バカップル

 それは唐突な呼び出しだった。

 放課後になり俺は先生に呼び出されたので、教室に白雪を待たせる形で職員室にやってきていた。

 特に何もしていないはずなので、注意を受けるようなことはないと思っていたがそれに関しては考え過ぎだったらしい……まあ、面倒であることに変わりはなかったのだが。


「最近、鳳凰院さんと居ることが多いじゃないか」

「はぁ……」

「迷惑を掛けているんじゃないか? こう言ってはなんだが、君と彼女が仲良くしているのはあまり良いとは言えないからね」

「……は?」


 つい呆気に取られそうになったが仕方ないだろう。

 他人にどう思われようと勝手ではあるが、それでもこんな風に先生から面と向かって言われるとは思っていなかったので驚きが大きい。

 この先生とは特に関りがないが、嵐のことを毛嫌いしていたのは記憶として残っていた。


(なんだこのジジイ……)


 別に心の中でならいくら罵声しても罪にはならないだろう。

 しっかし、白雪との放課後を邪魔するように呼び出しておいてこんなくだらないことに時間を使いたくはなかったな。

 とはいえ、少しイラついた俺はこう言葉を返した。


「まあ俺と白雪はそういう仲なので、こうなった以上仲良くするなってのは聞けないんですけどね」


 なんて言うと先生は気に入らなそうに鼻を鳴らす。


「君は彼女の価値を分かっているのかね。彼女は鳳凰院家のお嬢様で、君のような者と一緒に居ること自体がおかしいんだ。一体何を言って誑かせたんだ?」

「……………」


 面倒だな……最高に面倒くさい!

 こういうことを教師が気にしてどうするんだとは思うけど、ある意味で今までの嵐のことを考えれば分からないでもない。

 鳳凰院のお嬢様が通っているというだけで学校としても話題性としてはそれなりだろうし、白雪について彼女が満足できる学生生活を提供しようと躍起になるのも理解出来る……したくはないだな。


「誑かしてもないですよ。あの子は心から俺のことを好きだと言ってくれた……俺も彼女が好きだし、そこは誰にも邪魔出来るものじゃない」

「っ……」

「確かに前の俺を見ていたら先生の心配も尤もですよ。けど俺は変わった……だから彼女の隣に立っているとしか言えない。話はそれだけですか?」


 先生は特に何も言ってこなかったので、俺は振り返ることなく職員室を出た。

 俺が先生の言葉を一概に否定しないのはやはり、先生も先生で白雪のことを気に掛けているからだろうか。

 生徒に対してどう聞いても信じていないような旨の発言をするのはどうかと思うけれど、あれくらいのことならむしろ言われ慣れているというか特に気にするほどのことでもない。


「でもそう考えると……本当に嵐って色んな方面から嫌われてんだな」


 俺にとって、嵐は白雪を襲ったクズという認識しかなかった。

 別にその気持ちは今も変わっていないし、ただでさえ白雪たちが特別な存在になったからこそその気持ちは更に強くなった。

 でも……いや、俺の考え過ぎか。


「まあ良いや。とっとと白雪の所に戻るか」


 俺が考えたことは単純だ。

 嵐が取り巻く家庭環境は最悪で、味方は一人も居ないし元々住んでいた家から遠ざけられるほどに嫌われていた。

 そんなところで白雪に優しくされたら好きになる気持ちも分かるけど、仮に家庭環境が良かったとしてもストーカー染みたことをしそうだと思うのは嵐が持つ悪い意味の信頼だ。


「おかえりなさいとう……嵐君」

「とう……?」


 友人と教室で待ってくれていた白雪が俺の名前を呼ぼうとしたが、流石に斗真の名前は言えずに言い換えた。


「何でもありません。気にしないでくださいね」

「??」


 周りに人が居ない時はずっと斗真と呼ばれているし、それでもこうして人が居る時に嵐と呼ぶようにしているのは少し面倒だろうなぁ……。

 どうにかしたいところではあるけれど、流石に違う名前で接したりしていると不自然過ぎて逆に怪しい光景になってしまう。


「郡道さぁ……なんか、ほんと変わったよね」

「そうか?」

「うんうん。前のアンタはオドオドしまくってたし、ずっと下を向いてて何を考えてるか分からなかった。白雪にも気持ち悪い目を向けてたからね」

「……おう」


 少し白雪の視線が鋭くなったが何も言わないことにしたようだ。

 俺としても散々言ってくれるなとは思うけど、これはあくまで前の嵐のことを彼女は言っている。


「そんなアンタが……そこまで変わった。正直、別人だと言われても信じちゃうくらいには変わったよ」

「そんなにか」

「うん。見た目もそうだし性格まで変わってる……何より、白雪がアンタのことを全面的に信用してるから。だから私が白雪を応援するのも、アンタのことを信じるのもそれだけ十分」

