終わればこうなります

 借り物競争は大きなドラマを舞い込むものだ。

 とはいえ俺の場合は少し違ったわけだが……俺が手に取った借り物に書かれていたお題はこれだ。


(……美人なお姉さんだと?)


 お姉さん……これは一体どこまでの範囲と取るべきなんだ。

 一般常識というか普通に考えればお姉さんってなると俺からすれば年上で……大学生とかその辺りか?

 でもお婆さんとかでも美人なお姉さんに分類も出来るわけで……少しネタだがあり得ない選択肢ではない。


「……むぅ」


 ここは適当に誰か先輩を……いや、そうなると語弊を招く可能性がある。

 ならば教頭先生のお婆ちゃんにするか、きっと喜びそうだなと思いつつ教頭先生を探すために動き出し……たのだが、そこで俺はある声を聞いたのだ。


「嵐く~ん! 頑張って~!」


 それは客席から響く翡翠の声だった。

 俺のことを応援してくれるのは白雪と彼女の友人くらいだからこそ、その声は周りの歓声に掻き消されることなく俺に届いた。


「……あ、居たじゃん美人のお姉さんが」


 むしろ、これを見た時に真っ先に浮かばなかった自分を馬鹿だと言いたい。

 俺はすぐさま翡翠に元に向かい、目を丸くして驚く彼女の手を取った。今の競技が借り物競争だと分かっているので、翡翠も特に質問をすることなく駆け出した。


「……いや、歩くぞ翡翠」

「え? どうして?」

「どうしてって……」


 そんなもの決まっている。

 翡翠は涼しさを重視した服装なので、走るとその爆乳がぶるんぶるんと揺れてここに居る全ての人にとって刺激が強いからだ。

 まあ白雪も白雪でかなり揺れてはいたけど翡翠はやっぱり破壊力が凄まじい。


「あ、そういうことね。ふふっ、ありがとう斗真君♪」

「良いんだって。まあゆるっと行こうぜ」


 四人でスタートしたのだが、既に二人はゴールしておりもう一人にも抜かれた。

 彼女の胸が揺れる問題はさておき、履いている靴も見てもらえば俺がこうして歩いている理由も何となく察してくれるはずだ。


「ほら、白雪も手を振ってるからな」

「あら」


 翡翠が白雪に手を振り返すと、彼女は少し恥ずかしそうにしていた。

 たぶんだけど白雪のお母さんは知っている人なら知っているはずだけど、やっぱりスーツ姿の彼女に比べると印象があまりにも違いすぎる。

 鳳凰院のトップである彼女と気付く人も居れば気付かない人も居そうだ。

 ゆっくりと翡翠の手を引いてゴールした後、役員が俺の手にあったお題を読み上げた。


『お題は美人のお姉さんです!』


 これ、実際に発表されると恥ずかしいものがあるな。

 ただ隣に居た翡翠は照れるというよりは嬉しそうに微笑んでいるし、周りも納得したような空気一色だ。


「ありがとう翡翠。元居た場所まで連れてくよ」

「良いの? ならお願いしようかしら」


 それから元々彼女が居た場所に戻った。

 離れる間際、そっと顔を寄せてきた翡翠に頬にキスをされ、それを見ていたお年寄りがまあまあと楽しそうにしていたのが印象的だ。

 たぶんだけど本当に翡翠のことは大学生くらいだと思ってるんだろうなぁ……これで娘が一人居るって言ったらどうなるんだろうか少し興味がある。


「それにしてもお姉さんだなんて嬉しいわねぇ。これでも一人娘が居るというのに」


 まさかの自分から言うスタイルだった。

 彼女の言葉にギョッとした人がやっぱり数名ほど居たが、終わった後にまた合流しようと翡翠とは別れ白雪の元に戻った。


「お疲れ様でした」

「おうよ」

「お母さん、楽しそうでしたね?」

「そう思ってくれたなら嬉しいよ」


 それからはあっという間だった。

 俺が出る種目もそこまでなく、白雪も午前でほとんど種目は終わっていたので暇な時間だった。

 残念ながら俺と白雪の色が優勝することはなかったが、一年に一度の体育祭というイベントは無事に終わりを告げるのだった。


「白雪~! もう帰るの?」

「はい。打ち上げとかならごめんなさい」

「全然良いよ~! 彼氏と仲良くねぇ!」

「ありがとうございます」


 彼氏、その言葉に色んな人が俺を見てくる。

 いつの日かこんな風に見られることもなく、あぁあの二人かと適当に流される日が来るのを祈るばかりだ。

 白雪を連れて翡翠に合流し、俺たちは彼女が乗ってきた車まで向かうのだがその途中で呼び止められた。


「待ってください!」


 その声に俺たちが振り向くと……誰だ?

