風邪退散
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい白雪」
洋介とのやり取りを経て白雪は帰ってきた。
あの後、洋介がどうしたかは知らないが、何度もやり直したことと洋介の性格を考えた時、あれで完全に折れたことを白雪は分かっている。
やり方によっては見当違いの逆恨みを抱かれることで起きうることも想定はしていたが、それでもあの時の洋介の目を見れば分かった――白雪のことで、もはや彼が立ち上がることはないだろうことを。
「スッキリした顔をしているわね?」
「はい。とてもスッキリしました……まあ、少しやり過ぎかなとは思いましたけど気にしないことにします」
「そんなこと言って特に気にするつもりはないんでしょう?」
「当然です」
何を言っているんだと白雪は肩を竦めた。
しかしどうやら翡翠は何も知らないはずなのに、まるで全てを見ていたかのような顔をしているが白雪からすれば別に大したことではない。
「斗真君はどうですか?」
「熱はまだ少しあるわ。明日には下がりそうだけど、二三日は安静にした方がいいでしょうね」
「なるほど、分かりました」
白雪は翡翠と別れて斗真の部屋に向かった。
彼が起きていれば風邪が移るからあまり部屋には来るなと言うだろうが、眠っているのでその心配はなさそうだった。
白雪は静かに部屋に入ると、眠っている斗真の顔を覗き込む。
「……斗真君♪」
呼びかけると斗真は僅かに反応したが目を開けることはなく、そのままの状態が続くものの白雪にとってはそれでよかった。
「洋介君とのことは全部終わりましたよ。仮にこれから何かあったとしても、今までのようなことはないでしょう。もう斗真君に嫌な目を向けることもないと思います」
万が一にもあったらあったで更に潰すだけ、そう白雪は妖しく笑った。
近くの置いてあった椅子に腰かけ、白雪は微動だにせずに斗真を見つめる……そうしていると、嵐の顔ではなく斗真自身の顔が浮かんでくるようだった。
『白雪……なんでこんなに可愛いしエッチなんだよ! 好きにならないわけなくないか? 俺の嫁って言わせてくれ!』
彼は別に画面に映る白雪と会話をしていたわけではない。
だがまあ溢れるキャラ愛というのは誰にでもあるもので、それは彼……斗真にとっても例外ではなかった。
白雪にとって、何故このような自我を持ったかは分からない。
しかし彼女は間違いなく生きており、それは斗真が操作する世界の中で彼女はずっと生きていた。
「こうしていると本当に自分が幸せなのが分かりますよ。だってそうでしょう、あなたに触れることが出来るのですから」
斗真の頬に触れ、白雪はついキスをしそうになってハッとするように顔を離す。
それは決して斗真とキスをするのが嫌になったというわけではなく、ないとは思うが風邪になって斗真に心配をかけたくなかった。
「……………」
顔を離し、手も離したが相変わらず白雪は斗真を見つめている。
そしてまた、彼女は思考の海へと飛び込んだ。
『……何回もこうしてプレイしているとアレだな……こう、興奮は確かにするんだけど洋介が羨ましくて仕方ないっての。無理だとは分かってても、想像の一つくらいしちまうよなぁ……なんでそこに俺が居ないんだろうって』
居る……私はここに居る!
