳美女が居たら仕方ないよ。

 あぁそうそう、実は洋介は数日前から復帰していた。

 ただ俺にもそうだが白雪にも一切の視線を向けることはせず、まるで俺たちを居ない者として扱っているのは確かのようだ。

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