「……ははっ、そっか」


 何だろう。

 白雪以外の女子と初めてまともに会話した気がする……いや、白雪以外のクラスメイトと言っても過言ではないか。


「今のアンタ……良いね凄く」

「あげませんよ?」


 しっかりと白雪が釘を刺した。

 彼女は白雪の言葉に苦笑した後、先に帰るからと白雪に手を振り、そして俺にも手を振ってから教室を出て行った。

 彼女が出て行った場所をジッと見つめていた俺に白雪がこう言った。


「あなたの変化は色んな人が見ています。最初は確かに評価としては最低に近かったかもしれませんが、それでも斗真君の変化は良い方向に向かっています」

「……そうだな。あんな風に言ってもらえるのってやっぱり嬉しいんだな」

「あの子だけじゃないですよ? 普段私と仲良くしている子たちのほとんどが斗真君のことを良い目で見ていますから……あ、決して私が言い聞かせたとかそういうのではないですよ? 純粋に今の斗真君を見ての判断です」

「あはは、分かってるよ」


 そうだなぁ……俺のことを悪い目で見ている人が多く居るのは分かっているけど、同時に今の俺を見て判断してくれる人だって間違いなく居るんだ。

 それが分かるからこそ、俺はもっと自分磨きを頑張ろうと思える。


「……ふっ」

「どうしたんですか?」


 笑った俺を見て白雪が首を傾げた。

 特に意味はないけどと前置きし、俺はどうして笑ったのかを彼女に伝えた。


「普通に評価が最低だってストレートに言ってくるんだもんな。確かにそれは俺じゃなくて嵐の評価と言えるけど……うん。やっぱりそんな風にハッキリと口にする白雪は魅力的だ」

「……実は言った後に言い過ぎかなと思ってしまいました」

「そんなことは考えなくていいよ。言っただろ? 甘やかすだけでなく、時に毒のある言葉を口にするのも白雪の魅力だ。最近、あまり厳しい面を見なくなって寂しかったからさ」

「……そうですか?」


 最近の白雪は特に俺に対して厳しいことは言わない。

 まあ優しいに越したことはないんだけど、それでも以前に比べたらもっと頑張ろうだとか、もっとやれるだろうと言わなくなったのである。


「変わったつもりはないんですけどね。あれですよ、斗真君がそこに居るのはもちろんとして、斗真君の方が私を甘やかせようとするんです。だから私も甘々になってしまうんです」

「……そんなに甘やかせてるか?」


 って、色々と心当たりがあることに気付く。

 翡翠にもそうだけど、基本的に家では彼女たちが傍に居るので……その、傍に居る二人を抱きしめたり、普段のお礼であったりを伝えたり……それこそ、本当にさり気ない部分でもとにかく彼女たちに触れることが多い。

 エッチな触り方もそうだが普通に触れたい時もあって……いや、これは特に違うかな?


「ふとした時に触れてくれたり声を掛けてくれることですよ。斗真君のありがとうという言葉、かなり気持ちが入ってるの気付いてます?」

「え? 普通じゃないか?」

「普通……えぇそうです。お礼を言うのは別に珍しいことじゃないんですよ。でも斗真君の場合は本当に心が込められていて、その声に虜になってしまいそうなほどに響きが優しいんです……そんな風にお礼を言われながら抱き着かれたり、それこそ気持ちの良い場所を触ってきたりしたら私と母はもうダメです」


 ……とのことだ。

 でも……これは止められないだろどう考えても。

 男としてもそうだし、彼女たちを愛する者としても止めるのは無理だ。


「取り敢えず、俺たちがバカップルってこと?」

「そうとも言いますね。筋金入りでしょう」


 バカップルって馬鹿にされているような言葉にも聞こえるけど、実際の当人たちからすればそこまで嫌な言葉じゃないのかもしれない。

 だってそんな風に思われることってつまり、間に入る隙がないくらいのカップルだって思えるからな。


「また、何か嬉しいと思わせることを考えてません?」


 白雪がトンと胸元を突いてきてそう言った。

 前から思ってたけど、やっぱり俺って考えていることが顔に出やすいらしく白雪にこうしてよく気付かれてしまうようだ。

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