まさか?
「ぅん……じゅる……」
「し、しら……っ!?」
四人の元クラスメイトに見られる中、白雪の舌が唇を割って入ってくる。
どんなことがあったのかを話した時に彼女は面白くなさそうな顔をしていたのはもちろんだが、まさかこうなるとは予想しなかった。
「なに……してんだよ」
「郡道……は?」
「……………」
「……あり得ねえ」
あり得ない物を見たことで言葉を失った彼らの様子に、顔を離した白雪は満足そうに笑みを浮かべた。
俺には人の心を読む力がないので彼らが何を考えているのかは分からない。
だが、ただただ俺と白雪の様子が信じられず、郡道嵐という見下していた男が白雪というあまりに美しすぎる女の子とキスをしているのをとにかく認められないようだった。
「白雪、いきなりすぎないか?」
「そうかもしれませんね。愛おしいあなたを前にしたら我慢出来ませんでした」
そう言って白雪は彼らに再び笑みを浮かべた。
俺からすれば完全に相手を煽る笑みにしか見えないのに、あっちは顔を赤くして照れているので白雪に見惚れているらしい。
俺はそんな彼らに絶望を与えるというほどではないが、四人が見惚れた白雪の頬を手を添えて今度は俺からキスをした。
「……斗真くぅん♪」
「あはは……」
流石にさっきまで舌を入れていたし、今度は俺からキスをしたということで完全に白雪のスイッチが入っていた。
腕を組んで早く帰りましょうと腰をフリフリさせながら強請る白雪はまさにエッチの化身、それこそ現代に生きるサキュバスのような雰囲気を纏っている。
「郡道……その人は……?」
「……あ~」
今の一瞬で俺は完全に四人のことを忘れていたことに驚く。
それだけ白雪と一緒に居ることが自分にとっての不要なものを一瞬にして忘れさせる力でもあるのだろうか……まあいいと、俺は白雪の肩を抱きながら彼らにこう伝えるのだった。
「さっきお前らから彼女の写真を見せてもらったからお返しってわけじゃないけど、この子は俺の彼女……もうお嫁さんみたいなものかな?」
「そうですね。結婚まで秒読みですし」
その言葉を最後に俺と白雪は彼らに背を向けた。
それからしばらくジッと背中を見つめ続けられるような感覚があったが、それも俺の腕を抱く白雪のおかげもあって全く気にもならない。
「……なあ白雪」
「なんですか?」
「やっぱり暑いな?」
「……そうですね」
彼女と腕を抱く行為は普通に好きだ。
外で出歩く際もそうだし、家で隣り合ってのんびりしている時にも彼女の柔らかさと温もりを一度に感じられるから大好きなわけだ。
しかし、今の時期は夏ということもあってかなり暑く……たとえ幸せな時間だったとしても蒸し暑さの方が勝ってしまう。
「嫌でしたか?」
「分かってて聞いてるよな?」
「もちろんですよ。斗真君が私に引っ付かれて嫌だなんて言うはずないです。思い込みが激しいわけではなくて、これは何も間違ってないことですから」
本当にその通りだと、俺は白雪と見つめ合って笑った。
(まあでも、やっぱりかなり見られるのは変わらないな)
片や涼し気なワンピース姿の美少女、片や運動着のデカブツなので物珍し気に見られるのも不思議ではない。
最近だと白雪と一緒にこの辺りもよくランニングしているので、いい加減に見慣れてほしい気もするんだが……まあ仕方ないかこればかりは。
「……くんくん」
そんな中、足を止めた白雪が俺に近づいた。
抱き着いたりしてくるわけではなく、可愛らしく声も出しながら俺の体の匂いを嗅ぎ始めたのだ。
実はさっき、彼らにとことん臭いと言われたことも教えていた。
「う~ん、臭いなんて思えませんけどね私は。斗真君の香り……凄く好きです」
「ありがとな」
ちなみにタオルとかで吸った汗の臭いは凄く臭かった……それだけは確かだ。
まあ汗の臭いなんてものはそういうものだと思っているので、好きだと言ってくれる白雪や翡翠がちょっと特殊なのだ。
「私や母のことを少しおかしいなとか思ってません?」
「思ってないよ。特殊とは思ったけどさ」
「思ってるじゃないですか!」
ぺちぺちと軽く彼女は俺の胸を叩いてくる。
