変わり始めた日々
白雪の話に出てきた二階堂家、その家は正に栄華の極みにあったと言える。
後ろ暗いことに手を染めながらも、必死に家を大きくするために家の長である二階堂
まあ必死といってもやっていたことは許されるものではなく、けれども莫大なコネなどを駆使することで二階堂は大きくなっていった。
「……あぁ……私はどうしたらいい……私は……っ!」
自宅の書斎で彼は……昭三は顔を青くしていた。
自分たちのように後ろ暗いことに手を染めることなく、早くに夫を亡くしたものの恐るべき慧眼と手腕で会社を大きくした鳳凰院翡翠。
既に妻が居る昭三ではあったが、かの女性はどんなことをしてでも手に入れたいと願うほどに魅力的で……更にはその娘の美貌も将来が約束されており、息子への土産としても良いかと思っていたくらいだ。
『所詮女は意志の弱い生き物だ。手懐けるのは簡単だ』
一体何を思ってそんなことを考えていたのかは分からないが、かつて婚約者の居た妻を無理やりに奪った彼だからこそ女に対してハードルが下がっていた。
しかし……翡翠はとてつもない化け物だった。
元々近いうちに接触しようと思っていたが、かの娘に恋人が出来たという報せを受けて昭三はすぐに動き出したのだ。
『今日は時間を作っていただき感謝します』
『いえいえ、いずれは会わなければならないと思っていましたから』
対面は和やかだった。
だが、彼女の瞳には明らかな敵意が込められており、それは正に死神の鎌を首元に添えられたような気分だったのだ。
弱いと思っていた、弱者だと思っていた、そう考えていた翡翠にしてやられたのは昭三の方だった。
『おや、どうして知っているのかという顔をしていますね?』
『なんの……ことですか?』
『惚けても無駄です。そしてあなたに考える時間を与えません――既にもう、これは出る場所に出る手続きを取っていますから』
『……くそっ!』
翡翠が手に持っているUSBメモリを奪い取ろうとしたがそんなことが上手くいくわけもなく、部屋の中に待機していた女性に取り押さえられた。
『ありがとうよっちゃん』
『いえ、私の役目ですからね』
取り押さえられビクともしない昭三。
何かの格闘技でもやっているのかよっちゃんと呼ばれた女性に簡単に抑え付けられてしまい、少しでも暴れたら遠慮なく骨の一本は覚悟しろという意志が感じられた。
目の前に立った翡翠に見下ろされ、こう言われた。
『あなたのようなゲスに渡す物は何もないわ。鳳凰院の財も、私自身も……そして何より娘もね』
鋭い視線に昭三は何も言えなかった。
そして何の成果も得られぬまま家に帰り、結果を聞くのを楽しそうに待っていた息子に全てを話し……そして全てが今日、終わりを告げたのだ。
▽▼
朝の朝食を食べていた時、そのニュースはあった。
二階堂の経営する会社の中で行われていた悪事が白日の下に晒され、二階堂昭三という男を含め、役員が何人も逮捕されたというものだ。
俺としてはこれが白雪と翡翠が言っていたことかと注目したが、当の二人は全く気にした様子もなく上品にパンを食べている。
(うわぁ……顔は隠れてるけど、漂う絶望感が凄いな)
まるでこんなはずではなかったと、こんなのは悪い夢だと言わんばかりに彼から漂う雰囲気は凄まじかった。
朝食を終えた後、白雪がトイレに向かって翡翠と二人になった。
食器を洗っていた彼女の元に近づくと、翡翠はクスッと笑って口を開いた。
「さっきのを気にしていたの?」
「気にしたというよりは……その、本当にやってくれたんだと思ってさ」
「当たり前じゃないの。私たち三人の世界を守るためだわ」
自分の知らないところで次から次へと安全と共に世界が守られていく。
俺自身が何も出来ないことに歯痒い気持ちはあるのだが、だからといって出来ることたかが知れている。
俺が元家族から離れることも、その家族に牽制出来るのも、こうして二階堂という本来であれば後に横槍を入れてくる彼らを終わらせるのも、そこは鳳凰院という力があってこそだと言える。
