名前だけ

 二学期になっても特に変化はない。

 精々体育祭などがあったりするくらいで、それ以外は例年と何も変わることはないだろう。

 まあ俺からすればそういうイベントを白雪と楽しむのはもちろんなのだが、俺としてはそれ以上に気になるモノがあったので、それを聞くために昼休みの昼食の時間にそれとなく質問をした。


「なあ白雪」

「はい?」


 量の違いはあれど、内容はほぼ同じ弁当を俺たちは広げている。

 俺と白雪が深い関係であることを知っているのはまだ彼女の友人程度だけど、こうやって一緒に弁当を食べたりしていたら流石に分かるはずだ。

 物珍し気であったり嫉妬であったりと、多様な視線を向けられるが今の俺はもうビクともしない。


「確か……この時期の二学期に転入生が居るだろ?」

「……あ~、そう言えば居ましたね。何度も繰り返していましたけど、今回はあまりに幸せすぎてあんな小物のことは忘れていました」


 小物って……でも確かにそういう出来事があったって語られるだけなので本当にその通りなんだろうな。

 ただ俺としてはその辺りのことは全くなので、白雪の口から詳しく聞きたいところだな。


「あ、そうか……確かにああいう出方だと斗真君の視点は彼に関する情報が何もないんですね」

「だな。もしかして結構面倒な話だったりするのか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ」


 ただこういう未来に関することをそれなりに人が集まる場所で言うのもどうかとなり、昼食を終えた後に俺たちは二人になれるよう屋上に向かおうとしたのだが、その際に隣のクラスの男子に呼び止められた。


「郡道、それから鳳凰院さんも」

「……あ」

「あなたたちは……」


 話しかけてきたのは二人の男子で俺は彼らに見覚えがあった。

 いつも洋介と仲の良かった友人たち、彼らは俺と白雪……いや、特に俺を睨むようにしながらこう言ってきた。


「あいつに……洋介に何をしたんだよ」


 そう言われて俺はハッとするように思い出したことがある。

 それは以前に白雪との仲を見せ付けるため彼の前で白雪の体を好きにしたこと、そして俺ではなく白雪が現実を思い知らせるという意味も込めて彼に多くの真実を伝えたことだ。


「……………」


 何かしたかしてないかで言えばしてしまったのは違いないけど、俺はあれを間違ったものだとは思っていない。

 そもそもあの洋介が抱いていたねっとりとした気持ちを打ち払い、本当の意味で白雪を諦めさせるという意味においては効果的だったし……まあ色々と言ったけど、俺自身が彼に示したかった――白雪は、この子は俺だけの存在だって。


「あなたたちには――」


 何かを言おうとした白雪を俺が制した。

 目を丸くして見つめてくる白雪に頷き、俺は簡潔に……分かりやすくストレートに伝えるのだった。


「何かしたかしてないかで言えばしたと言えるな」

「……お前!」

「一体何を――」

「白雪との関係を教えただけだ。あいつが白雪のことを好きだったのは知っているけど、俺の方が彼女のことを愛しているんだって伝えただけだ。そもそも、俺と白雪はずっと前から近い距離だったから」


 洋介に何かしたのは間違いないが、これはあくまで仕方のないことだ。

 暴力でも嫌がらせでもなく、俺たちの間にあったのが白雪という女の子を巡る事実だと知った二人は驚いたように目を丸くした。

 そしてこのことに関して思う部分はあれど、俺にも白雪にも直接的な非がないことは分かったらしい――恋愛ってそんなもんだからな。


「……でもちょっと待ってくれ。洋介から聞いたし俺たちだって知ってる……鳳凰院さんは郡道のこと嫌いだったろ?」

「そうだって。鳳凰院さんの様子だってそんな感じだった! 君のことだから何かされたとは思えないけど、そいつの良い部分を知ったからとかそんな理由なのか?」


 そんな理由は酷くないか……?

