惚気まくる二人

「……?」


 それは唐突な電話だった。

 今日は白雪と過ごす夜ということで、ベッドに上がったネグリジェ姿の彼女が肩に掛かる紐に手を当てて外そうとしたその時……白雪が思いっきり眉を潜めて機嫌を悪くしてしまうタイミングだったわけだ。


「すまない。電源を切ってれば良かったよ」

「大丈夫です。別に機嫌を悪くはしていませんよ?」

「そうか。白雪は優しいな」

「はい。私はとても優しくて可愛いあなたのお嫁さんです♪」


 それは間違いないなと俺は苦笑した。

 さて……俺は白雪から視線を外してスマホの画面に目を向けた。


(……何の用だ?)


 電話を掛けてきたのは父だった。

 義務的に会いに来るか、それとも偶然に会うことでしか顔を合わすことのなかったあの父が電話だと?

 何か裏がありそうだと当たり前のことを考えたが、何度も何度も電話をされるのは面倒だと思い通話をタップした。


「もしもし?」

『……………』


 ……なんか、声すら聴きたくないって感情が手に取るように分かる気がする。

 俺の様子から誰からの電話なのか分かったのか、白雪は気に入らなそうな顔をしたが特にスマホを取ったりはせずに俺のすることを見守ることにしたらしい。


「ちょっとこっちに座ってください。待つのも暇ですので」


 通話に耳を傾ける俺の手を白雪は引いてベッドの腰を下ろさせた。

 そのまま彼女は俺の前にしゃがみ込み……そのまま、アレを始めてしまったので当然俺は驚いたように声を上げそうになるが、ニヤリと笑った白雪が口元に手を当てたので寸でのところで声を抑えた。


(……白雪め……ふぅ)


 ……取り敢えず、父との電話に集中することにしよう。


「何の用だ?」


 父親に向ける息子の言葉とは思えないほどに棘があるが、あの母とのやり取りがあったのでこれもまた仕方ない。

 電話の向こうで何も話をしない父と、俺の視界の先でズズズッと下品な音を立てる白雪を見つめる構図……なんだろうねこれ。


『……あれがお前に声を掛けたそうだな?』

「あれ? ……母さんのことか?」

『あぁ』


 どうやらあの出来事のことを言っているらしい。

 一応俺は黙っているつもりだったけど、帰った時点で白雪には察せられてしまったし、白雪が気付いたのなら翡翠が気付くのも必然だった。

 夕飯の時に何があったのか、どんなことを話したのかを伝えたわけだけど……何かあったのか?


『お前に謝るのは……くそっ、すまなかった』

「……ふ~ん?」


 明らかに不服だと言わんばかりの雰囲気だが、父が俺に謝罪をするとは思わず少しだけ驚いた。


「おいひぃでふ……ぅん……はふぅ……」


 ……ええい! 集中しろ斗真!

