二学期
「……まさか、新しく用意することになるとはなぁ」
「ふふっ、本当に大きな変化だと思いますよ」
夏休みが終わって新学期の到来だ。
ついに高校二年生としての日々は中盤戦にこれから突入するわけだが、本当に色々なことがあった夏休みだった。
洋介のことも然り、家族のことも然り……本当の意味でこの家に住むことになったのも全てがあまりに濃い日々だった。
(……マジで驚きだぜ)
そして何より、あの醜かった肉体が大きな変化を迎えたのだ。
もちろん仰天するほど痩せたというわけではないが、少なくとも少しばかり顔立ちが変化する程度には痩せることが出来た……いや、顔立ちがもう完全に以前の俺に近づいているのを明確に感じている。
さて、それで何を新しく用意したのか――それは制服だ。
シャツはともかくズボンに関してはベルトをどんなに強く締めてもブカブカな部分が出来てしまい、もう嵐として持っていたズボンは穿くのが難しくなったので、今の体型に合う制服を用意したわけだ。
「触ってみても良いですか?」
「おうよ」
ポンポンとお腹を白雪は触ってきた。
悔しいけどまだまだ腹は出ている方ではある……だが、白雪はまるで自分が満足するかのように笑顔で頷いた。
「ちゃんと成果として出ているんですよ。自信を持って……いいえ、既に斗真君は自信の塊でしたね」
そうだな……本当に自信の塊になったと思うよ。
ただ少しばかり恐れていることがあって、人間には幸せ太りという概念があるらしく、せっかく痩せても彼女たちから与えられるもので幸せの絶頂が続き、その影響でまたリバウンドするのではないかという怖さがある。
「冬までにはもっと頑張るよ。だから白雪もあまり俺を甘やかさないでくれな?」
「えぇ~、斗真君をもっともっと甘やかせたいですよぉ♪ そんなに頑張らなくて良いんですって甘々にしたいですぅ♪」
そんな甘ったるい声で誘惑するんじゃない!
翡翠はともかく白雪は甘やかせるだけでなく、しっかりと叱り強い言葉を言える女の子なんだが……最近、その部分の彼女が消えかけているのも事実だ。
たぶん白雪も幸せを強く感じてくれているようで、それで少し気持ちが緩んでいるのかもしれない。
(……いや、それもなさそうだな)
あくまでそう見えるだけで彼女の本質は何も変わっていない。
それこそ何かあった場合、つまり彼女にとって許せないラインを越えた時に白雪はきっと怒るのだろう――目も当てられないほどに強く、恐ろしさを纏って。
「よし、それじゃあ行こうぜ」
「はい♪」
翡翠は既に出かけているので家には居ない。
こういう時にいってらっしゃいと伝えられることのない寂しさを少しだけ抱きながら、俺は白雪と共に家を出るのだった。
いくら夏休みが終わったとはいえ、まだまだ暑い日々は続いている。
なので流石に腕を組んだりすることはないのだが、それでも俺と白雪の距離はかなり近くどう見ても他人には見えないはずだ。
「夏休みが終わっても、斗真君はあっちに戻ることはありませんでしたね?」
「あぁ……もう帰るのは無理じゃないか? というか、白雪と翡翠がそれを望んでいないだろ?」
実は夏休みが終わると同時に、俺があっちに戻るんじゃないかと無用な心配を白雪はしていたのだ。
彼女自身がそれはあり得ないと言っていたくらいなのに、その兆候は全くなかったのにも関わらず、白雪は一度気にしたらダメだったのか昨日の夜はとにかく俺を離すことはなかった。
「私もまさか、あんなに気にするとは思いませんでしたよ。だってそんなことはあり得ないと分かっているのに……それでも一度気にしたら我慢出来なくて、もうあなたから離れられませんでした」
「そういうとこ本当に可愛いと思う」
どれだけ白雪を知っても魅力は語り尽くせないし、一緒の時間を過ごせば過ごすほど彼女との日々は素晴らしいほどに彩られていく……うん。俺にとっても白雪と翡翠の存在はもう手放せないんだよ。
「仮にもしも何かがあって斗真君が向こうに戻っても、私はその手をどうかにして引っ張るためにそっちに行きますから」
「……来れるのか?」
「来れるか来れないかではないんです――行くんですよ」
