家族の在り方

 目の前で兄が彼女さんに拒絶されたのを俺は見てしまった。

 ハッキリと拒絶された兄の顔は……正直言って滑稽なものだった――ただその顔を嘲笑うようなことはしない。

 そんなことをしてしまったら俺も彼らと同じだと思ったからだ。


「ま、待てよ……お前と別れたら俺は――」

「何? 私が傍に居ないと寂しくて死んでしまうとでも言うの? それならまだ良かった方だわ」

「っ……」

「あなたが私を通して何を見ているか、きっとそれに気付かないフリをしていたのは私が舞い上がっていたから――でもそれも悪くはないと思ったわ」

「え?」

「……家族ってね。自分たちにとって一番身近な存在なのよ。私にも弟が居るけどすっごく生意気でムカつくわ。でも一度たりとも居なくなってほしいとか、産まれてこなかったら良かったなんて言ったことはないの」


 二人のやり取りは俺と白雪も含めて多くの人たちが見ている。

 だからこそなのか、俺と白雪が見つめていても兄たちに勘付かれることもなかったのだが。


「あなたが……義也さんが弟さんのことを嫌いだって言うのを否定するつもりはないわ。でもね? どんなに嫌いだったとしても、自分と血の繋がった家族を死んでしまえば良いなんて言える人と付き合いたくなんてないわよ」


 そう言って女の人は歩いて行った。

 兄は手を伸ばしたが、彼女は一度も振り向くことなく歩いていき……辺り一帯の空気は凄まじいほどに重苦しいものへと変化した。


「行きましょう斗真君」

「……おう」


 白雪に手を引かれてすぐにその場を離れた。

 俺と白雪はある程度離れた場所まで走り、スポーツドリンクを自販機で買ってベンチに腰を下ろした。


「彼女は聡明な方です」

「さっきの人か?」

「はい。昔に母に連れられたパーティで会ったことがありますけど、物腰の柔らかい方でした。二階堂の家よりは小さいですけど、それなりに有名な家の娘さんです。家同士の繋がりよりも娘の幸せを願うとのことで、恋愛に関しては娘の自由にさせると彼女の親御さんは言っていた気がします」


 つまり……あの人は兄に恋をしたというわけだ。

 兄も外行きの顔は良いし……何より、俺が絡まなければきっと普通の人だとは思うので、その点を見て兄に惚れたんだろう。

 でも最近、兄にとって気に入らないことが連発したことで俺に対するフラストレーションが溜まったと見るべきかな。


「なんつうか、色んな意味で他人に影響を与えてるな俺は」

「そうですね。私たちには良い影響を、元家族さんたちには悪い影響ですか」

「あぁ」


 まあ、だからといって気にするようなことはないけどな。

 俺が彼らに影響を与えたのはもちろんで、今まで不幸だったはずの人間がいきなり身に余るほどの幸福に包まれているということに嫉妬する気持ちも理解出来る。

 だが、一々それを俺が気にしても仕方がないのだから。


「でも……斗真君は本当に優しいですね」

「なんで?」

「だってさっきのを見て笑わなかったでしょう? 惨めだと、滑稽だとあなたは言わなかった」

「……滑稽だって思ったけどな」


 そう、口には出さなかったが考えることは考えたのだ。

 白雪はクスッと笑い、こう言葉を続けた。


「分かっていても言葉に出さないのはその人の優しさでしょう。私からすればあなたのことを考えた時、彼らが不幸になることに関しては笑いが出そうになります。そんな悪魔みたいな人間なんですよ私は」