そして何を思ったのかこんなことを聞いてきた。
「私の匂いはどうです? 今、ちょうどいい具合に汗を搔いてますけど」
「……………」
基本的に女性は汗の臭いとか気にするはずなんだが……でも、俺はどんな時も白雪から香る匂いが臭いとか思ったことはなかった。
そもそも白雪と翡翠からはいつも甘い匂いが漂ってるからなぁ……香水も振ってるようだが最低限だし、いつも甘い香りしかしないというのが正直なところだ。
「周りに人は居ませんよ~」
「……うっす」
ならばと、俺は白雪に近づいた。
柑橘系の良い匂いだけでなく、彼女自身の香りのようなものも混ざっており……というか、これはいつもの白雪の香りだ。
「汗掻いてるって言ってもさ。その状態の白雪の香りなんて何度も嗅いでるし今更じゃないか?」
「……はっ!? 確かにエッチをすれば汗を掻くので盲点でした!」
「ちょっと声が大きいから抑えようか白雪さん」
結構なスピードで走り去ったママチャリのお母さんがギョッとしたように俺たちを見たぞ今……。
それから俺たちはすぐに帰った。
俺の方は運動をしたのもあって汗を流すために風呂に向かうのだが、当たり前のように白雪も着いてきた。
「背中、洗ってあげますね」
「おう」
白雪は泡立ったタオルを俺の背中に当て、優しく洗ってくれた。
……なんだ、おっぱいを押し付けて洗ってくれるんじゃないのかと少し残念に思ってしまったのは完全に毒されている気がする。
「もしかしてちょっと残念でしたか?」
「……ちょっとだけな」
「ふふっ♪ ならしてあげますね」
直後、ふんわりとした感触で背中に広がった。
そのまま悩ましい吐息と共に上下する彼女の肉体……俺の分身も臨戦態勢になってしまい、それに気付いた白雪が嬉しそうに笑って彼女も再びスイッチが入った。
それでも体を洗い終えるまでは何もすることなく、さあっとお湯で泡が流れた後に彼女は俺の前に回った。
「人間の体って本当に神秘ですよね。自分の体の中にこれが入るだけで、凄く気持ちよくなって愛おしさが溢れるんですから」
優しく撫でながら白雪はそう言った。
そのまま顔を近づけようとしたところ、少し動きを止めて白雪は俺の顔をジッと見つめ……こんな気になることを口にした。
「……あの、斗真君?」
「どうした?」
「いえ……あれ?」
「どうした? 何かあったのか?」
ボーッと見つめてきていた彼女の様子がおかしい。
見ているのは俺の顔だが……なんだ? 何か変なものを見たような驚きというか、本当にどうしたんだ?
「すみません。一瞬、見上げたら斗真君の顔があった気がして」
「俺の顔?」
「はい……斗真君自身の顔が見えた気がしたんです」
「……?」
反射的に俺は鏡を見た。
そこに映っているのは少し細くなった嵐の顔で、白雪が言ったように前世の俺だと思わせるものは何も映っていない。
「ジッと見つめていれば私も母も斗真君自身の顔が浮かんできます。それはイメージのようなものですけど……今は確かに、嵐君の顔じゃなくて斗真君の顔が見えた気がして……」
「……ふむ」
白雪が嘘を言っているとは思わない。
もしかしたら本当にそう見えたのかもしれないし、もしかしたら単純に幻覚のようなものを見たのかもしれない。
呆然とする彼女に俺はこんな冗談を言ってみる。
「もしかして痩せたら元の俺になったりするのかな? なんて、ファンタジーじゃあるまいしあり得ないか」
そう言って笑うと、白雪は真剣な面持ちでこう返してきた。
「いえ……そもそもこうして私たちが出会ったことがファンタジーみたいな部分はありますから。もしかしたらそういうのもあるのではないでしょうか」
「……いやいやまさか」
「嵐君の体ではありますけど、私たちはもうあなたを斗真君としてしか見れない。もしかしたら本当に……」
「……………」
いや、絶対にそんなことはあり得ない。
でも……白雪にそう言われるとまさかと俺も考えてしまうのだった。
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