白雪はジッと俺を見つめてそう言った。
必ずそうするんだと、何がなんでもそうしてやるんだと言わんばかりの決意を秘めた強い視線……あぁ、この白雪の表情もやっぱり好きだな。
白雪は鋭い視線のまま言葉を続け、俺はただただ彼女の言葉に耳を傾けた。
「斗真君がこちらに来れたのですから私もそちらに行けるはずです。そしてあなたの手を取って必ずこちら側にまた引きずり込みます」
「それは……なんか血眼になって追いかけてきそうな勢いだな」
「そうもなりますよ。あなたのことは絶対に逃がさない……それこそ、モニターから上半身を出すだけの無様な姿を見せたとしても、あなたをまたこちら側に引きずり込みますから」
なんとなく、鮮明にその時の映像が頭に浮かんだ。
俺の目の前にある一つのモニターから血涙を流す勢いで白雪が現れ、鬼気迫る表情で俺の腕を掴んでモニターの中に引きずり込む光景が。
「……なんか、それも悪くないなって思っちゃうのはもう病気だよ」
「良いじゃないですか。ま、それくらい想っているということです」
「ありがとう」
「こちらこそです。それで、大丈夫ですか?」
「……え?」
「時間、大分過ぎてますけど」
……………。
どうして君は笑うんだい? 今この瞬間の俺は焦りでヤバいことになっているよ。
白雪にとっても朝礼に遅れるのはマズいはずなのに、それでもとにかく彼女は俺と一緒にこういう時間を共有することが自体が楽しいのか笑っていて……そんな彼女をどうしようもなく俺は好きなのだ。
「俺でも遅刻は初めてだぞ?」
「私もそうですよ。これで私たちは同じですね」
そうだな……まあいいや、取り敢えず早く教室に入ろう。
教室に入った瞬間、当たり前のように担任の先生と懐かしいクラスメイトの顔が目に入った。
俺と共に現れた白雪に事情を僅かに察している一部の人以外が目を丸くしたが、俺はすぐに先生に頭を下げた。
「すみません。ちょっと遅刻しました」
「私もです。申し訳ありません」
俺ならともかく、白雪が頭を下げては先生は何も言えないようだ。
というより……多くのクラスメイトが俺のことをジッと見て目を丸くしていることに気付き、俺は新しい始まりということでマッスルポーズを取った。
「夏休み前からジムとか結構行っててさ。それなりに痩せたんだわ」
「そうなんですよ。嵐君、とても頑張っていましたからね」
「……あ、そうか嵐だったか俺」
「ふふっ、一体何を言ってるんでしょうかね」
なんて俺たちのやり取りも彼らは目を丸くしていた。
でもただ一人、斎藤だけは特に変な目を向けてくることはなく、最初から俺のことは分かっていたようだ。
それから俺と白雪は席に座り、こうして二学期が始まった。
物珍し気に見つめてくる視線はあれど、休憩時間になっても俺に話しかけてくるような人たちはやはり居なかった。
とはいえ、白雪が常に傍に居り……そして正式に友達に宣言したようだ。
「良かったのか?」
「はい。むしろ黙っていたらそれだけ変に見られるでしょうから」
俺とそういう関係であることを伝えたのだ。
驚きはあったようだが白雪がゆっくりと毒を体の中に入れるがごとく、俺のことを伝えていたので受け入れられたようだ。
もっとも、俺に変化があったのが一番大きいようだが。
「これで学校でも隠れる必要はありませんよ」
「そうだな……うん、そうだな」
それでも人前では少し遠慮はすることになりそうだけどな。
ただ……ここに来てようやく俺は思い出したことがあった――原作が開始される前に起こる一つの出来事として、転入生が一人現れる。
『私たちの愛を邪魔する者に価値なんてあるんですか? 消えてもらいましたよ?』
あまりにも印象が無さすぎて忘れていたが、そんな会話が存在しているように白雪と洋介の仲を邪魔する転入生が居た描写があった。
「どうしました?」
「……あぁ」
俺はそのことを白雪に話す。
彼女が何も知らないわけはないはずだが、それでも俺としては少し不安だったので情報共有の意味も込めて伝えるのだった。
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