 確かに悪魔的可愛さの女の子だとは思う。

 翡翠に関しては悪魔的エロさの女性で……結論、二人ともサキュバスみたいな女性たちだ。


「そして、そんなことを言っても私に対して嫌な目を向けないことも優しい証だと思います」

「もうさ。何を言われたところで白雪たちを悪く思うことはないぞ? 考えることを放棄しているみたいに聞こえるかもしれないけど、それが俺の考えだから」


 そうして互いに笑い合い、買った飲み物を一気に飲み干した。

 さてさて、さっき見たものはもう気にしないで良いって考えは確かだけど……巡り巡って逆恨みをされるのも嫌だな。

 単にそう思われるだけなら別に良いんだけど、もしも実害を被るようなことがあるとするなら中々に面倒だ。


「大丈夫ですよ斗真君。色々と考えていますから」

「……そっか」


 白雪がそう言うと全てが大丈夫に思えてくるから不思議だ。

 俺と白雪が二人でいる間に雑音は要らない、だからもう忘れてしまおうということでこの話は終わった。

 運動を終えたので白雪と共に帰路を歩く。

 そんな中、俺は漠然とこんなことを考えていた。


(まるで噛み合っていた歯車が次から次へと外れてくみたいだな……)


 本来なら俺が……嵐が退場することで、用意されていた歯車は噛み合って動く。

 でも俺という異物が迷い込んだことで外れるはずの歯車は残り続け、そうすることで多くの存在を巻き込むようにして歯車の動きが狂ってくる。

 絶妙に噛み合っているのは俺と白雪たち、悉く全て狂っていくのが洋介や元家族の彼らというわけだ。


「また、考えていますね?」

「……すまん」


 ちょっと考え事をするだけで白雪に指摘されてしまった。

 別に彼女は怒った様子はなく、仕方ないですねと俺の手を握りしめて笑うだけだ。


「私は別に心は読めないですけど、なんとなく考えていたことは分かります」

「マジか」

「はい。斗真君検定マスタークラスの私ですよ?」

「なんだよそれ」


 そんな検定があったら合格できるのは白雪と翡翠だけだと思うな。

 白雪は口元に手を当てながら言葉を続けた。


「斗真君という存在が加わったことでたくさんの歯車が狂ったのは悪いことではないですよ。むしろ、それが本来の在り方ではないですか?」

「……そうかもしれないな」

「ですよね。簡単な変化で多くのモノが変わる……それは人が人として生きる生活の中で当たり前のことです。むしろ何も変わらないのだとしたら、それはそれで現実味がなくて嫌ですし」


 そうだな……たった一つ選択で多くのことが変化していく。

 これが予めプログラムされていたものだとしたら、そこで致命的なエラーが発生することで全てが停止することだろう。

 でもこうして本来の流れから乖離したとしても、俺たちの世界は続いている……それが全ての答えだ。


「よし、もう大丈夫だ! もうこのことは考えない。もっと俺にとって大事なことを考えるようにするさ」

「はい。そうしましょう」


 ということで、本当のその後はもうさっきのことが話題に出ることはなかった。

 家に帰れば既に翡翠も戻っており、リビングに入った俺に翡翠からの厚い抱擁とキスが待っていた。

 元家族のことを話すことはなかったが、二階堂の家に関することは白雪を交えて教えてもらい、全てが明るみになるということで事実上の没落が決定した。


「白雪がどう説明したかは知らないけれど、やるなら徹底的にやるのが一番よ。彼らは越えてはいけない一線を越えようとした……私の愛する娘を物のようにしか考えていない彼らにはお似合いの末路だわ」

「……お母さん」


 白雪と翡翠はよくいがみ合う。

 だが翡翠の真剣な言葉で伝えられた大切な娘という言葉に、俺は白雪が初めて翡翠の言葉に照れている彼女を見たかもしれない。

 これが本来の家族の在るべき姿だなと少し寂しくなったけど、そんな俺の感情を敏感に感じ取った二人に思いっきり抱き着かれた。


「二人とも汗搔いてるし、お風呂を済ませましょうか」

「三人でですか……?」

「ちょっと、そんな残念そうな顔をしないでちょうだい」

「……せっかく斗真君と二人で入れると思ったのに」


 いや、やっぱりいつも通りだなと……俺は二人を見て苦笑した。

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