夢の誘い
「……?」
それは唐突な目覚めだった。
ベッドから体を起こした白雪は目元を擦りながら辺りを見回すと、そこは当然彼女の部屋だ。
「……あ、そうでした。今日は一人でしたね」
可能な限り斗真と一緒に寝ることが多いので、こうやってふと目を開けた時にどうして隣に斗真が居ないのかと考えることがある。
今日は白雪も翡翠も彼の隣には居ないので、今斗真は一人で眠っているわけだ。
「……………」
無言でベッドから出た彼女はゆっくりと歩を進めるように部屋を出た。
眠たそうな瞳、異性を狂わせる抜群のスタイル……そして無意識にでも溢れ出す圧倒的な色香を放つ白雪のこの姿を見れるのは斗真と翡翠しか居ない。
「……斗真君」
名前を呟くと幸せになる……ではなく、少しだけ不安になったのだ。
突き動かされるように斗真の部屋に向かい、悪いとは思いつつも控えめにノックをした後に中に入った。
気持ち良さそうにいびきを掻く斗真の姿が目に入った。
傍に近づくとその顔立ちが良く見え、それだけで白雪は小さく微笑む。
「斗真君は……そこに居ますよね」
そこで眠っているのだからそこに居る……だが白雪はどうしてか落ち着かない。
真っ白でシミ一つない手を彼に伸ばし、その手を握りしめた。
▽▼
「……うん?」
それは見覚えのある部屋だった。
俺にとって懐かしさを覚えるその部屋は……そう、俺が斗真として生きていた世界の部屋だった。
「これ……夢だよな」
一瞬にして俺は今夢を見ていることを理解した。
とはいえ懐かしい光景に感動は……特になく、俺は当たり前のように椅子に座ってパソコンを起動させた。
「懐かしいなマジで……」
夢なのにハッキリとした感覚の中で俺はあのゲームを起動させる。
俺が入り込んでしまったゲームの世界……白雪と翡翠が俺を愛してくれている夢のような世界だ。
何度も思うことだけど、本当にこういう奇跡ってあるんだなと感慨深い。
ただ……ゲームを起動して俺はすぐに落とす。
「あれだな……なんで俺以外の奴と愛し合う白雪たちを見ないといけないんだよ」
これだけ言うと完全に頭のおかしい奴なのだが、既にあの世界のことを知り彼女たちと想いを交わし合ったからこそ出てくる言葉だ。
そう思ってゲームを落としたのだが、何故かそこでパソコンがフリーズした。
「あれ……」
まあ夢の中のことなので仮にぶっ壊れても問題はないのだが、一体どうしたのかと気になるのも仕方ない。
マウスカーソルさえ動かなくなったことでもうお手上げだ。
仕方なくパソコンを強制終了させようとスイッチを押そうとした時、まるで這い出るようにモニターから一本の手が現れた。
「……は?」
ホラーもビックリの光景につい固まってしまう。
そんな登場の仕方だったがその手はとても綺麗で……俺にとって、とても見覚えのある手だったのは言うまでもない。
何かを探すように蠢くその手を俺は握りしめ……そして目が覚めた。
「っ!?」
明るかった世界から一気に暗い世界へと俺は舞い戻った。
目を開けると今の俺にとっては見覚えのある天井が出迎えてくれ……そして少し視線を横にすればそこには白雪が立っていた。
「……ぬおっ!?」
「きゃっ!?」
思わず驚いて大きな声を上げてしまった。
白雪も可愛らしい悲鳴を上げたがこれは俺が驚くのも無理はないはずだ……というか白雪は何をしているんだ?