 とはいえ……どうでも良い元父親との会話の最中に、白雪からの奉仕を受けるという何とも言えない空間に少し興奮している。

 全てを吸い尽くすような音は聞こえていそうな気もするが、もしかしたら雑音として認識しているのかもしれない。


『今日、鳳凰院の方から連絡があった。これ以上好き勝手を許すなら、どうなっても知らないぞ……と』

「……そうだったのか」


 何かをしたと翡翠から聞いてはいなかったけど、この話をした時に彼女が憎々し気にどこかを睨みつけていたのは気付いていた。

 俺は気にしていないしどうでも良いと考えているわけだが、やはり白雪と翡翠にとっては俺のことなので怒りを感じてくれているのか。


「……?」


 口に頬張り続けてながら見上げてくる彼女の頭を撫でる。

 気持ち良さそうに目を細める白雪は、お返しと言わんばかりに俺にもその気持ち良さを提供してくるかのように舌の動きが加わった。


『キツく言っておいた。二度とお前には関わるなと……もちろん、義也と加奈にも言っておいた。家族を、今の自分たちを守るためにお前には近づくなと』

「そうか」


 どうやら父は本当に翡翠のことが怖いらしい。

 一歩間違えたら全てを失ってしまう崖っぷちに立っているのが父で、その父の喉元に銃口を突き付けているのが翡翠というわけだ。

 大人の世界のことなので詳しくは分からないまでも、やはり圧倒的な地位と力があればそういう恐ろしいことも可能にするようだ。


「アンタもそうなんだな?」

『もちろんだ。二度とお前に近寄ることはしない……だからどうか、お前の方からも何卒と鳳凰院様に伝えてほしい』

「分かった」


 結局は俺を頼るのかと呆れそうになったが、これで完全に元家族との繋がりが切れるのならば是非もない。

 街中でふとした時に顔を合わせることはあるだろうし、気に入らないような視線を向けられることもきっとあると思う……でも、俺だってそれを望んでいる。


「ならこれでさよな……うっ!?」

「っ!? ……♪♪」


 もう話すことはないと、俺はそこで通話を切った。

 ある程度話して顔を離した白雪を抱きかかえ、少し乱暴かと思ったがそのままベッドに放り投げて覆い被さった。


「ふふっ、怖い狼さんみたいな顔をしていますよ?」

「怖いのか?」

「いいえ、是非食べてくださいね? 美味しく味わってください……ほら、あなたの望む果実がたっぷりと涎を垂らしていますから」


 ……前から思ったけど、この子雰囲気だけでなく言葉も最高にエッチなんだよな。

 それから長い時間を掛けるように、俺と彼女の間に繋がる愛を確かめ合うように一心不乱に体を重ねた。

 そして全てが終わった後、俺たちは裸のまま抱き合っていた。


「今日の斗真君は一段と激しかったですね?」

「あれも焦らしみたいなものだろ? それに……今日の白雪の誘い文句がかなり刺さったというか」

「そんなにエッチでした?」

「うん」

「それは良かったです♪」


 嬉しそうに笑った白雪は更に腕を強く抱いてきた。

 こうして白雪や翡翠を抱いた後に思うことだけど、連日連夜のように出来るのは今が夏休みだからだ。

 これでまた学校が始まると流石にペースは落ちるとは思うが……それにしても、本当に彼女たちの体に飽きというものを感じない。


「そういえば、斗真君は何かエッチな漫画とかはこっちで読まないんですか?」

「いきなりどうした?」

「いえ、この前友人と出掛けた際にそういう話題になったんですよ。まだその子は彼氏とエッチをしてないんですが、どうしてそういうのを見るのに手を出してこないんだって憤慨していたんです」

「へぇ……」


 それはきっと、まだ早いとか傷つけたくないって理由で発散してるんじゃないのかなと俺は睨んだ。

 しかし……確かにそうだな。

 この世界に来て俺はもうそういう成人指定されている作品に関しては全く手を付けていないし見ようとも思わない。

 前世ではエロゲ―にエロアニメ、エロ漫画と網羅していたが……だってなぁ。


「それ要るか? 目の前に白雪が居るのにさ。翡翠だってそうだし」


 この二人が居るのにわざわざ興奮を齎す何かが必要なのかって話だ。

 俺が考えていることは分かったようで、白雪は更に笑みを深くすることはなく珍しく照れたように顔を赤くした。


「……その、私は基本的に素直に口にするタイプです」

「あぁ」

「物怖じせず、なんでも言えるタイプです」

「だな」

「でも……いくら雰囲気や言葉で取り繕えても、愛する人からの嬉しい言葉にはいつだって嬉しくなってこうなっちゃうんです」

「……………」


 俺の嫁が最高に可愛いんだが!?

 彼女が言ったようにいつだって白雪は思ったことを口にしてくれるタイプで、もちろんちゃんと考えての言葉を放ってくる。

 それでもこうして照れたりする瞬間は彼女の愛らしさが全面的に出てくるようで本当に可愛いのだ。


「白雪は……可愛いよめっちゃ」

「……はい」


 ……うん、俺も少し恥ずかしくなってきたかも。

 こうして父からのある意味で最後の電話が掛かってきたけど、それを忘れてしまいそうになるほどに俺は白雪との時間を過ごした。

 こんな風に永遠に続く夏休みなら望むところだけど、生憎とそういうわけにもいかず、夏休みが終わるのは必然だった。

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