狂う歯車

 二学期が始まって数日が経過した。

 それなりに日数が経ったということもあって、俺と白雪が深い仲になったという事実は色んな尾ひれを付けるように広がった。

 曰く美女と野獣だとか、曰く俺が脅しているだとか……その他諸々だ。

 俺たちは二年生ということで先輩と後輩が上下に居るわけだが、やはり白雪の恋愛事情に関しては同学年以外でも注視している人は多いようだった。


「鳳凰院先輩、ちょっと良いでしょうか!」


 だからなのか、白雪はよく声を掛けられるようになった。

 流石に同じクラスはないが同学年の他クラス、つい先日は先輩と……そして今日は後輩からだった。

 終礼を済んだ後、今日もランニングを一緒に白雪としようかなんて話をしながら校門を潜ろうとした時に声が掛かった。


(……うわぁ面倒なタイプかなこれ)


 俺がそう思ったのも無理はなく、白雪の隣に立つ俺を彼が睨みつけたからだ。

 まるでお前なんかは白雪に相応しくないから離れろと、暗にそう言っているような視線に俺は怒ったりはしないが少し呆れてしまった。

 白雪も言っていたけど、今まではこういう形で声を掛けられることはなかった。

 それは今まで俺という存在が居なかったのもあって、明確に愛し合っているのだと周りに伝えておらず、それで誰も焦りを覚えなかったからだ。


「白雪に用があるんなら俺も無関係じゃないな。急いでいるんだ――用件は?」

「っ……アンタには関係ない。俺は鳳凰院先輩に用があるんだ」

「ならその要件は聞けないな。わざわざ白雪を一人呼び出すようなことを俺が許可するわけないだろ」


 そう伝えると分かりやすく彼は舌打ちをした。

 先日の先輩もこんな風に舌打ちをして俺を睨みつけたけど、結局はその後に白雪にボロクソ言われて泣きを見る羽目になっていたが……やはり、俺としてもここまで下に見られるのは我慢ならない。