「すみません。ちょっと不安になりまして」
「不安?」
「はい」
どうやら俺のことに関して不安になり、それで居ても立っても居られず俺の部屋に来たとのことだ。
よくよく考えたらこうして朝になるまでに白雪が部屋に来るのはあまりない。
翡翠もそうだが一緒に寝ようという話になれば朝まで一緒だし、仮に今日みたいに互いに別々ならよっぽどのことがない限り誰かの部屋に向かうこともない。
時間を確認するとまだ2時過ぎだし……不安かぁなるほど。
「……あ」
そこで俺は明確に薄れかけていたさっきの記憶を呼び起こした。
夢の中であちらの世界に戻った感覚……そしてパソコンに異変が起こり、モニターから現れた手を握りしめそこで目が覚めた。
「白雪、手を見せてくれ」
「え? はい」
差し出された白雪の手を優しく握りしめた。
やっぱりだ……やっぱりこの手だと、俺はさっきの手が白雪の手だと確信を持って頷く。
「どうしたんですか?」
黙り込んだ俺を見て白雪が首を傾げた。
そんな白雪を見ていると、とてつもないほどの愛おしさが溢れ出し、俺は出来るだけ優しくしながら彼女をこちら側に引っ張った。
また先ほどのように小さな悲鳴を上げて白雪は俺の上に倒れ込んだが、決して怒ったりはせずに額を胸に擦り付けながら匂いを嗅いでくる。
「夢……見てたわ」
「夢ですか?」
グッと顔を近づけてきた彼女に頷く。
あまりにも際どい姿ではあるのだが、布が薄いのもあってネグリジェの上からでも肌の感触が伝わって気持ちが良い。
完全に手付きがエロ親父のそれに思えなくもないが、そんな俺の手を白雪は嬉しそうに受け入れ、お返しをするように首元をペロペロと舌で舐めてきた。
「あっちの世界に戻る夢……それを見た」
「……詳しく教えてください」
舐めるのを止めて顔を上げた白雪は真剣だった。
しかも最近はあまり見ることのなかった昏い瞳で俺を見つめる彼女……まるで深淵から這い出た悪魔のような雰囲気だった。
俺はそんな彼女の表情に若干の恐怖を抱きつつも、ついさっきまでの白雪との違いが逆に面白かった。
「でも大丈夫だった。モニターから手が這い出てきてさ……それでその手を掴んだらこっちで目が覚めた」
「それは……凄い偶然ですけど、あまり想像はしたくないですね」
もしかしたらあの手を握らなかった場合、ずっとこっちにはもどれなかったかもしれないって? そんな馬鹿なことがあってたまるかよって気持ちだけど、やっぱりそれがないとも限らないよな。
「夢の中で手を握って、それで目を覚ましたら白雪が実際に手を握ってて……なんか運命だよな」
「運命の悪戯で引き離されたらたまったものではありませんよ」
「確かに」
そこでようやく白雪の表情も柔らかくなった。
しかし……こんな時間に目が覚めるのはマジで困ったものだが、それはどうやら白雪も同じようで……あれ?
「どうしました……あ」
そこで俺たちは少しドアが開いていることに気付いた。
ジッと見つめているとゆっくりと開いて翡翠が顔を見せ、ベッドの上で抱き合っている俺たちを見て嫉妬するようなことはなく、どこかホッとしたように胸に手を当てて息を吐いていた。
「良かったわ……」
そう言って翡翠は真っ直ぐに俺の元へ。
そのままベッドの上がって白雪と同じように俺をその豊満な胸元にやんわりと抱き寄せた。
「もしかしてお母さんも不安になりました?」
「そうね。何かこう……斗真君が離れていくような夢を見たわ」
ここまで来ると本当にあの夢は何か意味を持っていたのかと思わざるを得ない。
もしも白雪の手を握らなかったどうなっていたか……今になって怖くなった俺はそのまま翡翠の胸に甘える。
俺の頭の動きに合わせて形を変える大きくて柔らかなマシュマロの感触に気持ち良くなるのと比例するように、どうして私の方にそうしないのかと不満そうな視線を白雪から感じて苦笑した。
「白雪? 今は私に斗真君が甘えているのだから我慢なさいな」
「私の方が先に来たのに……斗真君の連れ戻したのは私ですよ?」
「済んだことよ。今は私に彼は甘えているの」
「ぐぬ……ぐぬぬっ!!」
やれやれ、これじゃあどう考えてもすぐに眠れるわけがないじゃないか。
あれから少し時間は経って2時30分……さて、どうやって眠気を誘おうかと悩むことになりそうだ。
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