「何も気にしないで……なんて言うと逆に気にさせてしまうかもしれないけれど、言ったでしょう? 何があっても大丈夫、守ってあげるからって」
ニコッと微笑み、翡翠は洗い物を再開させた。
鼻歌を口ずさみながら楽しそうに食器洗いを続ける翡翠に後ろに立ち、迷惑かなとは思いつつもゆっくりと抱きしめた。
「あら……うふふ♪」
「少しこのままで」
「ずっとそれで良いわ。出来ないこともないから」
あ、なら続けるとしよう。
俺は極力翡翠の腕を止めないように彼女を抱きしめ、首元に顔を押し付けたりしながら思う存分甘えた。
翡翠の力になりたいと思うこともあれば、何かお返しをしたいと思うことだって多くある……でもやっぱり、彼女に抱く一番の想いはこういう甘えたいと願うことなのかもしれない。
「……母さん」
「っ……♪♪」
母さんと、そう呼ぶと翡翠はブルっと体を震わせた。
心なしか息遣いが荒くなったような気がするし、まるで彼女の体が熱を持ったように熱くなった気がする。
結局、そのまま彼女を抱きしめていたのは白雪が戻るまでだ。
白雪が戻ってきた段階で体を離すと、必ず今日の夜は相手をしてほしいと約束させられた。
「朝からお熱いですね?」
「ま、色々としてくれたからな」
白雪と学校に向かう中、やはり話題はさっきのことだ。
「私も事情を知っているとはいえ、母のように動くことは出来ません。母が如何に私を信用し託すことが出来るとしても、所詮はまだ高校生ですからね」
「だよなぁ……なんつうか、大人の怖さというよりも莫大なコネクションと金があれば出来ないことはないって思わせられた気がする」
「ふふっ、そういう時は強いですよね。でも誓って母は後ろ暗いことに手を染めたりはしていませんし、積み重ねた物は全て母が頑張った結果です」
「分かってるよ。大した……もんだよな」
「はい。本当に凄いと思っています」
それから俺たちは学校が近づいた段階でこの話は中断し、学生らしい話をしながら教室まで向かうのだった。
相変わらず俺たち以外のことでは特に変化のない学校生活だけど、朝礼の時に先生からこんなことが伝えられた。
「教育実習生が短期間だが赴任することになった。担当する教科は体育で、もしかしたらみんなを担当することがあるかもしれないからそのように」
っと、そんな連絡がされたのだ。
教育実習生というのは特に珍しいものでもないため、俺は適当に流していたのだがどうも白雪からしたら不思議だったらしい。
朝礼が終わった後の短い休憩時間に彼女はやってきた。
「教育実習生というのは知りませんでしたね」
「今迄に居なかったのか?」
「はい。初めてのことだと思います」
なるほど、どうやらこれは今までになかったパターンらしい。
今までと違うって話を聞くだけで警戒してしまうが、流石にイレギュラーが起きるたびにこう考えるのは疲れてしまう。
しかし、やはり俺にとってはどんな小さなことでも警戒して損はないのだ。
「ですが少し面白いと思いますよ?」
「え?」
「何度もやり直したことで未来は分かっている……でも、こうして斗真君が来てくれたことで多くの変化が起きているのも確かです。決められたルートを進むよりも、その方があなたと共に生きているのだと実感できますから」
「……はは、そうか」
「はい♪」
そう……だな。
既に決められた道を進むのは確かに安全だが、全てが分かっているからこそつまらないというのも分かる。
「こういうのってさ。やってくる先生が女を喰いまくるゲスって相場は決まってるけどどう思う? 白雪隊員」
「むむむっ、そうですね隊長。仮にそうだとしたら、そのゲスの人生が滅茶苦茶になっても良くはないですか?」
「良いと思います」
そんなゲスは滅んでもらって。
とはいえ、本当にどんな人が来るんだろうか。
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