 まあでも、分からないでもない……だって俺がこうなる前の嵐はただの白雪のストーカーだったし、何より俺自身が嵐のことを嫌いだったからだ。

 問いかけられた白雪は強く頷いた。


「その通りです。私は彼の良い部分……いいえ、良い部分などという言葉だけでは足りないほどの素晴らしさを知っています。この体を、心を、一生をかけて尽くすことを誓うほどに私は彼のことを好きになったんです」

「……………」


 改めてこんな風に宣言されるのはかなり恥ずかしいな。

 白雪の思い切った言葉に二人は唖然としたが、流石にもうこれ以上は何も言えないと思ったのか下を向いた。

 分からず屋でもなく単に洋介のことを思って俺たちに声を掛けたわけだけど、あいつは良い友人を持ったんだなと少しだけ羨ましくなる。


「洋介……学校に来てないんだよ」

「……でも失恋かぁ……今日家に行ってみるしかねえな」


 あいつ……学校に来てないのか。

 理由は間違いなく失恋からのものであることは想像に難くない……気にする必要はないはずだが、それでも少しだけ気にするのは仕方ないか。

 二人と別れ、俺は白雪と共に屋上に向かった。

 二人っきりになって外の景色を眺める俺に白雪が口を開いた。


「気にする必要はないですよ? 冷たいと思われるかもしれませんが、どんな形であっても彼が失恋したならばこうなったでしょうから」

「……大丈夫だ。ちょっとしか気にしてないから」

「ふふっ、色々と知った中でもそう言えるのは優しさですよ。まあでも、私は何があっても彼に対してもう気を許すことはないでしょうが」


 白雪と翡翠はそうだろうな……むしろ、もっと酷いことになったとしても逆に嘲笑う可能性もあるし、そうなってもそんな彼女たちを俺は否定できない。

 まあ俺が望むことと言えば、もう俺たちに関わらない範囲で立ち直ってこれからを生きてもらえば一番良いんじゃないかな。


「それで、転入生についてですね?」

「あぁ」


 それから本題に入った。

 10月になった段階で転入してくる男子は二階堂にかいどう林弥りんやという名前で、鳳凰院ほどではないがそれなりに金持ちの家らしい。


「彼が転入してくる理由は単純です――私を口説くためです」

「……ほぉ?」


 おっと、ちょっと拳に力が入りそうになっちまったぜ。

 クスッと笑った白雪は俺の手を握りしめ、まるで力を入れる必要はないから大丈夫と言わんばかりに優しく包んできた。


「彼の父が強欲で鳳凰院の財力を欲しがり、彼もまた写真で一目見ただけの私を気に入り手元に置こうとするのですよ」

「なんか……そういう奴って居るんだなって思ったわ」

「居るんですよねぇ。忘れました? ここは元々ゲームの世界ですよ?」

「確かに」


 まさか俺がそれを白雪に指摘される日が来るとは不覚だ。

 白雪は俺のお腹に背中を預けるようにして身を寄せ、そのまま抱きしめることをお望みらしく、ちょっと豊満な膨らみを揉むような悪戯をしつつも、彼女のしたいようにした。


「よくある俺様気質と言いますか、正直に言えば身の程を知らないお坊ちゃんなだけですよ。きっと幼い頃からなんでも与えられたんでしょうね……それで俺のモノになれと言われて当然断るんですけど、それで彼は父親に泣きつくっていうあまりにもダサいと言いますか……その点に関しては小泉君以上に気持ち悪いですね」

「……へぇ」


 逆上とかじゃなくて泣きつくのか……。

 立ち絵すら用意されていなかったそれは一体どんな奴なのか、少し見てみたい気もしてきた。


「斗真君が彼を見ることはありませんよ。まさか、来ると分かっているゴミの処理に何も手を付けていないとお思いで?」

「え?」

「二階堂の家は不正に塗れていますからね。何度も何度もやり直したからこそ分かっていることです。鳳凰院の財を求める前に、私を求めるよりも前に、あの家は終わります」

「……そうなんだ」


 この辺りに関しては完全に彼女たちしか知らないことだ。

 とはいえ俺自身も何かしらの警戒はしておく越したことはないだろう――何が変わっているのか、今はもうそれが分からないのだから。


「斗真君はただ、私たちのことを考えてください。それが一番良いんですから♪」


 やれやれ、この子たちは本当に怖くて……でも優しくて可愛いんだよな。

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