 そこに居たのは同年代くらいの男子だけど、制服でもなければ体操服でもないのでこの学校の生徒ではなさそうだ。

 俺たちの内誰かに用があるのは確実として、たぶん俺ではない。


「あの……お姉さん!」

「あら、私?」


 どうやら目当ては翡翠のようだ。

 なんとなく、彼の言いたいことが読めた俺は流石翡翠だなと思いつつも……やっぱり少しばかり良い気分ではない。

 ただ、やはり彼女は大人だった。


「連絡先を教えてくれませんか――」

「ごめんなさいね。私、特別な人を除いて子供に興味はないのよ。それにあなたもこんなおばさんを相手にするのは止めておきなさい」


 そうキッパリと彼女は言った。

 どうやら彼は興味がないと言われたことよりも、自分のことをおばさんだと言ったその言葉が信じられなかったらしい。

 黙り込んでしまった彼に背を向け、俺たちは車に乗り込んだ。


「やっぱりお母さんは若く見られますよね」

「まだまだ現役と言いたいけれど歳は嘘を吐かないから」

「何言ってんだよ。いつまで経っても綺麗だよ翡翠は」

「ふふっ、斗真君だけよ。そう言われて私が嬉しいのはね」


 途中で買い物でもしようかと提案されたが、流石に汗を掻いているのもあって買い物に出掛けるのは翌日になった。

 家に帰ってすぐ、玄関を潜った段階でガッシリと白雪に手を握られた。

 そのまま引っ張るようにして風呂に連れて行かれ、てきぱきと服を脱がされて彼女も俺と同じように全裸になった。


「学校で不完全燃焼でしたし、車に乗った段階で早く早くって思ってたんです。だから見てくださいよこんなになってるんですよ?」


 まるで待ち焦がれていたかのように大量の涎を垂らすかのようだった。

 確かにあの時は俺だけ満足してしまったものなので、俺は白雪を抱き寄せてシャワーを出す。

 夏とはいえ流石に冷えるのはごめんだと思ってのシャワーだ。

 温かいお湯が体を流れる中、白雪とキスを交わしながら彼女の柔らかな体を堪能していた。


「全くもう、あなたたちったらすぐにこうなっちゃうんだから」

「翡翠?」

「お母さん?」


 ガラッと音を立てて全裸の翡翠が現れた。

 ただ……彼女も白雪と同じような状態になっており、頬を赤く染めて近づいてきてそのまま抱き着いた。


「お昼の時に言ったでしょ? 私、あの時からずっと疼いているんだから」


 ということで、そこからはもう三人での世界だった。

 凄まじいほどの気持ちの良い時間を過ごした後、しっかりと体を綺麗にした後はリビングでのんびりと涼んでいた。


「やっぱり運動の後のアイスは美味しいですね♪」


 隣に座る白雪と共にアイスを食べているのだが……確かに運動の後に食べるアイスは格別だ。

 翡翠はアイスを食べたりすることはなく、優雅に紅茶を飲みながら俺たちを見つめている。


「それにしても流石斗真君だわ。また体力が抜かされそうになってきたわね」

「あ、そうですよ! 私たちももっと運動に精を出さないと!」

「……あはは、まあ頑張った成果ってことで」


 ちなみに今日の勝敗は俺の圧勝だった。

 体力任せだと絶対に負けることは分かっているので、注意深く観察することで彼女たちの弱い部分を的確に把握するというのはとても大事なことだ。


(にしても体育祭か……悪くはなかったな)


 やっぱりお祭りごとなのだから参加して面白くないよりはマシだった。

 間違いなく、嵐として生まれた俺にとっての一つの思い出になったのは確かである。

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