「どうしてお前の許可が居るんだと思ったならこう言わせてくれ――彼女は、白雪は俺の大事な存在だからだ」

「……斗真君♪」


 白雪の肩を抱きながら俺はそう宣言した。

 流石にここまで言えば堪えたのか後輩の彼は更に分かりやすく舌打ちをした後、すぐに背を向けて行ってしまった。


「歯応えのないことです。まあ斗真君が突破されたら私が直々にボロクソに扱き下ろすんですけどね」

「……流石だな。まるで悪魔だわ」

「自覚はありますよ。あなたの前では小悪魔のつもりですが♪」


 小悪魔というかサキュバスだよマジで。

 下校途中に面倒なのと出会ってしまったが、今のことを忘れるように俺と白雪は歩き出した。

 それから今回のことについて、そして前回のことについても話がされた。


「やはり根本的に変化すれば色々と変わるのですね。良い変化よりも面倒な変化が多いのが少しアレですけど」

「だなぁ……って、俺は白雪たちの苦労を知らないんだけどな」

「知る必要はないですよ。あなたに会うための苦労だったと思えば悪くないです」


 そう言ってくれると本当に俺も嬉しいよ。

 さて、そんな話から派生するように例の……二階堂についての話も出てきた。


「どうやらあの家についてもある程度変化しているようですね。やってきた悪事については変わらずですけど……どうも動きが早いようです」

「そうなのか?」

「はい。早速本日、お母さんの元に訪れているはずですよ――自分たちのやらかしたことを全て把握されていると思わずに」

「それは……まあご愁傷様だな」


 いや、ご愁傷様ってのも違うか。

 社会という枠組みの中で悪事に手を染めたわけだし、然るべき手順で制裁を受けることになるのは当然だろう。


「鳳凰院の財を求め、そして私を求めていた彼らだからこそ認められないのでしょうね。私に恋人が出来るという事実自体が」

「……………」


 なんか……やっぱり聞いていて面白い話ではない。

 それは白雪が俺以外の誰かに狙われるというのもそうだけど、それだけじゃなくて明確な理由が俺にはあった。


「俺からしたら無関係じゃないけど……何だろうな。その辺りのお金が関係してくることに関しては少し実感がないんだけど」

「はい」

「白雪が……そういう大人の欲望を満たすための道具みたいに見られているのはやっぱり気に入らないかな。息子に関しては純粋に白雪を欲しかったみたいだけど」

「ですねぇ……まあでも、美しい物を傍に置いておきたいというアクセサリー感覚でもあったのでしょう」

「それこそ嫌なんだが」


 そんな奴に白雪を渡したくないとか、そういうレベルの話ではない。

 こんなにも素敵な女の子をそのようなクソみたいな理由で傍に置いておくというのはやっぱり俺には考えられない。

 仮に俺が二階堂のような立場だとしたら……確約が出来ないのは悔しいけど、普通の人間の感覚ならそういうことはないと思いたいが。


「前も言いましたが彼について気にする必要はありませんよ。母がどう料理するのかは分かりませんが、二階堂の名前は近日中に悪い意味でニュースに出るでしょう」

「やっぱりそれくらいなんだな」

「はい。叩くならば徹底的に、恨みを買うことすら恐れずに叩き潰すのが何よりの方法です――恨みを持たれたとて対処は容易ですからね」


 ニヤリと笑って白雪はそう言った。

 まるで最悪の一歩を踏み越えた時、躊躇なくその命を狩ると本気で言いそうな雰囲気に俺の方が息を呑む。


「斗真君さえ居てくれたら他に何も要らないんですよ。それこそ、地球上の全ての人が私たちを残して滅びても構わない……とは流石に言い過ぎですけど、それくらいの覚悟は持っていますよ」

「……今ちょっとゾワッとしたわ。嬉しくはあったけどなやっぱり」


 なんて会話をしつつ、俺は翡翠に大丈夫かとメッセージを送っておいた。

 すぐに返事がなかったが、しばらくして寄こされた返事には全く以て心配する必要がなかったのだと記されていた。


『無様に額を擦り付けて泣いていたわ。気の毒には思わなかったし、結局彼らの自業自得だったのだから――それに彼ら、変わったこの世界で許されないことを口にしたのよ』


 次に続いた言葉に流石に俺も不快に思った。


『白雪の未来を考えたら自分の息子と結ばれる方が正しいと、その方が白雪も満たされ幸せになれるんだって豪語したのよ。だからその時点で、徹底的に潰すことにシフトしたわ。100%が200%になった感じね』


 どちらにしろ確実に潰すのは変わらなかったわけだ。

 翡翠から送られたメッセージを白雪に見せると、彼女はクスクスと笑って呆気なく散った一家のことを嘲笑った。


「それでは斗真君。今日も運動の方を頑張りましょうか」

「おう」


 やっぱりどんな形であっても彼女たちを敵に回したらいけない。

 まあ俺が彼女たちの敵になることは確実にないんだけど、もしも俺がこの世界についての記憶を持っておらず、白雪や翡翠のことを知らなかったら……想像するのもかなり怖くなる。


「大丈夫ですよ。あなたがもしも私たちを知らなかったら、ということを考えたことはありません。そんな世界のことを想像する必要はないですし、この世界のことだけを考えれば良いんです――斗真君は私たちに愛されることだけ考えてください」


 そう強く言われ、俺は歩きながら頷くのだった。

 それからランニングを開始した俺たち……そこでデパートの前でとある二人を目に留めた。


「ま、待ってくれ!」

「離して。どんなに嫌いだったとしても、自分の家族をそんな風に言う人と付き合いたくなんてありません――もう話しかけないでください」

「……あ」


 そんな兄と恋人の女の人のやり取りを目撃したのだ。

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