そう白雪は何度も何度も思ったし叫びたかった……そこに斗真が居ることを分かっているのに、白雪は無抵抗に洋介との情事を演じるしかなかった。
仕方ないとはいえ、やり直す前のことを思い出すと指に力が入る。
「……私って単純なんですよ。母もですけどね」
クスッと笑って白雪は続けた。
「真っ直ぐな好意にどうしようもなくキュンとしたんです。何度も何度も、私たちの人生を見守ってくれるあなたの優しさに惹かれたんです……もちろん、斗真君はただゲームをしていただけという感覚でしょう。ですが、私と母にとってはずっと見守ってくれていたのと同じなんですよ」
その上で、同じように何度も洋介とのことを見られていたのは胸が張り裂けそうな思いだったが……それももう関係のないことだ。
このやり直した世界で白雪は本当の意味で全てを斗真に捧げた。
「……ふふっ、本当に幸せです♪」
彼女は眠っている斗真を見つめ、妖しく微笑んだ。
さて、白雪や翡翠がここまで斗真を愛することに至ったかの理由はいくつかあるのだが、その中でもやはり大きいのが見守ってくれたからだろう。
斗真にとっては何度もやり直したゲームでしかないが、彼女たちにとっては何度も繰り返した全ての人生を見守ってくれた人というのが大きく、そこから純粋な好意を聞かされたわけだ。
「さてと、それじゃあ私は母の元に行きますね。おかゆを作ってすぐに戻ってきますから安心してください」
眠っているので聞こえるはずはない、それでも言わずにはいられない。
それだけ白雪は斗真のことを優先して考えており、この世界に生きているのは斗真と自分たちだけだと認識しているからだ。
▽▼
「……ふぅ。良い目覚めだな!」
風邪を引いて寝込んでから数日が経ち、最高の良い朝の目覚めを迎えた。
一応熱を測ったが微熱ですらなく、完全に風邪が治り体調が元通りになったこと俺は実感した。
「おはようございます」
「あ、おはよう白雪」
スッキリ爽快、気分も最高な中でラジオ体操のような動きをしていた時にちょうど白雪が入ってきた。
変な姿勢になっている俺を見て彼女はクスッと笑い、俺の様子から風邪が治ったことを察したようだった。
「その様子ですともう大丈夫みたいですね?」
「あぁ。この通りバッチリだ」
マッスルポーズをして元気をアピールする。
ただ流石に今日から一気に体を動かすというのは念のためせず、運動も明日からすることに一応決めた。
「それでは、風邪が治ったということでハグしますね?」
俺の返事を待つことなく、白雪は胸元に飛び込んできた。
俺としても二日程の間が空いて白雪の感触を味わったせいか、ついつい手を離したくなくなってそのまま思いっきり抱きしめ……そしてキスをしようとして踏み止まった。
「どうしたんですか?」
「いや……流石に今日は控えておこうかなって。まだ風邪の菌が残ってるかもしれないしな」
「ふふっ、大丈夫だと思いますけどね……でも、私と同じですね今の」
「え?」
どういうことだと首を傾げると、白雪は話してくれた。
実は俺が寝ている時にそっと部屋に来た彼女だったが、実はキスをしようとして今みたいに踏み止まったらしい。
どんなに軽くでも粘膜接触なのは変わらず、俺が体調を治したかと思えば白雪が風邪を引いたなんてことになるのはマズいと思ったらしい。
「ですが……数日もキスすらしないというのは変な気分です。まるで、自分の中にある生きる活力が徐々に失われていくような気分ですから」
「そこまでか?」
「そこまでなんです。キスって凄い力を持っているんですよ? それは斗真君だって分かっているはずですけど」
「確かに」
それは確かにそうだ。
そんなやり取りをした後、俺は朝食を食べるためにリビングに向かい、白雪と同じように翡翠にも思いっきり抱きしめられた。
「おはよう斗真君」
「おはよう……?」
ただ、こうして翡翠を目前にすると自分の中の何かが燃え上がるようだ。
まるで……そう、これは翡翠に対して興奮していることが分かった……でもどうしてこんなに? そう思っていた俺に白雪がボソッと呟く。
「ここ二日間、ずっとウーマナ……こほん、ちょっと刺激の強い相棒さんのお世話になっていたようなんです。それで色々と溜まってるんですよ」
「相棒ってなによ」
「そういうアイテムがあるんですよ」
取り敢えず……朝食を食べようか。
その日、俺はずっと翡翠からジッと見つめられ続け……それは翡翠だけでなく白雪も同様だった。
これは翌日、大変なことになりそうだと俺の勘が告げるのだった。
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